第10話:お詫びの食事
「あの、何でメニューの値段を隠すんですか?」
「宿では待たせてしまったからここは俺に出させて欲しい」
って言うと、リコリスは遠慮して安いものを選ぼうとするだろう? だからだよ。
昼食にと入った店はリコリスが尻込みしないだろう店構えの中ではそこそこ上位の店。
なので値段を見たらやっぱり遠慮が入りそうだったので隠させてもらった。
「決まったか?」
「えーっと、えーっと」
メニューを眺めるリコリスがうんうんと頭をひねる。
隠した所為で分からないながらも、何となくで安いのを選ぼうとしている気がする。
なんだか逆に申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「決まらないならこっちで選ぼうか?」
「い、いえ大丈夫です」
女は選ぶ時間も楽しんでいるという事を本で読んだことがあるが……。
まあ、この場合は多分意味合いからして違うんだろうな。
「こっちにコーヒーを一つ頼む」
リコリスが選んでるいる間、ただ待っているのは手持ち無沙汰なので店員を呼びコーヒーを頼む。
コーヒーを頼むだけだから、リコリスは気にしなくていいぞ。だからそんなに慌てなくていい。
視線をあげたリコリスに手をひらひらと振ると、またメニュー選びへと戻っていった。
§
うんうんと唸っていたリコリスだが、コーヒーが届いた頃になってようやくメニューから顔を上げる。
「決まりました」
「なら頼むか」
再び店員を呼び注文を伝える。
「俺は白身魚のソテーをレモンバターソースで。それとバゲットにサラダを。あと、食後にコーヒーを持ってきてくれ」
「わ、私はこの、卵とベーコンのスパゲティをお願いします」
延々唸っていた割には普通のメニューだな。
それだけでいいのか? 足りなくないか? 遠慮してないか?
結局リコリスの注文はスパゲティのみだった。
お詫びなんだからもっと色々頼んでくれてもいいのだが、リコリスはそれが食べたいらしい。
注文を全て頼むと店員がメニューを回収し、伝票を持って奥へと引っ込む。
「ジェイルさんってコーヒーがお好きなんですか?」
店員が引っ込むとリコリスが話題を振る。お題はコーヒーのようだ。
「そうだが、なんでだ?」
「今もコーヒーを飲まれているのに、食後にもコーヒーを頼んでましたから」
言われてみれば確かにそうだ。
コーヒー片手にコーヒーを注文なんてすれば確かに気になる。
「ああ、コーヒーが趣味なんだ」
「そうなんですか。本を読むのも趣味でしたよね?」
「そうだな。本とコーヒーが趣味だ」
それもついさっき宿で知られたんだったな。
なんだか今日一日で色々知られたような気がする。まあいいか。
「本で思い出したんですけど、ジェイルさんから貸していただいた魔物と植物の本。全部読み終わりました」
貸した。ではなく、あげたつもりだったんだがな。
「そうか。そのまま持ってていいぞ。読んだと言っても全て覚えた訳じゃないだろう?」
「いいんですか? では、もう少しの間だけお借りしますね」
もう少しじゃなくてずっと持っててもいいぞ。俺はもう使わないし。
「リコリスは今度からランクDをするんだよな?」
「はい。ミランダさんも言っていたのでそのつもりですが」
そうだよな。
「その場合。ランクEとかはどうするつもりなんだ?」
今、ランクEをするのはリコリスとランクDをしている奴らが少々といったところだろう。
リコリスが抜けたら上のランクをしてる奴がするだけなんだが、どうするんだろうか。
「時間がある時にやろうかなと思ってます」
「まあそうだろうな。ランクDにもなると毎日連日という訳にも行かなくなるから」
「それにシスターさんとのお約束もあるので」
そういや、そんなのもあったな。
じゃあ、ランクDの頻度は控えめで行くか。
そんな話をしながら待っていると、思っていたよりも早く料理が来た。
「すごく美味しいです」
そう言うリコリスの料理は卵とベーコンのスパゲティ。
そういえばこの町の領主は卵料理が好きで、鶏畜に力を入れていたな。
「俺の方のも初めて食べたが中々にうまい」
レモンバターという言葉に惹かれて食べてみたが、濃厚さを持ちつつも後味がさっぱりしていてうまい。
魚もいいが鶏肉で食べたい味かもしれない。
いつかまた食べに来よう。
パンに魚にサラダな俺に対し、リコリスはスパゲティを少量ずつ口に運んでいく。
やはりスパゲティだけだと見てて物寂しいな。
「リコリス」
「?」
「このサラダ食べていいぞ」
「いえいえ、ジェイルさんのをもらうなんてそんな」
自分のサラダをリコリスの前に差し出すと案の定遠慮された。
だが、テーブルにスパゲティだけが置いてあるのを見ると、やはり色々足りないと思うんだ。
「いいから野菜も食べなさい」
なんだ、俺はリコリスの母親か。
「なんだかジェイルさんがお母さんみたいです」
やっぱりそう思うよな。今の言い方だと。
半ば強引に渡したサラダだが、なんだかんだで食べてくれた。
実は遠慮じゃなくて野菜嫌いの線も考えたがそんなことはなかったようだ。
「食後のコーヒーです」
出された料理を食べ終え、食後のコーヒーを飲もうとカップに手をつけた所で気づいた。
しまった、これだとリコリスが手持ち無沙汰になるな。
「すぐ用意出来そうなデザートがあったらこの子に頼む」
店員が離れる前に咄嗟に追加注文する。
デザートは多分作り置きのものもあるだろうからすぐに出せるだろう。
「あ、え、そんな、私」
「お詫びなんだから気にしなくていい」
「ですが」
「それに、もう頼んでしまったから食べなきゃ残るだけだ」
「むぅ。ジェイルさんって実はずるい人だったんですね」
リコリスがぶーぶー批難をする。今までとは少し違った反応だ。
「よく聞こえないな」
「そのうえ意地悪です」
「聞こえないな」
サラダに続きデザートも少々強引だった所為かどこか拗ねたような態度のリコリス。
今までも好意的ではあったが、一歩か二歩引いたような態度を感じていたのが和らいだような気がする。
ただそれだけなんだが、自分の頬が少しだけ柔らかくなっているのを感じた。
§
食事も終わり長居する理由もないので店を出る。
まだ昼を過ぎたばかりで時間はあるんだが、
「悪い、今日はもう帰ってもいいか? 昨日までの疲れがまだ取れてないみたいだ」
昨日まで2週間も狩りを続けてたんだから、やはり身体が疲れを訴える。
本当はこれからについて話でもしようかと思ったが、今日はどうにも休みたい。
「あ、はい。今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」
喜んでもらえたならなによりだ。
「リコリスはこれからクエストか?」
「はいっ。もうお昼ですが、ギルドに行ってみて時間のかからないものがあったら受けてみようと思います」
「そうか、なら明日は八の鐘が鳴ったら来てくれ」
あ、いや言い直しておこう。
「多分大丈夫だとは思うんだが、明日も起きれない可能性があるから、もし八の鐘が鳴ってもギルドにいなかったら宿に来てくれ。そのまま部屋まで来てくれて構わない」
「あ、はいっ、わかりました。それではまた明日です」
さて、帰ってもう一眠りしようか。




