15.かわいい奴ら。
うわさのシノの兄ちゃん視点。
あと唐子さん、ドクターグリップ真っ二つしたことあります。意図してではないですが、かわいそうなことをしました。
「あーあーあーあー……ヒマぁ……退屈ゥ……クロちゃんに会いた~い……ハァ……」
そろそろ雪も積もりそうな師走のある日。
さっぶいさっぶい外から帰宅したら、かわいいかわいいかわいい(エンドレス)マイブラザーがリビングのテーブルで猛然と赤本解きながら矛盾したこと呟いていた。どういうこった。
どもどもども。俺、長船茎。二十一ちゃい。地元国立大学機械工学専攻三年。夢は宇宙ロケットのエンジンを作ることで~っす!
んで、ほんとにどういうこったよ?
うんうんうなる鎬なんざ珍しくもないが、クロに会いたいとはなんぞや?
受験生のくせしてヒマとか退屈とか、もう十二月だよ?センターまで一か月切ってるんだよ?すっげー余裕だなこのガキ。
それなりに受験に苦労した記憶があるから、弟のこの余裕がちょっぴり憎たらしいねどうも。ちゃんと勉強はしてるみたいだけど。
というか、テーブルの周り、書き散らしたルーズリーフと参考書タワーが林立してるけど。これ、全部やったの……え?ヒマと退屈がゲシュタルト崩壊してない?
俺の存在に気付いてるのかいないのか、鎬はどんよりした気配を背負ったまま猫背でガリガリガリガリ。ちょっと怖い。
あと兄ちゃん、『おかえり』くらい言って欲しいな!
「ぅお~い、鎬、しーちゃんや。お兄ちゃんのご帰宅だぞ?なんかない?なんぞ言うことない?」
「ウザい」
「辛辣!!だがそこがいい!!」
コートを脱ぎながら我が身を抱きしめ悶えてみれば、氷のような流し目もらっちゃいました(ハート)やだ、照れるゥー!
「おかえり。そしてさよなら」
「うん?兄ちゃん今夜はもうどこにも行かないよ???」
「ちちハハはおデートで遅いそうで~す。ごはん自分で何とかしてね、だって~」
「仲のいい両親に喜べばいいのか薄ら寒い気持ちになればいいのか。とりあえずしーちゃん何か食った?」
「まだ~……あるのでテキトーに作ろっかな~って……」
「よし、兄ちゃんがなんかとってやるからお前台所入んな。弁当、ピザ、すし、ラーメン、洋食、好きなの選べ」
弟が息吸うように飯テロ(物理)働こうとする!怖い!
でも今日はまだやる気がないようで、店屋物を提案したらすぐにのってくれた。俺の命は救われた。やる気の時はどんなに止めたって止まってくれない。
俺もメシマズだが、まだ自覚あるメシマズだ。
だがこいつはダメだ。明らかに台所に立たせちゃあかん類の人種。
弟に甘い自覚はあるが、皿も机をも溶かす兵器を作り出す料理人は人災兵器だと思うんよ……て。
「つかお前、クロどうしたよ?こういう日はだいたいクロが食わせてくれんじゃん」
両親共働きの我が家は、子どもがいい年になってきたところで『夕飯は自力で』が多くなった。
弟のキッチン★テロリズムをよ―――く知る幼なじみ達は、鎬が破壊行動に出る前に一緒に外食に連れ出したり、それぞれの家によんでくれたり、まぁ面倒見てくれてたわけだけど。多くは鎬がクロの手作りメシをたかりに行ってた。
なので、こうしてメシ自力の日に家にいる鎬は、珍しいっちゃ珍しい。つか、最近あんま出歩かないよな。いやいいんだけど。受験生として正しい姿なんだろうけど、なんかおとなしい。おかしい。
『クロ』の名前が出たところで、忙しなく動いてたシャーペンがぴたりと止まった。……おんや~?
「………………………………今、ちょっと、距離置いてるの」
「え?なじょしたん?」
そーいえば、鎬がここまで暗い空気背負うなんて、珍しい通りこして初めてじゃない?
え、ヤダヤダ。もしかして兄ちゃん、話題に乗り遅れちゃってるぅー?!ここしばらくゼミとか就活セミナーとかで、あんまししーちゃんと会える生活してなかったけど、何々?面白そーなことになってんの?そこんとこ詳しく!
好奇心のままテーブル越しにほっぺをつんつんしてたら、鬱陶しくなったのか、しーちゃんはしかめ面で体を逃がし、つついてた指を逆向きにぐぐっと折った。容赦ねぇな!!
イタイイタイ騒ぐ俺を完璧余所に、しーちゃんはぼそぼそ話し出す。
「……春に兄ちゃんにも見せたじゃん。婚姻届」
「おお、アレな。保護者欄、俺が書きたかったのに、父に奪われちゃったアレ」
「そう、アレ。まぁ、あの時はクロちゃんに冗談で流されちゃったんだけど~そん時はそれでよかったんだけど~」
「うんうん」
「それからこの間またそのこと話して~クロちゃん、オレの本気、やっとわかったみたいで~……」
「うんうん?」
「クロちゃんに避けられてかれこれ三カ月超。死ぬ。クロちゃん不足で死ぬわオレ」
「うんうんうん~????」
おどろおどろしい気配を背負って、一気に言い切った。弟よ、お前ちょっと最後キャラ違ってっぞ?あと握りこんだシャーペンご臨終な。シャーベットグリーンのドクターグリップ粉砕。
「なに、クロに怯えられでもしたの?でもアレがおびえるようなタマでもないか」
「最初は、それかなって思ってたんだけど、どーもそれだけじゃなくなったみたいで~。怯えられてるだけなら、まだやりようがあるんだけど。逃げられるし、完全に会わないように避けられるし。いやがらせでこんなことするクロじゃないし、ちゃんと、オレの願うところ以上まで考えてくれてるみたいなんだけど~。あっくん今回クロちゃんの味方だし、味方じゃないって言ってるけど、結果的にオレに不利に働いてるし。オレ孤軍奮闘……ツラい。クロちゃんに会いたい。触りたい。クロちゃんのごはん食べたい。声聞きたい。この際エロ声とか贅沢言わないから普通に会話したい。ツライ」
「若干アウトなセリフ混じってたけど、まぁ、そりゃ普通に辛いな。でも、歩が味方するってことは、クロに考えさせてるんだろ?」
思慮深く、でもどっか朴訥とした、弟のもう一人の幼なじみのボクちゃんは、賢いせいか妙に割り切ったところがある。
クロと二人だと猛獣使いなのに、しーちゃんが加わるとぶんぶん振り回されっぱなしで、傍で見てる分には愉快な奴だ。貴重なツッコミ枠だしね!
「わかってるよ~。クロちゃんに考える時間が必要なのは。そうじゃなくてもいろいろ重なって、考えなきゃいけないことたくさんになっちゃったのに、言わなくていいこと言ったのはわかってるもん。でも言いたかったんだもん。この際じっくり考えてほしかったんだもん。クロちゃんを悩まして頭いっぱいにして考えてもらうのは俺のことだけでいいんだけどおこ!って気もちで尻馬に乗った感はあるけど正直それが正解だけどでもそれでこんなに長く会えなくなるなんてその時はこれっっっっぽっちも思ってもなかったんだもん精々一週間かそこらだと思ってたんだもん会いたいつらみ」
「うわぁおぅ……しーちゃん、結構たまってたのね。兄ちゃんびっくり。でも自業自得な?」
「わかってるううううぅぅぅぅうぅぅう」
目のハイライト消して滔々吐き出した弟は、粉々になったドクターグリップを放りだしてテーブルに突っ伏し、いやいやするように頭を振る。うーん。これ結構キてんなぁ。会えてないのが効果覿面。
あと内容がちょっとだけヤンデレちっくで、すこーし兄ちゃん心配だな!
重ーいため息をつくしーちゃんを後目に、台所に行きとりあえずコメの有無を確認。うむ。冷凍白米はある。あっためるくらいなら俺にもできる。
「あ~人間ってどうしてこう、肉欲なんてもの持ち合わせちゃったんだろ~」
「なーに、テツガクテキなお話?それとも宗教?」
「純粋な疑問だよ~。そもそも、オレがクロちゃんに究極肉欲なんて抱かなければ、オレたちは幼なじみでいられたのに。それで満足できたのに」
「生物的には正常な反応だと思うけどねぇ。究極男なんて、好みなら熟女だって幼女だって女友達にだって勃つじゃん。罪悪感の有無はともかく、そういう生き物じゃん。だからしーちゃんだって莉子への恋愛感情許容できたんだろ?」
「不思議なほど罪悪感はなかったね」
きっぱり言い切りおったな。
つか、罪悪感なかったんか。そっか。その辺の葛藤がなかったのはよかったね、ってもんだけど。
「なら、何をそんなに唸ってんのよ」
「オレの気持ちはいいんだよ~。多少重い自覚はあるけど、まだ普通の恋愛感情だもん。問題は、クロちゃんの恋愛観が、だいぶこじれてることであって」
「エッ、あの単純明快な思考回路の持ち主が?!」
「単純明快ってのは、つまり思い込みも強いってことなんだよ~。クロちゃんち、離婚してるしさ~」
「あぁ。離婚家庭の子供って、結婚にすごい夢抱くか、反対にスーパードゥルァァァイになるかって聞くよな」
「クロちゃん、それが恋愛観に出ちゃってんの~……」
おっと、ジト目の上目使いなんて、高度なテク使ってくるねしーちゃん!でも、ふむ?
「つまり、どういうことだってばよ?」
「家族・幼なじみ>>>>友人>>>>>>>>>>>恋人」
「うわぉ。優先順位、めっちゃ低いのな!」
「近所の野良ネコの方がまだ優先してもらえる関係だと思う」
「マジか。そこまでか」
ちょっと真顔になってしまった。マジか。クロってば、そこまでこじらせてんのか。ただの根明能天気バカだと思ってた。
組んだ手の甲にあごを乗っけて、しーちゃんは遠い目でニヒルに口の端をあげる。そんな顔初めて見たよ。
「そこまでなの。そこまでだったの。っていうか、あっくんに指摘されるまでもなくその可能性気づいてたっつーのどんだけオレがクロちゃんのこと見てきて考えてると思ってるの一日大体二十時間は考えてるよ」
「そこは微妙にリアルな時間なんだな」
「正直夢ん中でも考えてる。熟睡時間引いてみた」
それってほぼ一日中ってことだよね。ドン引きだわ。
ズルズル崩れてなげだした腕に顔を埋め、弟はふかーいため息を吐いた。
「ここまで、悩ますつもりは、なかったんだよ………」
おぉ……マジ落ち込みしてるね、しーちゃん。どっちだ?
「長丁場にするつもりがなかった、もしくは、クロに逃げを与えちゃったの後悔?」
「…………………。……前者で」
「その間についてツッコんでやりたいけど、マテのできるよい子ちゃんの答えが聞けたからお兄ちゃんはスルーしてあげちゃうんだからね!」
「キモい……あとそれもうツッコんでるぅ~……」
泣きべそみたいな声出しちゃってまぁ。
今までの経験から、クロが一つのことに悩んでも、精々一カ月が限度だと踏んでたんだろ。それくらいで折り合いつけるだろって。
でも三カ月も経って膠着状態が続いて、鎬の方が参っちゃってる、と。見通しが甘いよお馬鹿さん。後者選んでたらマジで天誅だったけど。犯罪、ダメ、絶対。あれでもクロは女子だしな。
しーちゃんのことだから、逃げ場なくすとしたら、考える間もなく言質とってすぐ囲いこんでじわじわ追いつめて口説き落として依存させて、とかかなぁ、手段としては。
依存とか、実際もうなってる部分あるけど。それってホントに幸せなん?なんて兄ちゃんは思っちゃう。いや、本人たちが幸せならいいんだけどさぁ。
でも、最後の最後でクロのための選択をしちゃうあたり、ほんとにこいつはクロに惚れてるんだなぁ~、なんて思っちゃうの兄ちゃんは。
「愛だね、しーちゃん」
「うるせぇですよにーちゃんおだまりやがれください」
「言葉崩れてるってば」
べそかきながらふてくされるなんていう器用なことをしながら、テーブルに身を投げ出す弟に俺は笑った。
ら、玄関からチャイムが鳴った。
動く気配のない鎬にかわり、インターホンをとる。リビングのテレビ付ドアホンの三型画面にパッと現れた人物がしゃべる前に、「今開ける」とだけ言って玄関に向かう。チラ、と鎬を見てもピクリともしなかった。……あーあぁあ。
「あ、兄ちゃん、ちっす!」
おほぉ~ゃおやおやおやおや。話題の中心、クロさんじゃナイッスカ。
相変わらず派手な金色の髪に、黒のPコートとマフラー、赤い手袋。下は制服なんだろう。青いチェックのスカートで、黒いタイツの上からあたたかそうな柄靴下、黒いハイカットのコンバース。ガチャガチャした模様の中身入ってなさそーなリュック。
青蘭、制服着こなし自由だな。防寒的にはばっちりだけど。
寒さにほっぺた真っ赤にして、意外に元気そうに立っていた。重畳ですが。
「お前もう十八だろ。日も暮れてからの訪問に、『お久しぶりです茎さんお元気ですか』のあいさつの一つも言えんのか、あぁ?」
「兄ちゃんにそんな気を使ったって意味ないじゃん」
「おっし、もう十センチくらい縮むか?」
「やめろっ」
頭頂から垂直に押しつけてやろうと手を伸ばせば、素早く下がって頭をガードする。チッ。すばしっこい奴め。
手を戻して「で?」ときいてやれば、クロは一瞬視線を下げて、こいつらしくないひそやかな声できいてきた。
「あの、さ。シノ、いる?」
「いるよ。打ちのめされ中だけど。入る?」
「あ、や。呼んでもらえると、うれしい」
ぼそぼそ、マフラーに吸収されるみたいに小さくなってった言葉に、「ふーん」と一つ唸って、てっぺんからつま先まで見渡すこと二往復。
うろうろさまよう視線。落ち着かなげにリュックのひもを引っ張る手。そわそわ足踏みするコンバースのつま先。ふーん?
「もう終わりか?」
どうともとれるあやふやな質問を、ちょっとまじめな顔して聞いたら、クロはびっくりした顔で仰ぎ見て、すぐ真面目にうなずいた。
「うん」
たった一言の真剣さに、ふと笑いが込み上げる。あれだ。こみ上げる爆笑ってんじゃなくて、子猫がニャンと鳴いたの見た時みたいな。
ふっと、白い息の塊を漏らして、釣り目がちのまん丸い目を見つめ返す。
「あれでも、大事な弟なんよ」
「兄ちゃんはブラコンて言っていいと思う」
「泣かさない?」
「約束できない」
「ハ、正直でよろしい」
腕をさっと伸ばしてぐしゃぐしゃと冷え切った髪を乱暴にかきまわす。冷たい金髪が指に絡んだ。
今度はしおらしくされるままなのは、反省の気持ちでもあるんだろう。さっきはよけたくせにな。
でもまぁ、いい顔で見上げてきたので、これくらいで許してやる。
「いー加減、うちが湿っぽくてキノコでも栽培できそーよ。何とかしてチョーダイ」
「えーいどりょくします!」
「漢字変換してから言えよ、このノーテンキバカ娘。しーちゃん呼ぶわ」
リビングの鎬に「クロが来た」と告げれば、ばね仕掛けのように飛び起きて、玄関に走り出した。大型猫科動物のよーだな、弟よ。
そして、すぐにドタバタ音がして、「兄ちゃんちょっと出てくる!」の一声で飛び出していった。さっきまでの湿った声が嘘みたいね。
しんと静まり返った家の中で、ひとつ息をついて頭をかく。
クロもしーちゃんも、妙なとこ不器用だよな。
傍目には、こんなにも、互いを思いやっているのがわかるとゆーのに。
本人たちは、その思いやりの所在と名前にこだわりすぎて、膠着している。まあ、それも今日までっぽいけど。
兄としては、弟が泣かなればそれでいい。それに、クロと歩には、借りがある。
鎬が自分のせいでいじめを受けていた時、助けてくれた恩を、自分はまだ忘れていない。
加えてクロは、鎬の心もすくいあげてくれた。
あれから不器用に成長し変わっていった弟が自分は可愛いし、両親も含め家族として、クロに感謝していた。
だから、どんだけ突飛な愛情表現でも、夢みたいな未来予想図を鎬が語っても、家族は否定しなかった。協力できるところはしたし、間違ってるところは正した。
その結果が今日わかるというのなら、これは俺にとっても一つの転機になるだろう。何にしたって青臭い。
ああ、セイシュンってヤツだねどうも!
ちょっと笑って、電話をとる。甘酸っぱい気もちになったから、今日は中華じゃ。クソ辛い担担麺と油淋鶏の気分。辛味二十倍に挑戦しちゃおうかな!しーちゃんには、カニ玉とエビチリでいっか。おっと、餃子ははずしちゃならねぇ。
それから、ちょっと考えて、もう一品追加した。
八宝菜は、兄ちゃんからの激励としてとっておきたまいよ!
所々発言がサイテーな兄ちゃんでした。
つぎで最終話です。
2015.12.19 改稿。




