12.なんでお前、そう考え無しなんだよ!
歩視点。11話と同じ日のあっくんち。
遅くまで勉強したせい……でなく、普通に寝坊で昼近くに起きてしまった日曜日ほど後悔するものはない。規則正しい生活は大事である。
俺が生あくびで階下に下りれば、リビングに正座させられてる隣家の娘(大きい方)とその前に仁王立ちになる母さん、母さんの背後で野次る幼なじみがいた。
うん。ちょっとわけがわかんないですね!
シノと真子さんが呆気にとられる俺に気付いて手を振ってくる。どういうこった。
振り返った母さんが、苛立ったように寝坊を指摘してくる。怖い。この状態の母に逆らってはいけない。
素直に謝ると、ハッとしてちょっとバツが悪そうに朝食(昼食?)と有無を聞いてくれた。母さんは怒りっぽいけど、たとえ子ども相手でも、自分の非はちゃんと認めて謝ってくれる人だ。
母さんの申し出に丁重に感謝して、自分でコーヒーメーカーからマグについだ。
憤慨しつついったん休憩して、昼食の準備にかかる母さんと入れ違いにダイニングテーブルにつき、ニコニコしながら正座を続ける真子さんにたずねる。
「なんでここにいるんすか?」
「朝起きたら規梨からメール来てたから、怒られにきた!」
「さっき来たらあっくんまだ寝てるっていうから、クロママが怒られてるの見てた~」
「怒りたくて怒ってるんじゃない!確かに家来いとは言ったけど、時間も考えろこのおバカ!」
キッチンから届く刺々しい母の声に聞けば、朝六時に叩き起こされたらしい。うわぁ……貴重な休日の朝寝に、それはちょっとかばえない。
仲裁もせず傍観に回るシノもシノだけど、それからずっと叱ってる母さんもスゴイ。
そういえば、今日は父母智の三人で出かけるって言ってなかったっけ?海の方にドライブして、県内最大級鮮魚センターでカニを買ってくるって。父さんと智で行ったのかな。智、楽しみにしてたみたいだけど、こうなった母さんは怒りが落ち着くまでかかるし。
「やだ規梨、眉間の皺とれなくなっちゃうわ!あたしらそろそろ敏感に気にしなきゃいけないお年頃なんだから!」
「この皺はあんたのせいだし、そんな二十年前から変わらない顔で言われても嫌味にしか聞こえないし、言い方が本っっっっっ当に不愉快」
笑顔でぽんぽん失言を重ねる真子さんに、ますます眉間に渓谷を築く母。
構って欲しくて、わかってて言ってんだろうなぁ。あいかわらずうちの母が大好きな人である。
「んで、お前はどーしたよ?何の用?」
「んま~!あっくんたら冷たい言葉!用がなくちゃ来ちゃいけないの~?!」
「いや別に。いつでも来たらいいけどさ」
「唐突な男前発言に動揺を隠せない」
アホか。真顔すな。
茶番に付き合わずに昼飯の有無をきけば、自分から母さんに頼んでいた。うちの母も慣れたものなので、すでに頭数に入れて作り始めている。手伝いを申し出るシノを止める手腕もさすがである。
昼飯のメニューは、鶏のトマトソース煮とバターライス、ポテトサラダ、野菜たっぷりのコンソメスープ、氷の浮かんだアイスティー、あと常備菜が諸々。トマトソースはクロが作った奴だった。バジルとにんにくが効いている。
そういえば、小学生ん時、菜園の半分バジルとミントで埋め尽くしたことあったな。繁殖力をわかってなかったクロが、露地に直に植えたんだったっけ。端っこに二株ずつが、あっという間に畑半分とか、シソ科植物怖い。今年のトマトも似たようなもんだし、クロには学習能力が決定的に欠けてるよなぁ……。
黙々食べながら、どうでもいいことをつらつら考えていて、はてと思い出す。ゆうべのことだ。
向かいの席で、ニコニコ笑いながら料理を称賛するシノを思わず見やる。
―――本気だと、クロが理解してしまうほどのナニかを、シノはしちゃったんだろうか?
俺の胸にもやっとした不安が湧いたところで、真子さんがニヤニヤ笑いながら隣に座るシノに切り出した。
「シノくん、ゆうべはなかなか熱烈な口説き文句だったわねぇ。いいわー若いわー」
にんまりした真子さんの言葉に、俺も母さんも驚いた。当の本人はあっけらかんと笑う。
「やだ~クロママ、見てたの~?」
「見ちゃないわい。家の前でごちゃごちゃ話してたら、そりゃー聞こえるわよ」
「あちゃ~。声量気にしてなかったや~」
「詰めが甘いわぁ。今度から気をつけなさいな」
「は~い」
笑いながら交わされる会話に、でもなんだろう、薄ら寒い気持ちになってくる。隣を見れば母も腕をさすっていた。
「シノ、お前、ゆうべなんかした?クロ、表で固まってたけど」
「んーと、あのね」
ちょっと本気出して迫ってみた。
てへ、とかわい子ぶって小首をかしげたシノと、ゆうべのクロを思い出し、察する。
クロ、哀れな……いや、自業自得か。
「それを相談しようと思ってきたんだよ~。ねぇクロママ、クロちゃんの様子とか、どうだった~?なんか言ってた~?」
「あたし寝たふりでやり過ごしたからなー。でもショックだったみたいよ?あんなあからさまな狸寝入りに気付かないで、フラフラ部屋に行っちゃったんだもん」
「うーん、じゃあ、今度は真に受けてもらえたってことか~。やったね!」
「『やったね!』じゃねーわ」
「いやいやあっくん。シノくんはなかなか攻めてたよ!鈍感な莉子にはあれくらいでちょうどいいわ!」
そんなのんきに笑ってますけどね。あなたの娘さん、あなたほど百戦錬磨の恋愛体質じゃないんすよ。
と、内心毒づいたら、まさに同じことを母さんが指摘した。やっぱり、外から見るとそう思うよな。
「え~、莉子だって彼氏の一人や二人や三人いるでしょ?」
「あんたと一緒にすんな」
「俺の知る限りいたことねーすわ」
「全部オレが叩き潰してきたから、クロちゃんは潔白だよ~」
待て。
待って。
俺と母さんの制止の声も聞かず、話は続く。
「あ、なんだ。それなりにモテちゃいるのか」
「そうなの~クロちゃんそれなりにモテちゃうの~。元気で明るくて可愛いし~ちょっとお馬鹿だけど行動が派手だから目立っちゃうの~何より優しいしね~……まぁ告白なんかさせないけど」
怖い!ぼそっと付け足された最後の言葉が怖い!!
おまっ、俺それ聞いたことねぇーぞ何してんのお前!?裏でそんなことしてたの?!母さん知ってた?知るわけない?デスヨネ!!
「ちなみに手段いくつか教えてくれたの、あっくんパパだから~」
「あー、確かに保兄ちゃんそっちだったわ。裏から手ぇ回すタイプ」
「あの人何してんの!?」
悲鳴のような母さんの絶叫。知りたくなかった父親の裏の顔。うわー、うわぁー……。父さん帰ってきたらどんな顔して会えばいいんだ……。
ドン引きの俺と母さんなんて放って、真子さんとシノは楽しげに話を続ける。母さん顔蒼いけど、大丈夫かよ……。
「実は、クロちゃんに婚姻届あずけてあるんだ~。オレの分の必要書類はもうそろってて~あとはクロちゃんの署名と必要書類そろえれば結婚まっしぐら!」
「うわお、準備万端ねぇ」
「クロママどう思う~?」
「あの子がいいなら、反対なんてしないしできないわよ」
「やっぱりクロちゃん次第か~」
「それよりばーさんよ。カッチカチの石頭なんだから。そっちの説得は?」
「そっちは平気~伊達に昔から出入りしてないよ~。ばあちゃんのゴーサイン出たから届け用紙もらってきたんだし」
「保証人欄の片っぽは、ばーちゃんが書いてくれたんだよ!」なんてドヤ顔すんな。初耳だよ。
え、ばーちゃんどうしちゃったの?耄碌したの?
母さんは勿論、これには真子さんもたまげたみたいで、クロによく似た顔が驚きに染まっている。
「純粋にすごいわソレ。未成年の内に許すとは思わなかった。よくもまぁ、あの自称常識人頑固ばばぁの同意を取り付けられたわね」
「そりゃー時間かけましたから~」
と言って、左手を広げ右手の指を三本立てて笑う。パー?はち?八?八年ってこと?!
「なんてこと………」
「……………よく考えたら、お前、誕生日三月ジャン……………」
「だからだよ~。大学以降は絶対バラバラになるでしょ~?クロちゃん説得する時間考えて、春にお許しくれたの~。でももう半年過ぎちゃったし~ここらで本気出してかないと間に合わないから~」
絶句して頭を抱えた母さん。弱弱しくツッコンで天を仰ぐ俺。「言われてみたらばあちゃんの思うつぼなんだな~」なんてのほほんと笑うシノ。「気が長い!長すぎる!」と爆笑する真子さん。カオス。
聞きたくなかった裏事情がことごとく暴露された、日曜の午後二時半。
夕方になる前に、散々笑い倒した真子さんは、来た時同様唐突に「じゃぁ帰るわ!」と言って席を立った。明日朝一番に仕事が入っているらしい。相変わらず忙しない人だ。
とりあえず全員でクロんちに向かったら、例の金髪美丈夫が、クロとトマトソースを作ってた。なぜだ。
そしてクロは、シノの姿を確認して飛び上るほどビビっていた。
おい。おい。いくらなんでも、その人の後ろに隠れるのはよくないと思う。
俺の隣のシノが、笑顔で某BSRゲームの魔王の妹みたいな瘴気を作り出してるから。助けて!
しかし、昨日はちらっとあいさつしかしなかったけど、よくよく見るだにクロに似ている。主に色合いが。ハチミツみたいな金髪と、エメラルドみたいな目。真子さん加えて三人並べてみると、確かに血縁を感じた。
母さんとその人(寒河江さんと言うらしい。日本人か)が大人のあいさつをしている間、急に来て急に帰るという母親に、クロがこそこそ食ってかかっている。
「ちょっとママ!何の説明もなしに帰るとかありえなくない!?」
「なくないなくない。今回の目的は、旅人と莉子を会わせて、認知にこぎつけるか否かだから」
「ばあちゃんまだ帰ってないよ!せめて一声かけてからでも……つーか、ばあちゃんにこのこと話したの?!」
「あんたが起きてくる前に、母さんには一通り話してあるわよ?」
「あんたらいったい何時起きなんだよ!?くそ!」
地団駄踏んで悔しがるクロは発狂したサルに似ている。
確かにな。これでも朝型のクロは、遅くても六時にはいつも起きている。
ガシガシ両手で髪をかきまぜて、座った眼で目の前の真子さんをねめつけた。
「これだけ聞かせて。再婚、するの?」
「しないわ。今更」
「じゃあなんで、寒河江さん連れてきたの?」
「昨日言ったまんまよ?そこにいたからついで。莉子も高校卒業する年だし、いい機会かなってだけ」
「あの人、アタシに東京来れば、って言ったよ。ママはどうなの?アタシ東京行ってもいいの?ママと一緒に暮らすことになると思うけど、それは構わないの?」
真子さんは「ふ~ん」と実に適当なあいづちをうつ。クロの顔が不満げにゆがんだ。
「別に、莉子の好きにしたらいいんじゃない?あたしは別にどっちでもいいわ。あんたが決めなさい」
突き放した言葉に、クロは口をへの字に結んで黙り込む。
あー。あの顔は、泣く。小学生ん時よく見た顔だ。真子さんの言葉に傷ついた顔。
隣のシノを窺えば、意外なことに落ち着いていた。なんというか、大丈夫なのをわかっている顔、というか。
「人に決められた道ほどゆがむわ。だから、あんたのことはあんたがしなさい。犯罪に走らない限り、あたしは止めないから」
「………………………………それ、ばあちゃんも同じこと言ってる」
「そりゃ、母さんの口癖だもの」
「そうなの?」
「田舎の跡取り娘で、あれで抑圧されて育ったからね、あの人。実体験に基づくオコトバってやつでしょ。そのくせ娘が好きな道選んだら文句たらたらなの。でも、あたしが突っ走ってっても結局認めてくれちゃう。母親になってわかったけど、親ってそういうものなのよ」
『娘』の顔で『母』を語る真子さんなんて、初めて見た。
聞くともなしに聞いてしまったけど、クロと一緒になって度肝を抜かれていたら、一転憎々しげに眉をひそめた。
「まぁ結局似た者同士でついつい売り言葉に買い言葉しちゃうんだけど!ほんっとあの陰険ばばぁ、人の痛い所チクチクと!」
ケロッといつもの調子に戻るから、寒暖差でグッピーが死んでしまうよ。もう疲れた。勉強したい。
寒河江さんの泊まったホテルに一緒に戻り、そのままの足で二人は東京に帰るという。呼びだしたタクシーが到着し、ここまで来たらみんなで見送りだ。お土産はクロ謹製ホールトマトとトマトソース、各種ピクルス。減らしたいのがよくわかる。
「いろいろお世話になりました。莉子、おばあさまにもよろしく伝えてくれるかい?」
「あ、ハイ。こちらこそ、手伝ってもらっちゃって、ありがとうございました。助かりました」
「なんのお詫びにもならないけどね。君の気持ちを揺らして悪いけど、考えてくれるかな?認知のこともそうだけど、東京の学校のことも。君の損にはならないことだから」
「え、えいいけんとういたします……」
「ありがとう。また会おうね」
笑ってそのまま軽いハグと頬にキス。
を、阻止された。
ハグまでは笑って一歩下がって見てたシノは、クロの頬に寒河江さんのくちびるが触れる寸前に、身柄ごと奪い返した。なんという早業。
背後から覆いかぶさるように肩に腕を回したシノに、固まって収まるクロ。
一瞬の間。
男二人が笑いあう。にっこり。
「シノギとは、もっと話したかったな。今度は時間をくれるかな?」
「お構いなく~実りある話題があるとは思えないんで~」
「ははは尖ってるねぇ」
うわ、こいつら、心臓に鋼鉄の毛でも生えてるんじゃないか?
クロの頭上約五十センチの位置で不可視の火花が散った錯覚が。
極寒のシノと、オトナの余裕で受け流す寒河江さん。双方笑顔なのが性格の悪さをアラワシテルネ。
思わず引いてしまっても悪くないと思う。やめろクロ、んな目で俺を見るんじゃない。俺はそこに割って入りたくない。
その隣で行われてる調教のような母親と真子さんのやり取りも、できれば視界に入れたくない。何だこれ。何だこれ。
結局、真子さんと寒河江さんを乗せたタクシーが走り去り、見送った母さんが家に戻っても、シノはクロを拘束したままで、されたままだった。
……あれ、これ、今までと変わんなくね?
シノが俺やクロに対してゼロ距離なのはいつものことだし、それを受け流すのも今までと何も変わらない。
クロに対して攻勢に出たというシノの証言に則って、クロの方に何かしら変化を来したというなら、スキンシップの反応は変わってないとおかしい。クロは良くも悪くもバカ正直だから。
本日最初の挙動不審は、別の要因で、つまり、なんだ、シノの攻勢は不発に終わったということか?
それならそれで今後が怖い、とそこまで考え至ったところで、動きがあった。
「ふ、」
「クロ?」
「クロちゃん?」
大人しくシノの腕におさまったままうつむいてたクロだったが、どうしたって、こいつはクロだった。つまり、バカなのだ。
「ふぎょわぁあああああああああああああぁぁぁぁああああ!!!」
ばしーん!と音がしそうな盛大な万歳で、奇声とともにクロはシノの腕の拘束を解いた。お前、それ、変質者対策講座のヤツ。
きちんと身についてることに感心すればいいのか、奇行に安心すればいいのか、ちょっと迷っちゃったじゃねーか。
とにかく、唐突な大声に驚いた俺たちは、恐るべき敏捷さでシノから離れたクロを見やる。
うつむいてると、こいつやっぱり小せーな。顔がまったく見えない。
「クロちゃん、どうしたの?」
小さく震える金色のつむじに、シノが手を伸ばそうとしたら、その手はバシン、とふり払われる。え?
ぱっとあげたクロの顔は、首まで真っ赤だった。
ふり払われたまま固まるシノ。
予想外のことにこれまた固まるオレ。
自分でふり払ったくせに、びっくり顔のクロ。カオス。
そして、真っ赤な顔のまま、くしゃりと泣きそうになって家に逃げ込むクロの後姿を、俺とシノは半ば呆然と見送る。
……これ、やばいんじゃないの?
恐る恐る、腕をクロに伸ばしたまま固まるシノの背中を見守っていると、突然がくん、と膝から崩れ落ちた。
なんだ?!ショック起こしたのか?!それとも追撃の助走体勢に入ったのか?!!
背中震えてるけど、握り拳がすげーブルブルしてるけど、大丈夫なのコレ!?
「し、シノ……?」
「……………………………か」
「か?」
「かわいすぎか…………っ!」
あ、これ、大丈夫っすわ。
身悶えで震えながらクロ萌してるシノに脱力して、ハイハイいつも通り乙とかハナホジしてたこの時の自分を、殴りつけたい。
クロの逃げが、この時だけでなくその後しばらく続き。
最初は「逃げちゃうクロちゃんかわいい!」ってなってたシノが、段々シャレにならない手負いの獣になってゆき。
そんな二人をギリギリしながら自分が見守ることになるなんて知ってたら、何が何でもこの時にクロをつかまえて、シノの前に放り投げていた。
クロ、なんでお前そう考え無しなんだよ!バカ!いい加減にしろ!!
2015.12.18 改稿。




