第18話:ジェイルの休日
なんだか久しぶりに予定もなければ身体も重くない日な気がする。
そんな、素晴らしい休日なのにやりたいことが浮かばない。
……とりあえず、剣の手入れでもするか。
剣の手入れは軽く砥石で研いで、油を塗る。
そして、羊毛で拭き取って終わりだ。
言葉にすると簡単だが一本の面積がそこそこあるし、4本もあると大変だな。
これは本当に何本か処分した方がいいかもしれない。
やる前から面倒さを感じ始めたがとりあえず準備をする。
砥石と羊毛を用意し、油も用意しようと取り出したところで色の変色に気づいた。
油が古くなってる。
これでは手入れができない。
しょうがない、油を買いに行くか。
ついでにメインと予備の剣以外も売ってしまおう。
本数が減れば、手入れも楽になるだろう。
早速外出の為に腰を上げる。
「ロックガードさん、お出かけですか? はい、コーヒー入りましたよ」
その前に、コーヒーを飲んでいこう。
§
使わなくなった剣を二本持ち、武器屋の前に立つ。
前回、前々回とクエストに剣を持たなかった所為かいつもより剣が重く感じる。
しかし、この二本の剣とも今日でお別れだ。
なんて、謎の罪悪感を振り払い戸を潜る。
中に入ると様々な武器が展示してあった。
だが、その中で剣を占める割合は少ない。
「ああ、ロックガードか」
数少ない剣を眺めていると店主の無愛想な声。
居たのか。
「覚えられてるとは思わなかった」
「剣を買うやつは少ないからな。なんのようだ?」
「この二本の剣を買い取って欲しいのと手入れ用の油が欲しい」
「剣か、見せてみろ」
無愛想な店主に剣を渡す。
まじまじと注意深く剣を観察した店主は少々がっかりしたように告げる。
「一応買い取ってもいいが、安いぞ」
「それでもいい。買い取ってもらいたい、というよりは引き取ってもらいたいんだ」
「使わない武器は邪魔だからな」
そうかもしれないが売る側の武器屋が言って良い言葉なのだろうか。
いや、だからこそ言って良い言葉なのだろう。
結局二本を銀貨1枚で買い取ってもらった。
買った時の値段を考えれば信じられないような値だが、まあ妥当だろう。
「それで、油だったな」
「手持ちのは少し時間が立ちすぎて変色してしまったんだ」
「一応それでも使えるんだが……少し待っていろ」
そう言い残して奥に引っ込む店主。
どうでもいいが返事を聞かずに立ち去る姿がリコリスを思い出させた。
姿形は似ても似つかないが。
「待たせたな」
油を取りに行っただけなので店主はすぐ戻ってきた。
しかし、その手に持っていたのは料理油特有のあの色をした油だ。
「おい、それはオリーブの油じゃないか。たしか料理用だろう」
「知ってるのか。最近、この油が良いって話が広まって来ていてな。保存が他の油よりきくんだ」
「本当か?」
「本当だ。もし使って気に入らないようならまた来い、別のと取り替えてやる」
嘘をついているようには見えないが、料理用を剣に使うのは少し気が引けるな。
まあ、剣に使う油なんて多少の善し悪しはあったとしてもどれも同じようなものか。
「なら、それをくれ」
「量は少しでいいか? 待っていろ。今、容器に移す」
ああそうか、部屋に残ってるのはあと二本だけなんだから少量あれば十分か。
油をもらい武器屋を出る。
今は昼過ぎ、帰ってすぐ剣の手入れを始めてもいいが……。
なんか外に出たのにすぐ帰るというのも気持ちわるいな。
よし、宿には戻らず外で食べていこう。
なんだか今日は鶏が食べたい気分なんだ。
少し足を伸ばし、ここ最近は寄らなかった店に来た。
そういう店じゃ無かったはずだが、今は何故か店先に甘い匂いが漂う。
「いらっしゃいませ。あら、ロックガードさん。お久しぶりですね」
店に入ると、何度か見たことのある女性が出迎える。
名前は知らない。
「ああ、最近は忙しかったからな」
「そうなんですか。あ、席に案内しますね」
女給仕は久しぶりということにも特に気にした様子はなく席に案内する。
席に向かう途中、ふと他の客のテーブルに置いてある茶色の飲み物が目に入った。
一見コーヒーのようにも見えるが、あれはコーヒーではないな。なんだろうか。
「ちょっと聞きたいんだが」
コーヒーのようでコーヒーでないあの飲み物が気になった。
匂いでも嗅げばわかるかもしれないが、店内に漂う甘い香りが邪魔をする。
甘いものも割と好きだし俺からすれば平気だが、食事の時にこれだけ甘い匂いを漂わせていると食欲が失せてしまわないのだろうか。
「なんですか?」
「あの席の客が飲んでいるコーヒーのようなものはなんだ?」
「あれはホットチョコレートですよ」
「チョコレートなら知っている」
ああ、この香りはチョコレートか。
食べたことはないが、食べると口の中で溶ける甘い菓子のはずだ。
なるほど、口の中で溶けるのを待つなら先に溶かしてしまえということか。合理的だな。
本来なら食後にはコーヒーを頼むのだが、今日に限りデザート代わりに頼んでもいいかもしれない。
そういうことか。
食後のコーヒーと食後のデザート。
両方をひとつで楽しめるようにと考え出したのがホットチョコレートなんだな。
ことごとく合理的な代物ということだ。
「なら、食後にそのホットチョコレートをひとつ。料理は鶏料理を何か頼みたい」
「かしこまりました」
恭しくお辞儀をすると注文を伝えに行く給仕。
食前にコーヒーが欲しかったが、ホットチョコレートというものに期待しながら待つというのもいいだろう。
§
お任せ気味に頼んだ料理は鶏もも肉とトマトの辛煮込み。パンはマフィンだった。
マフィン? バゲットかクロワッサンが出るかと思ったが、マフィンの方が合うってことか?
不思議な組み合わせに不安のような期待のようなものが膨らむ。
まずは鶏を一口食べる。
すると、口の中に辛味がはしる。
これは、少し辛いな。
合わせてマフィンもちぎり口に放り込む。
うん、これもうまい。
なるほど、これは甘いものが欲しくなる味だ。
やはり甘いものと少し辛いものは合うんだな。
自然とホットチョコレートへの期待が膨らんでいた。
普段より少しだけ急いで食事を終えるとホットチョコレートなるものが来た。
なるほど店内のこの匂いはこれだったのか。
いや、これは思ったより甘い匂いがするぞ。
淡い期待が段々と不安に塗りつぶされる。
お菓子というくらいだから、うんと甘いコーヒー程度に考えていたがこれは考えを改めるべきかもしれない。
しかし、頼んでしまったのだから残すわけにもいかないので、おそるおそる口をつけてみる。
――甘っ!
なんだこれは。口の中で溶けるというよりも舌がとろけそうだ。
「どうですか? 女性に大人気なんですよ?」
始めて飲む客の反応を見に来たのか女給仕が声をかけてきた。
「思ったより甘いな」
「ええ、飲むデザートですから」
俺の精一杯の皮肉にも気づかなかったようで、普通の受け答えが返ってくる。
「しかし、俺はやはりコーヒーの方が好きだな」
コーヒーはいい。
砂糖を入れて甘くしても美味いし、入れなくても美味い。
できれば、このホットチョコレートとかいうものと交換してもらいたい位だ。
「ええ、いつも頼んでますよね。でも、たまにはこういうのもいいですよ」
「そうかもな」
嘘だ。俺の心はもう飲まないと決めている。
なんとか飲み干した俺は、店を後にするとき小さな決心をした。
――今度、リコリスにも飲ませて反応を見よう。
なんとも後暗い決意だが、リコリスに言わせると俺は意地悪らしいので別にいいだろう。
それに、先ほどの女給仕も女性に人気だと言っていたし。
さて、予定もないし後は宿に戻るだけなんだが、帰りに本でも買っていくか。
どうせ剣も二本は減ったし、手入れもそんなに時間が掛かるものでもない。
だとしたら今日の残りの時間を潰す何かが必要だ。
そして、今日一番の軽い足取りで本屋へ向かうのだった。




