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第14話:訪問看病

 昨日一日は何もしていないのに、まだ身体が疲れを訴えている。


 そういうことなので、今日は食事以外で部屋から出るのはよしておこう。

 幸い予定もないし、今日は本でも読んで過ごすのがいい。


 ――コンコン。


 それなのに扉をノックする音が聞こえる。誰かが来るような約束はなかったはずなのに。


「ジェイルさん、起きてますか?」


 そして聞こえてきたリコリスの声に苦笑を漏らす。

 昨日何かあったら来いって言ったのは自分なのに、すっかり忘れていた。



「起きてる。開いてるから入って来ていいぞ」


 既に三度。

 これでもう三度目の訪問なので、寝巻きで出迎えることに抵抗がなくなってきている自分に気づく。

 こうやって俺は段々とズボラになっていくんだな。



「おはようございます。お見舞いに来ました」


 お見舞い? 用じゃなくて?

 億劫で休んではいるが、お見舞いが必要なほど今の俺は体調悪そうに見えるのだろうか。


「おはよう。見舞いと言われても、疲れて休んでるだけで具合が悪いとかそういうのじゃないぞ?」

「あ、はい。私もそう思ったんですがギルドに寄ったら……」


 ああ、そういうことか。


「その先は言わなくてもわかる。ガルバンかミランダに言われたんだろ?」

「いえ、お二人共に言われました」


 まったく余計なお世話というかなんと言うか。

 というより疲れた身体にも看病って必要なのだろうか。

 今まで読んだ本の中にもそういう話は見たことがないからどうにもわからない。



「それで大丈夫なんですか? ジェイルさんは私にいいところを見せようとして、こうなってしまったんですよね?」


 これこそ聞かなくても分かる。ガルバンが言ったんだな。

 

 しかし、あながち間違ってるとも言えないから反論の言葉が浮かんでこない。

 しかも、それを本人に言われるなんて恥ずかしくて顔の熱が上がりそうだ。



「大丈夫、というか疲れて休んでるだけだからなんとも言い難いな」


 それでも表情一つ変えずに答えることが出来た。

 あまり表情が豊かではない、と人に言われて気にしたこともあったが今はその乏しい表情に感謝をしたい。



「疲れてる時の看病って何をすればいいんでしょう?」


 それは俺も聞きたい。


「あ、お腹空いてますか?」

「いや、起きたばかりだし空いてないが」

「そうですか……」

「……」

「……」


 いきなりやることのなくなってしまった。


 大体、看病ってなんだろう。

 俺の知っている看病というのは、母親が濡らした手ぬぐいを額に乗せてくれたり、柔らかい果物を食べさせてもらったりするものなのだが。

 しかし、今の状態に手ぬぐいを乗せても意味は無いだろう。果物も今さっき食べ物はいらないと言ったばかりだ。



「リコリス」

「はい!」


 返事に含まれる嬉しそうな声。

 何か頼みごとだと思ったのだろうがその期待には答えられない。


「俺は本を読もうかと思ってたんだが、リコリスも読むか?」


 やることがないなら自分のしたかった事をしよう。

 かと言ってリコリスを追い返すのも可哀想なので、リコリスも本を読んでいけばいい。

 幸いここには一冊二冊では足りない数の本がある。


「ですが、看病が」

「看病って言ってもやること無いだろう。困ったことができたら頼むから」


 リコリスはどうしようか悩んでますといったように、まるで振り子かなにかのように頭をあっちにこっちに揺らす。


「……わかりました。それなら読ませてもらってもいいですか?」


 考えても何も浮かばなかったようで、結局本を読むことにしたようだ。



 リコリスに読んでもらうなら何がいいだろう。

 この年だと論文や実用書は合わないだろうし、やはり小説とかだろうか。


 となるとこれか。

 読みやすくて若い人向けのこれ。


「これなんかどうだ?」

「なんですか? それ」

「『星剣物語』と言う小説で、星剣と呼ばれる剣が7本世界にあった頃の話だ」

「あった頃? 実話の小説ですか?」

「半分は、だな。物語の方は脚色の入った創作だが、星剣は実際にあるから創作とは言い切れない。そんな小説だ」

「面白そうですね、読んでみたいです」


 リコリスが興味を示したので色々説明して聴かせる。

 やはり事前に知識があった方が面白いだろうから。

 

 星剣とは人には作れないとされている剣で、魔法剣に分類される剣だ。

 その辺のバカみたいに高い値段で売っている、魔力を込めると魔法が放てる剣とは違って、振るうだけで剣自体が魔法を使う不思議な剣。

 この国にも一本あって、騎士任命の時に王とその剣に向かって誓いを宣言した時の事は今でも目を閉じれば思い出せる。

 まあ、すぐやめてしまったが。

 たしか、元になる鞘がなくて今は仮のものを使ってるんだとか。



「なんだか今日のジェイルさんはいっぱいお話してくれて嬉しいです」

「……寝る。じゃあな」

「ああっ、違います。そういうのじゃないんです」


 違う、って何が違うんだ。


 無自覚に饒舌になった事を指摘されて顔が火傷しそうな程に熱い。

 失態を晒すとはこんなにも苦しいものなのか。



 しばらくうんうんと呻いた後、身体が軋んだのでおとなしく本を読むことにした。

 どうも、リコリスに釣られて子供っぽい態度を取ることが増えた気がする。


 なんてリコリスの所為にしつつ、リコリスから本について聞かれるのを答えながらながら黙々と本を読み進める。

 ペラペラと本をめくる音がいつもより大きく聞こえたような気がした。



§



「ふう」


 読み続けていたら肩が凝った。

 機械時計なんて高価なものはこの部屋に無いが、読み始めてから随分時間も経ったはずだ。


 集中力も切れたのでほぐすように軽く回す。


「ジェイルさん、お疲れでしたら肩を揉みましょうか?」


 すると、何かしたがっていたリコリスがこれ幸いと肩もみを提案してくる。

 目ざといな。


 リコリスも読み疲れたのか、それともあまり集中してなかったのか。


「しかし、肩を揉んでもらうってなんだか年寄りみたいじゃないか?」

「そうですか?」


 まだ20歳にもなってないのに肩を揉んでもらうっていうのはなんだか抵抗がある。

 別に気にするようなことでもないはずなんだが。


 本当にそうだろうか。

 もしかして誰かに何かをしてもらうということに抵抗を感じているのではないだろうか。


「あっ、じゃあ私のを揉みますか?」


 ……。

 …………え? なんで?



「うー、何か言ってくださいよ」

「え、いや、何を言っているのかわからなかったんだ」


 本当に。

 あまりに突拍子もなかったために言葉が一切出てこなかった。


「私のを先に揉めば、ジェイルさんが肩を揉まれても恥ずかしくないんじゃないかなと思いまして」

「ああ、そういうことか」


 いや、そういうことを言われると俺が駄々をこねてるみたいでそっちの方が恥ずかしいんだが。


「……あー、わかった。それなら肩を揉んでくれ」

「はいっ」


 理由は分からないがとにかくリコリスは肩を揉みたいらしい。

 なら素直に揉ませてあげよう。

 


 壁に寄りかかったままでは背後に回ることもできないと思い、揉みやすいように位置を移動し背中を向ける。


「では、始めますね」



 ――トントントン。

 背中に回り込んだリコリスが、あまり速くないながらもリズミカルに肩を叩く。


 ……これは……どう言葉を選んでも、揉むんじゃなくて叩かれてるな。



「どうですか?」


 どうだと聞かれても、どう答えたらいいだろう。


「ああ」


 なんかもう、どうでもいい気分だ。

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