第12話:ヌメロン・トード
「お待たせしました!」
俺が到着してから幾分も経たずにリコリスもやってきた。
いつものローブ姿と違い、半袖に短いズボンと軽快そうな服装。髪も結わってまとめている。
「何枚か重ねて着てるんだな」
「はい、一番下に透けない服を着てきました」
服を見せるように、その場でくるくると回るリコリス。
重ね着をしているらしいが普段と比べたら軽装そのものだ。
大体、あのローブ姿で水に入ったら身動きが取れるかどうか大分不安だ。
そもそも気候的に少し暖かくなってきたというのに、普段からあのローブを着ていて暑くないのだろうか。
まあいいか。いま気にするようなことでも無いだろう。
「いいんじゃないか?」
透けないだろうし、泳ぎの負担も少なそうだし。
「本当ですかっ?」
途端に笑顔の弾けるリコリス。
そういう意味で褒めたわけじゃなかったんだが、訂正出来る雰囲気でもなかった。
笑顔に押されて情けなく頷く俺。
もしかして俺は笑顔というものに弱いのかもしれない。
§
「じゃあ行くか」
「はいっ」
リコリスは場所がわからないとのことで、俺が先導しながら池へ向かう。
天気は晴れ。能天気な顔をして歩くリコリスを見てふと思う。
これからクエストだというのに、今更ながらにちょっと気になることが出てきてしまった。
「今更なんだが、このクエストで良かったのか?」
俺の都合で選んでしまった部分が大きいんだが。
「ダメなんですか?」
「いや、リコリスが良いならいいんだ。今になって言うのもどうかと思うが、女には少々堪えるクエストだと思ったから」
このクエストは大変というか、不快感が強いのでギルドでも嫌がる人が多い。
そうか、ミランダが批難したのはこういう部分だったんだな。
「平気ですよ。村にも変な生き物はたくさんいましたし、ジェイルさんもやったことあるんですよね?」
「ああ、一人でな。痺れ用の毒消し草を咥えながらやったよ」
「なんだか凄いですね、それ」
池の水が口に入ってきて吐きそうになりながらクリアした二年前のクエストを思い出す。
まだ冒険者を始めてからあまり時間も経っていなかったあの頃は四苦八苦しながら全うしたものだ。
今年はリコリスと二人なので前回のような酷いクエストにはならないだろう。
「ほら、この池だ」
町の外れにある池なので少し歩けばすぐに着いた。
池には水上植物が浮いていて中の様子は見えない。
きっと今年もあの水草の下にはヌメロン・トードが潜んでいて池を荒らしているのだろう。
「結構広いんですね」
「そうだな」
「それになんだか、少し変な匂いがします」
その匂いはヌメロン・トードの所為だろう。
池の中から出てきている個体が居ないため姿は見えないからか、まだ陽気なリコリス。
これから池に入るのにあまり気が引けるようなことは言わないでもらいたい。
「水に入る前に暖を取ろうか」
「はい」
リコリスは杖を持ってきていなかったので、少し面倒だが俺の方で火を起こし暖を取る。
水に入ると身体が冷えて危ないからな。
「暖かいですね」
「暖かいというより熱い」
「この時期ですからね」
「寒い時期だったら絶対にやらない」
「寒い日に池なんて入ったら死んじゃいますよ」
さて、身体も温まったしそろそろはじめるか。
「俺が深い場所を担当するから、リコリスは浅瀬で捕獲を頑張ってくれ」
カエル自体は一人で普通に捕まえれるので場所で分けよう。
「捕まえたのはどうするんですか?」
「すぐそこに堀があるだろう? そこに入れておけばいい」
池の脇にある堀を指さす。
「逃げちゃいませんか?」
「ヌメロン・トードはカラダが大きい代わりに他のカエルと違って、飛び跳ねる事が苦手なんだ。まず逃げないと思ってくれていい」
その堀はその為にあるようなもんだからな。
先に池に入り、水草をかき分けるとヌメロン・トードの姿が確認出来た。
水は普段と同じくサラサラした感触のはずなのに、カエルの姿を確認した途端に水すらもヌメヌメしてきたような気がする。
……さっさと終わらせて風呂屋にでも行こう。
リコリスも俺に続いて池に入るのが見えた。
背がちょっと心配だったが、浅瀬を任せたので大丈夫そうだ。
少なくとも水に関しては。
池に長時間入っているとどんどん体も冷えてくるので早速捕獲を始める。
池の中で意外に素早いヌメロン・トードを捕まえては堀に放り込む。
「ジェイルさんっ、ジェイルさんっ、どうしましょう。大きいですっ」
「落ち着け、大きいだけだ。特に悪さするわけでもない」
50cmはありそうなヌメロン・トードにリコリスの声も悲鳴に近くなる。
しかし、深刻そうな声でなくてよかった。
もし触るのも駄目だったら俺一人でやることになっていた。
「ジェイルさんっ、ジェイルさんっ、どうしましょう。ヌメヌメしてて気持ち悪いですっ」
「落ち着け、気持ちわるいのは俺も一緒だ。ほら、そっちに追い立てたからそいつを頼む」
きゃーきゃー喚くリコリスの声に楽しそうな色が含まれてるのはどうしてなんだろう。
ヌメヌメしたのが好きなのか? いや、でも気持ち悪いって言ってるしな。
よくわからん。
「ジェイルさん、ジェイルさん、どうしましょう。なんだかピリピリしてきました」
「おいっ、早く陸地にあがれ。それ、毒で痺れてきてるから」
呑気に報告なんてするリコリスを急いで陸にあげる。
ヌメロン・トード用の毒消し草を持ってきてるから、それを噛ませてしばらく休ませよう。
身体を冷やさないようにまた焚き火をつけ休ませる。
リコリスが休んでいる間は一人、作業に戻る。
心配そうな視線を感じるが、痺れもないし俺の身体はまだ動ける。
大体、普段高ランクをしている自分が、この程度のクエストで根を上げる姿をリコリスには見せたくなかった。
§
その後リコリスも戦線復帰し、日が傾く前になんとかヌメロン・トードの捕獲は終わった。
見えないところにまだいるかも知れないが多くなければ大丈夫だ。
堀の中にはたくさんのカエルが居て蠢いているのがまた気持ち悪い。リコリスも目を背けている。
「それでこれからどうするんですか?」
そういえばクエスト完了の仕方をミランダの奴説明してなかったな。
俺がいるから省いたんだろう。
ギルドでの事を思い出すとなんかギャーギャー騒いでただけのような気がする。
「これからすぐ近くにある役場の人を呼んできて、その人達と一緒にカエルを川まで流しに行って終わりだよ」
「まだあるんですね」
「大変だろう?」
「他の人達がやりたがらない理由がよくわかりました」
このクエストをするのは大体金のない奴か、何も知らない初参加の奴だけだよ。
それでも例年なら、もう一つか二つのグループと一緒したりするもんなのだが。
§
結局、クエストが全て終わる頃には空が青から赤に変わり始めていた。
「今日は大変でしたね」
「そうだな。これより上はもっと大変になるからランクDで止まってる人も多いぞ」
「そうなんですか。ランクを上げないっていうのもあるんですね」
深い青と灰色と、それに赤が混じった空の下をリコリスと二人で歩く。
服のヌメヌメも水で洗い流したが、不快さが残っているのでこのまま風呂屋に行こう。
ギルドへの報告は明日だな。
「リコリス」
「はい?」
「ギルドには明日行くとして、これから俺は南区の風呂屋に行くけどリコリスはどうする?」
「私もジェイルさんと一緒に行ってもいいですか?」
「なら一緒に行こう」
「はい」
俺もいつも活発なリコリスも疲れのためか口数が少ない。
半ば休みのつもりだったのに見栄を張って頑張ったから思ったよりもずっと疲れてしまった。
池では溺れなかったが、風呂で溺れないように気を付けないと。




