第16話:モア・エミュー
「ジェイルさん、今日は剣を持っていかないんですか?」
「ああ、今日のクエストには必要のないものだからな」
クエストの目的地の草原へ向かう途中、目ざとく気づいたリコリスが疑問の声をあげた。
今日は大怪鳥のクエストだが、捕獲のクエストなので殺傷力の高い剣は必要ない。
仮に剣が必要だったとしても、いつもの剣じゃなく予備の方を持っていくだろう。
この程度の獲物に使うのはもったいない。
「そうなんですか。あの剣うっすらと青くて、綺麗で好きなんですけど」
「あれは割といい剣だからな」
正直自慢の逸品だ。
それで、剣の代わりと言ってはなんだが普段使わないナイフと小さな盾を持ってきた。
盾はつつかれるのを防ぐ用だ。蹴りは盾で受けても痛いから出来る限り躱したい。
§
丘の手前まで来るとこれからに備えて一息入れる。
この丘を越えればすぐにでも大草原。
町4つか5つ分はあるだろう草原の中から目的の獲物を見つけるのは大変なんだが、今日は空気も澄んでいて遠くまで見渡せそうだ。
「これから草原に入るんだが」
草原に入る前に、本には書いてない内容を話しておこう。
あの本は駆け出しの頃に書いたものなので、詳しくは書いてないからな。
補足が必要だろう。
「モア・エミューは縄張りのようなものを決めてそこを中心に行動するので、まず間違いなくこの草原の何処かにいると思っていい」
「はい」
「モア・エミューは目も耳も良いからあまり不自然な挙動を取ると逃げられるからな」
「わかりました」
リコリスも余計な事は言わず相槌を返す。
普段のような軽さはない。
緊張があるのだろう。
普段緊張感のないリコリスにはこの位が丁度いいのかもしれない。
「ディスメルミントの葉を漬けた水は持ってきたか?」
ディスメルミントは消臭効果があるから、肌や服に塗っておくと野生動物が逃げにくくなる。
なので、こういった場面では必需品と言える。
「持ってきました」
「よし」
リコリスから水を受け取りハギレに染み込ませ、リコリスに渡す。
「じゃあこれで服ごと身体を吹いてくれ」
「カバンとかもですか?」
「そうだな。持ち物全部拭いておいた方がいいだろう」
もう一枚のハギレを使い自分も同じように身体を拭く。
これで匂いを消すと同時に、日光から身を隠す場所の殆どない草原での体温上昇を防ぐのにも多少効果をみせるだろう。
「リコリス。中身が減った水は音が鳴るから俺が持ち歩こう」
「わかりました」
中身の減った水は結構音が大きいので受け取る。
気にするほどのことでもないかもしれないが、自分の位置を知らしめるような事はあまりしたくない。
赤皮ウリの瓢箪ではなく水袋なら多少音も小さくなるんだが、ここで言っても仕方ない。
身体を拭いた後はいよいよ草原に入る。
周囲には足首の高さまで伸びた草。
所々には腰よりも高い位置まである草が集まるように生えていて、姿を隠すにはうってつけといった所だ。
木も生えているには生えているが殆どないといっても差し支えない。
緑の匂いも強く、俺たちには獣の匂いなんてどこからも感じ取る事は出来ない。
それでも目を使ってあたりを注意深く観察し、目撃証言のあった所まで進む。
§
「ここが目撃地点だが、ここまでの道のりでは見かけなかったな。リコリスの方では何か気がついたこととかあったか?」
とりあえず目撃証言があった地点まで来たが、あたりを見回してもモア・エミューの姿はなかった。
ということは、ここから町の方向じゃないどこかにいるのだろう。
「ジェイルさん、ちょっと来てください。これ、鳥のフンじゃないですか?」
リコリスに呼ばれ、地面を見てみるとたしかにフンが落ちている。でかい。
とても鳥のとは思え無いがモア・エミューのフンだ。
しかも乾燥したものと湿ったものがあるということは、ここが拠点なのだろう。
「よくやったリコリス。後はこの辺に踏まれた草があったら探してくれ」
「はい」
近辺を調べると倒れた草はすぐに見つかった。
やはり町からは反対の方向に倒れている。
再度出発する前に効果が薄くなってきている事を考慮し、もう一度ディスメルミント水を身体に塗る。
「リコリス大丈夫か?」
リコリスの方を見るとさっきよりも表情が硬くなっていることに気づいた。
「ちょっと……緊張してます」
……素直だな。
今までは一人だったりヌメロン・トードのような変則的なものだったからな。
ある意味これが初めての本格的なクエストだから緊張するのは当然といえば当然か。
怪我の可能性もあるし誰もが通る道だ。
「あまり緊張しすぎない方がいい、野生の動物は相手の緊張を感じ取ることが出来ると言う学者もいるくらいだから」
「わ、わかりました。やってみます・・・」
「別に今日失敗しても明日があるんだから気に病む必要はないぞ」
出費も新しく買い直すディスメルミントの葉位で、他は使いまわせる。
それでも緊張の解けないリコリスの為に出来る限り話かけたが、緊張が解ける前に遠目にモア・エミューらしき姿が複数見えた。
「リコリス、見つけたぞ。モア・エミューだ」
「……はい、確認しました」
まだ硬さの残るリコリス。
駄目そうか?
「今回は見学にするか? 駄目そうなら茂みに隠れて見ているだけでいいぞ」
「いえ、大丈夫です。やらせてください。足でまといにはなりたくないです」
「そうか。そうだな」
足でまといは嫌だよな。
だが、今のリコリスには次の茂みまで気づかれないまま近づくのは無理だろう。
もう少し近い場所に茂みがあればなんとかなるんだが。
しょうがない。
もう少し近づきたかったがここでやろう。
「リコリスはそこの茂みに隠れて息を殺してくれ。それで、モア・エミューが痺れ薬の入った団子を食べたら大きい声で教えてくれ」
「どうするんですか?」
「俺がモア・エミューを呼びよせるから、リコリスはそれを隠れながら見てて欲しい」
「わかりました。団子を食べたら、ジェイルさんに教えればいいんですね」
「そうだ」
リコリス繰り返すように呟き茂みに紛れて姿を隠す。
きちんと姿が隠れた事を確認した後は俺も別のより深い茂みに姿を隠し、団子を放り投げると指笛を鳴らす。
しかし、いくらなんでもちょっと遠すぎたかもしれない。
指笛を鳴らし続け、指と喉に痛みを覚え始めた頃、ようやくモア・エミューが近寄ってくる気配を感じた。
音を出してる自分はより深く身体を隠さないと見つかるので、食べたかどうかを知るのはリコリス頼みだ。
「ジェイルさん食べました!」
リコリスからの合図にすぐ指笛を止め、素早く飛び出し盾を構える。
痺れ団子を食べたモア・エミューは逃げ出す奴もいれば暴れだす奴もいるからだ。
そして、今回のは暴れる方だったようだ。
団子を食べたやつ以外はちゃんと逃げたんだからコイツも逃げ出してくれればいいのに。
なんてことを考えながらリコリスの前に立つ。
ある意味丁度いいか。痺れて動かなくなるまでは相手をしてやろう。
「リコリス! 炎じゃない魔法を! モア・エミューにぶつけてくれ。少し弱らせたい」
本当は自分一人でもなんとかなるが、パーティの練習のつもりでリコリスに任せる。
「はいっ、【ウォーターボール】!」
俺の言葉をきっかけに戦闘が始まった。
§
俺が盾で攻撃を防ぎつつリコリスの魔法で弱らせると、次第に麻痺が効いてきてモア・エミューもおとなしくなった。
「おつかれ」
「お、おつかれさまでした」
リコリスが深く息を吐く。
俺に当てないように注意しながら魔法を使い続けるのは神経を使ったようで、この短い戦闘でも疲れが出たのだろう。
緊張もしてたしな。
リコリスを休ませ、モア・エミューが痺れている間に首にロープを引っ掛ける。
後は引っ張ってる間に痺れも取れるだろう。
この頭の悪い鳥は弱らせるために叩いたことさえ歩いてる間に忘れるので、暴れる心配も殆どない。
視界を隠すように布を被せると尚効果的だ。
ハギレでも被せておくか。
「後はこいつを町の依頼人の所まで持っていったらクエストは終わりだ」
「はい。荷物まとめちゃいますね」
「かと言って、気を抜くと別の獣が襲いかかってくることもあるから気は抜かないように」
「は、はい」
そういえば、初めてリコリスと会った時も襲われていはいたが、採取自体は終わってたんだよな。
なんてことを思い出した。




