11.ちょ、詳しく!したら崖っぷちに向かってどつかれた。
長らくお待ちくださりありがとうございます。しばらく連日投稿します。
時系列的に前話の翌日です。説明回。ホールトマトとトマトソース作り教室。パパ()が恋愛相談()のってくれるよ!やったね!
※については二話目を参照のほど。
「おぉー、上手いっすね!」
「まーね。これでも男だけ家庭の家事担当だったからね。けっこう年期入ってるよ」
冷水の中でつるつる器用に湯剥きする寒河江さんは、ちょっと得意げに笑った。完熟トマトの皮剥きは、力加減が難しい。
アタシ達……アタシと寒河江さんが何をしてるのかというと、昨日放置してしまった野菜の加工である。
* * *
ゆうべから思考回路ショート寸前なアタシ、黒江莉子は、考えるのをいったん止めて、とりあえず手近な問題から片すことに決めた。
トマトである。
忘れちゃいけない、お残しゆるしまへんでばあさんの恐ふ……もとい、いいつけは、体の芯まで染みとおってる。
というわけで、朝もはよからトマトの処理に追われていた。
ミニトマトは天日干ししてドライトマト、またはキュウリやパプリカとは別にピクルス液に漬ける。熟した大玉はホールトマト、ピューレ、カットトマトにして瓶詰に。ゆがいて剥いて詰めて煮てをエンドレスリピート。この夏こなれてしまった作業にはもはや解脱の域に到達する。げんじつとうひとも言うけどね!
ほんとは、朝一番で、ママにコトの次第を、一切合財懇切丁寧に説明してほしかった。でも一足遅かった。
アタシが起きた時には、もうママは家を出た後だった。
チラ裏を切ったメモに『あっくんママに会いに行ってくるよ!』という、雑だけど納得の理由を書いて。
人によって好みの別れる性格のママは、扱いは雑だけど、高校時代から見捨てず付き合ってくれるあっくんママが大好きだ。
娘に会うためじゃなくて、あっくんママに会いたいがためじゃないかというくらい、帰省中はあっくんママに張り付いている。そのたびにあっくんパパと薄ら寒いやり取りをしてるから、あそこもよくわからん関係デスネ。
まぁ、そんなこんな集中してたら、お昼近くに、寒河江さんが来た。べっくらこいた。
そういや、「明日も来る」って言ってたよ!玄関に出たアタシは、割と人目につけない格好だったけど!
Tシャツもエプロンも手も真っ赤に染めた人間が出迎えたら、ちょっとしたスプラッタホラーだよね!潰れたトマトってもったりしてて、ほっぺたに飛んでたらパッと見肉片に見えないこともな……ン、ン!まあいい。
そんな悲惨な姿を見て驚いた寒河江さんは、家じゅうに充満するすっぱ青いにおいにすぐに気付いたけど、やっぱり少しぎょっとしていた。
その時、ちょうどいい時間だったので、畑から戻ってきたばあちゃんと、寒河江さんと一緒に昼食。
今日も今日とて、オイル漬けナスとピーマンのトマトソースパスタである。手抜きじゃない。ここ最近こればかりで、ばあちゃんの眉間が食事のたびに深い渓谷を築いている。いやでも!ラザニアにしたりドリアにしたり、バリエーション変えてるし!
よそう。わかってる。アタシだっていい加減さっぱりした和食が食いたい。年寄りが頻繁に洋食はキツイわ。ごめん。
そうして食後の腹ごなしをを終了したら、ばあちゃんはまた畑へ、アタシは途中にしてた作業の続きを開始する。はずだったのだけど。
その前に、ママを呼び戻そうとしたアタシにストップをかけたのは、寒河江さんだ。
「ちょっと、莉子と二人で話したいんだよ」
にーっこり、ステキナエガオでそんなこと言うもんだから、イエスと返すしかない。さっさと出てったばあちゃんを恨む。顔引きつってなかったかな?
そして、冒頭に戻る。
去年リフォーム※したばっかの真新しいキッチンで、二人並んで立っているという次第。以上説明。長くなったね。
「これ、何にするんだい?」
「瓶が許すかぎりホールトマトにしようかと」
「OK. 種はとった方がいいかな?」
「いや、ついたまんまでいいです。剥いたら四つくらいに切って詰めてってもらえますか?」
「了解」
ぱっちんとウィンク。ワー、ステキナエガオデスネ。
どことなく上質そうな黒のコットンセーターだけど、せっかくのおべべを汚したらことなので、エプロンをお貸しした。失敗した。
洗濯を繰り返してあせたオレンジ色のフリフリ新妻エプロンが、こんなにも似合わない。てゆうか、小さい。
うち、みんな、小柄だしね……なんか、世紀末!無駄に鍛え上げられた肉体を強調してる!
でもマシなのみんな洗濯にまわしちゃって、あと無事なのばーちゃんの割烹着くらいだし……ここは見なかったことにしよう。
機嫌よくでっかい鍋一杯のトマトを剥く寒河江さんの手つきは、とても丁寧で器用だ。アタシなんか、どーせつぶれても平気だしと、いつもテキトーなのだけど。長い指を駆使する手つきは手慣れてて、たしかに危うげない。
ちらちら横目で意識しながら、煮沸用の鍋をセットする。コンロを占拠する黄色いアルミの大鍋二つ。
お湯が沸く間に、ホールトマト用の塩水を作る。ついでにニンニクと玉ねぎも出しとく。瓶に詰めきらなかった分は、トマトソースにして冷凍しよう。午前であらかた瓶詰は作っちゃったし。
並んで玉ねぎとにんにくの皮をむしり始めると、寒河江さんが口を開いた。
「莉子が話しやすいように、先に詳しい自己紹介でもしようか。何がききたい?今ならなんでも答えるよ」
「ちなみに身長189センチ体重約70キロ。職業はいろいろやってるけど、主に雑誌主体のスタイリスト。家族構成は義理の父、弟。オプションで養父の妹家族。一応日本が拠点だけど、海外を飛び回ってるからあんまり国内にはいない。性格は世話焼きって言われるかな。自分では陽気な方だと思ってるけど、どうかな?」と、怒涛の自己紹介を始めてしまった待って待って処理追いついてないから!!あとよく口が回るってゆーのも付け足していいと思う!
「……………………………ご家族はこのこと知ってるんですか?」
よーやっと、これだけの質問をひねり出したら、輝くような笑顔で即答しなすった。
「話したよ。昨日ホテルで電話した」
「あ、あ―――――のっ!認知とかいらないんで!よそ様のご家庭を壊すつもりなんてないし!今の生活で結構満足してるんでアタシ達のことなんかほんっっっと放っちゃってください!養育費とかもいりませんもうアタシ十八ですしなんなら念書とか書くんで!ママもそこまで深く考えてなかったというか、既婚の可能性も考えられないとか多分ほんとに思いつきでここまで連れてきちゃったと思うんですけど!あの」
「ストップ」
可能性を考えたら、そうだよ、この人ママが勢いだけで連れてきちゃったんだよ!ってことは寒河江さんは何の準備もなく来たわけでしょ?そもそもママ、ここまでアタシにも何っっっの説明もなしだからね!まずアタシが状況わかってない!もし寒河江さんに家庭があったらアハハハハよそ様のご家庭を不幸にするとか、ほんとないわー!ありえんわー!
一人慌ててテンパるアタシの口を、寒河江さんは水に濡れた手をあげて止める。
「うーん」と困ったように唸って、小首をかしげて人差し指を立てた。どうでもいいけど、妙に様になりますね!
「ひとつ、オレは独身だよ。結婚歴はない。ふたつ、認知はしたいな。知ったからには放ってなんかおけないよ、ごめんね?みっつ、オレの家族は、オレの無責任さを責めこそしたけど、君やマコについては追及しなかった。彼女や君が、経済的に困窮してないかとか、今後のことはちょっとツッコまれたけど、彼らに君らに対する悪感情はない。肝心の養父は……今、連絡つかない場所にいて……だけど、彼は絶対このことに関して口を挟んでこないと断言できる。つまり、オレの身内に関しても問題はない。莉子の心配は杞憂だ」
おおぅっ?つらつら説明されたけど、つまり、えっと???よく息つづきますね????
理解してないのがわかったのか、ひとつ苦笑して、「つまり」と続ける。
「オレは認知したい。独身既婚歴ナシ。身内に関しても問題ない。これだけ覚えとけばいいよ」
噛み砕かれた言葉に、ようやく脳ミソは追いついて、ほっと息をつく。
こういう、たくさんの情報を処理しながらの会話は、いまいち苦手なんだよ。あっくんとシノに任せきりだったから。
落ちついたアタシを見て、寒河江さんは手のひらをパーに開いて、たれ気味の目じりをさらに下げて笑った。
「マコから何も聞いてない?ここに来るまでに、新幹線の中でいろいろ話したんだけど」
「ママは、昨日寝落ちした後、今日は朝から隣んちに行って帰ってきません……」
「そうなの?相変わらず自由だなぁ。認知については、マコには賛同してもらったし、あとは莉子次第だよ。オレとしては同意してもらいたいけど」
「なんでなんです?いきなりこんな、でっかい子供できたりとか。迷惑でしょ?」
「そうだねぇ」
しゃべりながらも大量の湯剥きをすべて終えた寒河江さんは、まな板の上でサクサクトマトを適当な大きさにカットしていく。
消毒した瓶を作業台の上に並べ、端から切ったトマトをつめて、塩水を入れてふたをする。これでまた十五分くらい煮沸したらホールトマトの瓶詰完成。まぁ簡単!でもやっぱり瓶足りない。
寒河江さんが言葉を選んでる間、アタシは皮をむいた玉ねぎとニンニクをひたすらみじん切りにして、別の鍋に入れてく。
「オレ、子供好きなんだよ。自分に子供ができたら、それはもう可愛がって可愛がって、女の子ならお姫様みたいに育てようと思ってたわけ」
お、お姫様かぁぁー!
手元狂わなくてよかった。
とろけたハチミツみたいなエロ甘い顔と声で言われると、言葉もあいまってすっげーインパクトな!ほっぺたピクピクするぜ!
「そ、れは、なんというか、こんな風に育って、ズビバゼン?」
お姫様とは真逆にいる自覚はあるので、一応謝ってみる。
お姫様、玉ねぎのみじん切りで鼻水ださない。
「そこは謝るとこじゃないね。オレがそういう扱いをしたかったってだけで、本当にお姫様みたいに育ってほしいってわけじゃない。それに莉子はこんなにいい子に育ってくれたんだから、もうおつりがくるよ」
うぇっ?!褒められた?!というか、この人、アタシのドコをどう見て『いい子』なんていうんだ。
どこ切り取っても情けないというか、どうしようもない姿しか見せてない気がするんだけど?
「とにかく、オレは、オレの子供に無責任になりたくないし、自分の子供だって主張したい。
でも、莉子気持ちもあるから、君の意思をとにかく最優先したい。認知したからと言って、今更父親面はできないけど。
こんなおっさんがいきなり何言ってんだって思うだろうし、莉子には迷惑だろうけど、何かあった時、君に頼りにされたいんだよ」
「そんな、非常時のお助けグッズ的な……」
「あはは!いいね!その程度の認識でいいんだよ。あったら便利くらいの気持ちで、オレを君の父親にしてくれないか?」
軽ーくそんな風に言われて、あーうー生返事を返してしまう。
その程度の認識でいいんなら、この人にとって認知なんて、大げさなことではないんだろう。ママとこの人がいいって言うんなら、アタシも問題ない。気がする。
「いきなり父親とは見れないと思うんですけど、いいんです?」
「いいよ。君にとってパパはアーロンだと思うし、それでいい。親戚のおっちゃんが新しくできた、くらいの感覚でいいよ」
おっちゃんと言うには若すぎる気がする。
でも、親戚か。近いようで遠いっていう点では、確かに似た雰囲気かもしれん。
新しく親戚の兄ちゃんができた、と思えばいいのか。それならできそうだ。
フムフムうなずくアタシを見て、寒河江さんは続ける。あとは煮るだけ状態の瓶詰トマトのふたを固く締めながら。
トマト結構あまったな。やっぱりソース作りに移行だな。ジップに入れて冷凍しよう。残りのトマトをみじん切りにしてもらって。
「これについては、いいかな。他には何かない?」
「じゃあ、お住まいとお仕事のことなど」
「うーん、一応国籍は日本なんだけど、定住してるわけじゃないしな。仕事……何でも屋、かなぁ?オレを育ててくれた義理の親父がカメラマンで、世界中を飛び回ってるんだよ。小さいころからその人に引っ付いて世話焼いてるうちに、なんでもできるようになったというか、ならざるを得なくなったというか。そのおかげでいろんなところで顔覚えられて、おかげさまで今食ってけてるけど」
「いろいろするせいで、職業としてこれ!って断言できる名前がないんだよなぁ。強いて言うなら、ヘアメイク?スタイリスト?」と、やっぱり唸って首をかしげながらそう言う。
でもつっこんで聞いてみたら、こんな田舎でも聞く世界的ファッション雑誌のグラビアとか、なんとかコレクションとか、ハリウッド女優の名前とかがボロボロ出てきて、ヒエエェェとなったアタシは悪くない。寒河江さんは、ワールドワイドに無頓着でもあるみたいだ。
そこではた、と気がつく。
「そういえばいくつなんです?」
「言ってなかったっけ?今年三十六だよ」
36-18=18
……………………おい。
おいおいおいおいおい。ママさん。ママ。ママよ!!
未 成 年 じ ゃ ん ! ! !
若いと思ったよ若いはずだよ!完全異国人の容姿で美形だから年齢不詳に見えるのかなと思ったら違ったよ!この人老け顔だよ!アタシの誕生日から逆算したらこの人、仕込んだ時十七なんじゃねーの?!ママとの年の差いくつだよ!?アタシ産んだのが二十五?二十四?!え!?ヤバイ引き算できない!何歳差?!
「うーん、そんな絶句するような話じゃないと思うんだけど」
昨今、高校生で経験済みとかよく聞く話ですけどね!幼なじみでつるんでる方が楽しいオコサマには十分刺激の強い話だよ!てゆーかママさぁ、ママさぁ……っ!
「は、はんざい?」
「外国での事だし、本人同士の同意有だし、日本の法律に適合しなくていいんじゃない?」
あっけらかんと言ってくれるけど、そうかなぁ……大事なことな気がするけど。本人がいいならいいのかなぁ。空っとぼけたい。空っとぼけよう。そうしよう。
流すことにした。過去のあれこれ気にしたって、アタシは今こうして生まれて生きてるわけだし。
タイマーが鳴る。煮沸が終わった瓶を取り出して、あとは冷ますだけなので、放置。
みじん切りトマトをボールにまとめてもらって、寒河江さんに頼むのはここまで。
あったかいお茶をわたすと、作業台の下の踏み台にもなるイスに腰掛けた。リビングに行ってもいいんですよ?あ、行かない?…チ。
「あと学校とか、勝手には決められないんですけど……生活費も学費もそうだし、ばあちゃんのこともあるから」
「ああ、なんか、悩ませてしまったみたいだね。どうかなってくらいの提案だったんだけど」
てゆー割には声が本気でしたよー、とは口にしない。今だって目がマジだ。
「とても現実的だね。いいことだ。おばあさまも高齢だし、莉子の懸念するところは正しいよ。でもだから、今がチャンスだと思えないか?」
「チャンス?」
「おばあさまが元気なうちに、ってことかな。マコだってアウェイに出ることで飛躍的に成長した。東京じゃなくたっていいんだ。ホームを出ること、様々な価値観に触れることは君の大きな糧になると思うよ」
……言ってることはまともだし、本気なんだろうな。でも。
「本音を言えば、オレは君ともっと交流したい。そのためには君に、手の届きやすい所に来てほしい。だからオレは東京の学校をプッシュするよ」
これが、本当だろう。
自分の欲求に素直な人だなー。こんな素直じゃ毒気が抜かれてしまうよ。
「交流はいいんですけど、学校のことは、時間ください」
「無論だよ。じゃぁ、これ、連絡先ね」
「いっぱいメールするからね」なんて言いながらポケットから名刺を一枚取り出して、作業台の上に置いた。どうもご丁寧に。
空いたガス台に、玉ねぎニンニクを入れてた鍋をのせて、勝手裏にプランターで作ってるバジルも適当にみじん切りにして入れる。
オリーブオイルを少したらして、弱火でぐつぐつ炒めると、ニンニクのいい香りがたってくる。飴色になるまで炒め煮て、ローレルとトマト投入。木べらでつぶすように混ぜて、コンソメと塩コショウで味を調える。コンソメは顆粒が便利だよね。
煮立っていく鍋を見てると、にこにこ笑いながらアタシを観察してた寒河江さんが口を開く。
「昨日あれからどうなった?」
この人、ほんっと、余計なことしか言わないな!!
考えないように考えないようにしていたというのに!
「ゆうべの男の子、シノギくんだっけ?なかなか過激な幼なじみ」
「すいません、いつもああなわけじゃないんですケド……」
「気にしてないよ。むしろああいう子が近くにいてくれるのは安心だからね」
とても過保護そうだ、と屈託なく言ってのける。本当にゆうべのことは気にしてないみたいだけど。
「でも、莉子の顔は浮かないね。どうして?」
妙にツッコんで聞いてくるな!それについてはまだ迷走中なんだよまとまってないんだ!説明とかできない!無理!
そんな心中が顔に出てたのか、寒河江さんは困った子を見るように眉を下げて。
「支離滅裂でもいいから、言ってごらんよ。身近すぎない大人の方が、吐きだせるんじゃない?」
なんとも男前なフトコロを見せてくだすった。これが……父性……?
そんな雰囲気に流されて、はたと気がついたらゆうべのこと、シノの本気、アタシの今の心境なんかをペロッと吐いた後だった。スゲーな、父性。
寒河江さんはしっちゃかめっちゃかな話を愉快気に聞いて、ふむと一つうなずいて、口を開いた。
「たとえ話を一つしようか。
ある男と女がいた。彼らは家族として出会って、順調に関係を築いていた。でも時が経つにつれ、男は女に『恋愛感情』をもつようになる。女は男を『家族』としか見ていなかった。彼女にとって『家族』というのはとても大切で重要なモノだったから、彼を突っぱねるしかなかったんだね」
お、おお?突然だな。
首をひねりながら、とりあえず続きを聴く。寒河江さんは楽しそうに、ときどき思い出すように笑いながら、なめらかに語る。
「男も考えた。自分と彼女が幸せになるには、どうすればいいんだろう。彼は『壊す』ことを選んだ。家族という関係を全部なかったことにして、ただの男と女になろうとした。彼女は当然戸惑った。悲しかったし、とても傷ついた。彼の言う『恋愛感情』は、彼女の幸せである『家族』を壊してしまった」
なんか、身に覚えのないよーな、あるよーな……?
この場合、彼女がアタシで、彼がシノ、だよね。
「……その二人、どうなったんです?」
「今も幸せに『家族』をしてるよ」
にっこり笑ってそう〆る。
ああ、その彼の恋愛感情は、彼女に受け入れられなかったんだな。そんな落胆が滲んだんだろう。寒河江さんはひょいと眉をあげて「おやおや」という顔を作る。この推測は間違っているらしい。
「言っただろ?二人は幸せに暮らしてる。彼は彼女を口説き落として、今二人は夫婦だよ。君と年の近い子どももいる。彼は諦めず粘って、自分の『恋愛感情』を彼女に納得させたし、彼女は自分に素直になって、どんな形でも彼と『家族』であることを選んだ」
えっ、それ、ありなの?ありなんだ!?
なんかずるい!こういう問答は苦手なんだよ!
「オレはこう思ったよ。お互いに持つ感情の名前がまったく同じじゃなくても、同じ方向を向いて歩いていくことはできる」
「あの、バカなんで、噛み砕いてもらえませんか?」
「彼も彼女も、結局自分のエゴを貫いたんだよ。端的に言うと、ものすごく自分に正直になった。自分が欲しいものを手に入れるために、我を押し通した」
ぼそっと「結局、彼女も彼に対してそれだけ強い思いがあったから、うまいこと収まったんだろうけど」なんて言ってまとめる。
なんだろう、ものすごく、既視感。状況もそうだけど、その『彼』も『彼女』も。
しょっぱい顔してるアタシに、寒河江さんはいよいよ愉快気に笑みを深める。
「シノギは、ちょっとこの男に似てるね。でもきっとずっとやさしいんだろう。リコが嫌なことはしない?」
「絶対とは言えないんですけど、まぁ、おおむね」
「この手の男には縁があってね、他にも似たようなのを何人か知ってるけど。アドバイスするなら、一つかな」
えっ、あるの、アドバイス!?ちょ、詳しく!
期待に顔を輝かしたら、崖っぷちに向かってどつかれた。
「諦めたほうが早い」
「ファッ?!」
「こいつら、絶対諦めない。しつこい。何が何でも相手の人生に関わってこようとする。逃げても無駄。諦めて、受け入れた方が心労的に軽い」
「アドバイスじゃない!!」
「こじらせたら今度は周囲を巻き込んで自爆するから、そうならないうちの早期解決がベストだね」
ねぇ、そのシノのそっくり(?)さん、何しちゃったの?すっげぇ儚んだ微笑なんですけど!巻き込まれたのか?寒河江さん巻き込まれちゃったのか!?ほんと、何があったの怖い!自爆って何!?転化して自分に降りかかってきそうで怖い!!
ビビって固まったアタシの手からそっと木べらを取り上げて、寒河江さんは焦げ付きそうな鍋をかき混ぜる。
ちょっと煮詰まったトマトソースは、いつもよりしょっぱい気がした。
アドバイスが必ずしも有効なモノだけとは限らないという話。
2015.12.18 改稿。




