第11話:そういう人だったんですね
――コンコン、コンコン。
「ジェイルさーん……おきてますかー……」
部屋のドアを叩く音と、リコリスの申し訳なさそうな声で目が覚める。
他人の声で起きるなんて…………あ。
昨日に続き今日も寝坊をした俺はリコリスに頭を下げる。
昨日は去り際に起きれないかもなんて言ったが本当は普通に起きるつもりだったのに。
「すまん、また寝過ごした。本当にすまん」
「いえ、大丈夫ですから頭を上げてください。それよりも、今日もお休みにした方がいいんじゃないんですか? お疲れなんですよね?」
リコリスからの気遣いの言葉。
有難い申し出だが、その甘い顔と甘い言葉に乗るのわけにはいかない。
ただでさえ2週間も放置したのに、昨日に続いて今日も放置というのは少々後ろめたい。
まるでミランダの呪縛のようだ。なんて、人のせいにするのはよくない。
「動けないってほどでもないから大丈夫だ。丁度この時期ならあのクエストがあるはずだから、それをやろうと思う」
段々と気温も上がってきた、一年で一番暑い季節の一歩手前。
「あのクエストってなんですか?」
「ヌメロン・トードっていうカエルのクエストだよ」
§
「ロックガードさんってそういう人だったんですね」
受理してもらおうとクエストを見せた途端にこれである。
「リコちゃん、哀しいことがあったら我慢しないであたしに言って? お姉さんが助けてあげるから」
「えーっと……?」
一人で盛り上がってるミランダに対して、訳のわからないリコリスは困り顔だ。
クエストに書いてあった『町の池の増えたカエルを捕獲する』だけだとイマイチ伝わらないか。
一度でも経験すれば酷さが分かるのだが。
「おう、なんだか楽しそうだな」
「あ、こんにちはです」
「ガルバンさん聞いてくださいよ。ロックガードさんったら、リコちゃんにヌメロン・トード捕獲のクエストをやらせようとしてるんですよ」
愉快な蜜に吸い寄せられてクマのような男も寄ってきた。
そして、そのガルバンにいかに俺が酷い奴かを伝えようと懸命なミランダ。
これは俺によくない流れが来ている気がする。
「あのー、何がそんなに酷いんですか?」
「それはだな」
どう説明したらいいのか困っていると、ガルバンから説明が入る。
俺としてはリコリスを誘導するような変な言い方をしないことを願うだけだ。
「そのクエストは池に入るだろ?」
「あ、はい。カエルを捕獲するクエストなので多分入ると思います」
「そうだろう? だからな、透けるんだよ、服が」
ああ、と気づいたように手を叩くリコリス。そこで俺に顔を向けるな、俺に下心はない。
「透けない服を着ればいいんじゃないんですか?」
「俺もそう思うんだが、どうやらミランダの中では許せない何かがあるらしい」
大体ミランダの奴が騒ぎすぎなんだ。
もちろん俺だって女の羞恥心的なものはわかっているつもりだが、別にこれなら問題なくないか?
「リコちゃんまで……ガルバンさんもなんとか言ってくださいよ」
「オレか? クエストの話だからマジメな話をするが、オレはこのクエストに賛成だ」
「ガルバンさんまで……」
まさかガルバンが茶化さずに俺に賛同してくれるとは。
「まず、危険が少ない。怪我をすることはほぼないし、死ぬこともまずない。その上、ランクDにしては報酬が多い」
「そうなんですか?」
ガルバンの話だけを聞くと、たしかに破格のクエストだ。
ただし、それだけだったら他の人がこぞってやりたがるだろうけどな。
「というかだな、ジェイルはつい最近ランクBをしたばかりだろう。あんまり無茶ばかりしてると死ぬぞ」
「わかってる。だからこのクエストにしたんだよ」
流石に狩猟も討伐もやりたくないし、採取に行って魔物と鉢合わせってのも今は避けたい。
「そうなんですか……色々と考えがあっての事だというのに、あれこれ言ってスミマセンでした。てっきりあたしはロックガードさんが……」
てっきり俺がなんだよ。
「マジメな話も終わったから言わせてもらうが、オレもジェイルには下心があると思う」
ないから。
お前らリコリスが13歳の子供ってこと、頭から抜けてるだろ。
「やっぱりそうですよね。あたしもロックガードさんはむっつりだと思ってたんですよ」
俺が反論しないからってこいつら言いたい放題だ。
クエスト受理してもらったらもう用はないし、さっさと行こう。
§
ギルドから退散した俺とリコリスはクエストについて話合う。
「ジェイルさん、なんでこのクエストがランクDなんですか?」
「どういうことだ?」
「一人でも出来そうだしランクEになると思うんですが?」
そういうことか。
「ヌメロン・トードは舌に軽い毒を持っていて、沢山舐められると少しだけ痺れるんだ」
それがまた気持ち悪いんだ。ヌメヌメしてて、しかもピリピリもする。
「あっ、はい。本に書いてありました」
「そういえば渡してあった本にも書いたな。確か、舌に注意とか書いた気がする」
ページも本の最初の方だったはずだ。
「ですが、それくらいなら一人でも大丈夫じゃないですか?」
「池の中で痺れたら溺れるだろう。最悪死ぬぞ」
「あっ、そうですね。納得です」
それも二人なら、片方が溺れそうになった時にもう一人が救出すればいいから問題ない。
だからランクDの分類なんだ。
まあ、俺は一人でやったけどな。
苦い思い出だ。
「そうだ、クエストを始める前に報酬の話もしておこう」
「分配についてですね」
「そうだ。クエストが始まる前にきっちり決めておいたほうがいいだろう」
パーティを組む時に一番揉めるのがこの部分らしいからな。
「はい、それでどうやって分けるんですか?」
「これからのクエスト全てに言えることだと思うんだが、作業量で分配したら俺が多くなりすぎる」
素人の後衛と前衛の俺の二人だ。それこそ知識量から何から違いすぎる。
「私はそれでもいいですけど」
「よくない。だから3等分して、俺とリコリスとパーティでの資金に分けようと思う」
「パーティの資金ってなんですか?」
「例えばポーションなどのパーティで必要になりそうなものを買うときはパーティの金から出すんだ。自分の金を使うのは気が引けるだろ?」
「いえ、大丈夫ですよ?」
そこは話を合わせておけよ。
クエストで必要になる買物というのは思いのほか多くなるもんなんだ。
その時に報酬の3分の1は自由に使っていい金となると、気も楽になるんじゃないだろうか。
「ただし」
「?」
「今日の俺はあまり派手に動けないから、リコリスに頑張ってもらうことになる」
「はいっ、頑張ります」
ん、いい返事だ。
「それで俺が動かない分は、今日汚れる服の洗濯代とかを俺が出すことで賄わせて欲しい」
「? わかり、ました?」
わかったと言いつつも、イマイチ納得のいってない様子のリコリス。
さっき作業量で分配を変えないって話したばかりだからな。
まあわかってない内に話を進めてしまおう。
「じゃあ、一旦部屋に戻って汚れてもいい服に着替えて此処に集合で」
「はい」
「あー、……透けない服を着てくるように」
「……はいっ」
明らかに笑いを含んだ返事とその笑顔。
そういう反応はやめてくれ。




