第15話:必要なもの
モア:ダチョウのような鳥
エミュー:ダチョウのような鳥
リコリスが看病に来てからもう3日。
いい加減体力も戻ったし、そろそろ本格的にクエストを始めよう。
差し当たって次のクエストは――。
「大怪鳥、モア・エミューですか?」
「そうだ。町より東、丘の向こうの大草原で発見報告があったらしく、捕獲クエストが張り出されていた」
「本には飛べない大きな鳥で温厚だって書いてありました」
どうやら俺が貸した本をしっかりと読みこんでいるようだ。
ただ俺の貸した魔物の方の図鑑は、文字だけの説明なので実物を見たらきっと驚くだろう。
なんせ首と足が長くて3mはあろうかという大きな大きな鳥だから。
それと少しだけ訂正がある。
「"割と温厚”だ。割とだから戦闘になることもあるぞ。というか捕獲クエストだから捕まえる時に暴れることも視野に入れたほうがいい」
「これから出発ですか?」
「いや、今日は市場へ行って必要なものを揃えに行こう」
「ご一緒します」
リコリスの教育も兼ねているのだから当然だな。
数も多くないし市場だけで揃うだろう。
§
市場に近づくと怒声にも近い声が耳に届く。
今日も、というかいつ来てもそうだが、市場は活気で溢れている。
屋台や露店が所狭しと並んでいて、開けた場所では大道芸人が持ち前の芸を披露する。
この町に来て数年、既に見慣れた光景だ。
「ジェイルさん。見てください、初めてきましたがすごい沢山の人がいますよ」
「初めて?」
まだ来たことがなかったのか?
リコリスもこの町に来てから結構な日が経っているだろうに。
「はい。近くまでは来たことがあるんですが、人がいっぱいで怖かったので寄らないようにしていたんです。今日はジェイルさんと一緒なので怖くないです」
そういうことか。
確かに村の出だとこの人の数には尻込みしてもおかしくないか。
ましてや、この子はまだ子供だからな。
「ジェイルさん。あ、あれ。あれなんですか?」
そういってリコリスの指さした先には人だかり。
アレ、というのは大道芸のことか?
「あれは、大道芸だな。クラウンという芸で、ピエロの格好をして人々を笑わせるんだ。今はパントマイムをしている」
「えっと、クラウンでピエロでパントマイムですか?」
伝わらなかったか。
ちょっと説明が下手だったな。
「派手な格好がピエロ。ピエロの格好をして芸をするのがクラウン。何もないのに何かがあるかのような挙動をするのがパントマイムだ」
「すごいです。なんだか本当に壁があるみたいです。本当は透明な壁があるんじゃないですか?」
大道芸にはしゃぐリコリス。
その姿を見て、俺も昔の自分を思い出す。
俺も初めて見たときは随分と喜んで見入った気がする。
「リコリス、これを」
「はい?」
ピエロが何かをするたびに驚きの声をあげるリコリスに銅貨を一枚渡す。
「えっと……?」
「俺の代わりに、あのピエロの足元にある帽子の中に入れてきてくれないか?」
「あっ、はいっ、わかりました」
銅貨を受け取ると、人混みをかき分けるようにピエロの元へ駆けていく。
どうやら沢山の人からくる緊張も、大道芸の興奮から大分薄れてきてるように見える。
ピエロの元から戻ってきたリコリスは満面の笑みだ。
ふと、焦げたスライム片手に満面の笑みを振りまいたあの日のクエストを思い出した。
「ジェイルさん、大変喜ばれましたっ」
喜ばれたって言うが、俺にはお前の方が喜んでいるように見える。
「そうか、それはなによりだ。まだ見るか? もう大丈夫なら、次行くが」
「はいっ、もう大丈夫です」
どうやらご満足いただけたようだ。
「ジェイルさん、ピエロって変な方ですね。あんな変な格好の人、普通は居ないですよ」
興奮冷めやらぬ様子のリコリス。
今はしきりにピエロの事を俺に伝えようとしている。
「いや、昔は居たらしいぞ。お城の中を闊歩して、しかも特権階級だったらしい」
「そうなんですか!?」
リコリスが驚愕に目を見開く。
驚くのも無理はない。
あんな格好の人間が城で役職持ちなんだから。
「なんでもピエロっていうのは滑稽で笑われるのが当然の存在で、おどけながら王様に意見できる唯一の存在だったらしい」
「し、信じられないです」
「例えば、王様は臣下に罰を与えたくないけど、罰を与えなきゃいけない時があるだろう?」
何か臣下が失敗してしまった時とかに。
そんな時、ピエロは王様におどけた様子で意見をする。
すると、王様は毒気を抜かれて、「ピエロが言うならしょうがない」って臣下への罰を軽減する。
「す、すごい重要な役割じゃないですか・・・」
「今はもう居ないらしいけどな」
大臣とか宰相とか、王様にも意見出来る役職が出来てからは自然となくなってしまったとか。
手振り身振り興奮を伝えようとするリコリスを横目に、次に来たのはポーションの売っている露店。
次にというのはおかしいな。大道芸に目が吸われただけでこれが最初だ。
「ポーションですか? おかーさんが自然に任せるのが一番って言うので使ったことないです」
ああ、俺の母親も言ってたよ。
どこの家庭でも親が言うことは似通うものなのだろうか。
しかし、冒険者をしていてポーションを使わないなんていうこだわりに意味はない。
下手に我慢をしたら死ぬことだってある。
まあ、リコリスも使ったことないと言っているだけで、使いたくないとは言っていないな。
「ポーションは色々な種類があるんだ。痛み止め等の多種の効能に丸薬や薬液。今回は止血と痛み止めの効果がある丸薬だな」
「あ、そうですね。今回のクエストは怪我をするかもしれないんですよね」
まあ、怪我をさせるつもりはないがな。
しかし、それをここで言うつもりはない。
「そうだ。薬液の方が効果は良いんだが、ガラス管で持ち運ぶ為に割れやすいのと、戦闘中に飲むのが困難なので丸薬にする」
後衛のリコリスが慣れてくれば液体のポーションを持たせてもいいんだが。
いや、俺と共有して使うことになるから丸薬の方がいいか。
「それと、ディスメルミントの葉を買ってくか」
「ディスメルミントですか?」
「ん? 植物の方の図鑑に載ってるはずだが、植物の方はまだ読んでないのか?」
「魔物の方は一通り覚えたんですが、植物の方はまだちょっと……」
なるほど、なら簡単に説明しておくか。
「人の匂いを薄くしてくれる植物だよ」
「そういうことでしたか。私、ジェイルさんを臭いって思ったことないですから大丈夫ですよ」
顔を少しだけ寄せてすんすんと鼻を鳴らすリコリス。
違うから。
変なことを言いながら匂いを嗅ぐな。目的が違うから。
「人の匂いってのを嫌がる動物は多いんだ。効果は長くないがこいつを漬けた水を体に振りかけると野生の動物が逃げにくくなる」
「あ、そういうことでしたか」
まさか俺が本気で体臭気にして生活してると思ってたのか。
大体クエストの話をしている最中だったろうに。
言いたい事は色々あったがリコリスのだらしない笑顔に毒気を抜かれてしまった。
もういい、次に行こう。
「後は捕獲に使うしびれ薬とロープだな」
「しびれ薬を食べさせてロープで縛ってくんですね」
言うまでもないがそうだ。
しびれ薬を呑ませて痺れさせてしまえば、逃げ出してもすぐ捕まえられる。
鳥が本気で逃げたら捕まえれるやつは殆どいない。
体力がほかの動物とは桁違いだからだ。
§
市場での買い物を終えた俺たちは、市場から離れ買った物の確認をする。
「えーっと……丸薬のポーションとディスメルミントの葉、鳥用のしびれ薬、ロープ。ジェイルさん、全部ありました」
「じゃあ、それを明日まで保管してくれ。ディスメルミントは効果が失くなるのがはやいから、明日の朝になったら水に漬け込むように」
「私が持って帰るんですか?」
「リコリスも早く覚えたほうがいいだろう?」
「あ、そうですね。が、がんばります」
途端に言葉と表情を硬くするリコリス。
別に忘れ物があっても後で取りに行けばいいんだし、あまり気負う事はないぞ。
「ああそうだ。痺れ薬を団子にする必要があったな、俺の方でやるか?」
「いえ、大丈夫です。混ぜてお団子にすればいいんですよね?」
「団子はコブシ位の大きさに、薬ひとつまみだな。団子も数はひとつでいい。それとこれは団子代だ」
「はい。じゃあ明日までに作っておきますね」
さあ、明日はクエスト本番だ。




