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るいとも!  作者: 唐子


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10/17

10.いいわけにもなりやしないけど。(後)

前回の続き。

莉子→歩で視点が変わります。シノが本気出す。


後篇はあとがき部分に小話が入ります。


「「まったく知らなかった」」(寒河江さん・莉子)サブタイトルはこう続きます。


 

 その後、少し早いけど夕飯を作り、寒河江さんも誘って全員で摂ると、もうとっぷり日は沈んでいた。


 酔いつぶれた母と、もう休むと下がったばあちゃんの代わりに、アタシは寒河江さんを見送る。

 駅前にホテルをとったというので、タクシーが来るまでの間、門前で立ち話をした。


 涼しい風に乗って焦げたような秋のにおいがする。虫の声がリーリーガチャガチャうるさいくらい響くのに、辺りが妙に静かなのはこの辺が田舎だからだ。午後七時も過ぎると、車もめったに通らなくなる。遠くの高速とバイパスから響く車の走行音くらいしか人工の音がないから、静かと感じるんだろーね。


「――突然お邪魔したあげく、図々しく夕食までいただいてごめんね。ありがとう」

「あっ?いやぁ、ありあわせですいません。お口にあいました?」

「もちろん!とってもおいしかったよ!証拠に残さなかっただろう?アーロンが『マコに料理させちゃいけない』って言ってたから、君が料理上手なのはとても驚いたよ」


 ちょっとらちもないこと考えて現実逃避してた。やばい。

 でも屈託なく満面の笑顔で料理を褒められて、ちょっと安心する。

 実は、何話したらいいのかわからんくて、ずっとキッチンに引っこんでつまみやらなんやら作り続けてたのだ。いつもは同じ食卓に着かないとうるさいばあちゃんも、今回ばかりは見逃してくれた。

 そして気になる言葉が聞こえた。


「あのー……パパーと知り合いなんです?」


 アーロンは、ママの別れた旦那の名前だ。

 寒河江さんは「ああ」とうなずいて笑う。


「友人だよ。オレたちマコも含めて、行きつけのクラブで出会ったんだ。実を言うと、生まれたばかりの莉子にも会ったことがある。君は絵画の天使みたいだった」


 たれたまなじりをさらに下げて笑われて、言われた内容に驚いた。キューピット時代のアタシをご存知とは!


「アーロンは、今、西海岸で新しい家族とうまくやってる。でも君のこと、気にしてたよ。この間会った時も言ってた。血の繋がりはなかったけど、彼は君を愛おしんでたから」


 それを聞いて、不覚にもアタシは、ぐっと来てしまった。

 今じゃ音信不通のパパーが、今でもアタシのことを気にしてくれてる。それが……うれしい。


 ほんとのパパを前にパパーのことを考えるなんてひどいことなんだろう。

 でも、黙ってうつむいてしまったアタシを、寒河江さんは追及しなかった。

 優しい沈黙と、ママが絶対教えてくれなかったパパーのことを教えてくれた彼に、ほんの少し親しみを感じた。

 ずりっとたれてきた鼻をすする。


「………ありがとうございます」

「感謝されるようなことじゃないよ」


 うつむいた後頭部を大きい手がゆっくりなでる。

 なんつーか、つくづく大きい人だな。体もそうだけど、心も広いというか。なんて言ったらいいんだろう?

 あのママの友だちを二十年もできるんだから、そら心も広かろうもんだけど。


 うつむいたままうへへと泣き笑いをもらすと、足音がして、唐突に頭の荷重がふり払われた。

 びっくりして顔をあげれば、いつのまにか近づいていたシノ。

 アタシの頭に乗ってた寒河江さんの腕をひねりあげて拘束し、その勢いのまま門柱に体重を乗せて押し付けたのが見えて、仰天した。


「――ねぇ、クロちゃんに何してくれてんの?」


 ぎしりと荒っぽく腕を締め上げながら、シノは剣呑な目で寒河江さんをにらむ。

 今まで見たこともないくらい、シノは怒っていた。ヤバイ、呆けてる場合じゃない!


「違う、シノ、この人何もしてない!手ぇ離せバカ!!」


 つかみ上げてる腕に抱きつくように止めにかかる。ちら、と見下ろされるけど、腕は離さないからな。

 身長差でぶら下がってるように見えるけど、遊んでるわけじゃない決して!


「現行犯じゃないの?」

「痴漢か!違うわ!よしんばそうだとしてアタシが黙ってやられるか!?」

「クロちゃん、泣いてたでしょ?」

「泣いてない!泣いてたとしてもうれし泣き!」

「てか、この人だれ?」

「どうも、莉子の父親です」


 空いた片方の手をひらひらふって、余裕気に寒河江さんは笑顔で会話に入ってくる。なんだよこの人結構いい性格してるな!?

 一瞬きょとんとしたシノは、ゆっくり腕を外す。アタシを見下ろし、寒河江さんを見、またアタシを見下ろして小首をかしげた。アタシはうなずいてみせる。


「ママが連れてきた。アタシのほんとのパパらしい」

「ほんとの?」

「話せば長くなる」

「じゃ、あとででいいや。…突然乱暴してすみませんでした」


 一歩二歩、寒河江さんから離れたシノは、九十度に腰を曲げて頭を下げた。アタシも一緒に下げる。


「いや、頼もしいナイトがついてるとわかって安心したよ。寒河江旅人です。名前を聞いてもいいかい?」

「長船鎬です。クロちゃんとは幼なじみです~」

「このバカがすいません!」


 剣呑さはなりを潜めて、いつもの間延びしたシノの頭をぐいぐい押すと、シノはニコニコ笑って頭を擦り付けてくる。お前今ふざけてんなよ?

 一方寒河江さんはほんとイイ顔して笑ってて、なんだか場馴れしてるようにも見えた。ほんとこの人どういう人なんだ?


 そうこうしているうちに、呼んでいたタクシーがやっと来て、門の前に停まる。

 運転席からいい歳のおっちゃんが出てきて、「どーも遅くなりまして~」なんて頭を下げて戻り、ぱかっと後部座席のドアが開いた。なんちゅうタイミングじゃ!

 寒河江さんが乗り込む前に、くるりとこちらを振り向いた。


「莉子。マコから聞いたけど、君は美容師志望なんだって?」

「あ、へい!そのつもりです」

「ここで修学するって?」

「そうですけど…」

「じゃぁ、東京に来ないかい?」

「うへぇ?」


 え、『じゃあ』っておかしくない?え?なんで?唐突に日本語不自由なん?なんでそうなるん?!


「オレ、こう見えてスタイリストなんだよ。割と最前線の。地方都市が悪いわけじゃないけど、せっかくマコもオレも一線で働いてるんだから、君もそういう世界を知ったらどうかなって」


 あ行しか言えなくなったアタシが目を白黒させてると、寒河江さんは「考えといて」と笑った。


「また明日寄らせてもらうね。おやすみ、莉子。長船くん」


 タクシーに乗り込んで、走り去る車影をアタシは呆然と見送った。




 * * *


「――クロちゃん、クロちゃん。大丈夫~?」


 ハッと気づくと、眼前でシノがてのひらをひらひらと振ってのぞきこんでいた。うおっ、近いな!?思わずのけぞると、かがめてた腰を伸ばして横に立たれる。


「お、おぉ……?お?」

「あの人ずいぶん面白いこと言ってたね~」

「え、あれ、空耳とかじゃないん?」

「『東京の学校こいよ』って言ってたよ~?」

「うああああ空耳じゃなかった!!」


 思わず頭を抱えてしゃがみこむ。

「で、あの人パパなの?」というシノの質問にこれまでの経緯を簡単に説明すると、納得したようにうなづかれた。シノはうちの事情もママのこともよく知ってるから、下手に隠す必要も繕う必要もない。というか、なんでこいつはこの時間に家にきたんだ?


「クロちゃん携帯不所持でしょ~?何度もラインもメールも電話もしたよ~?」

「あ、ずっと部屋だわ。ゴメン」


 買い出しから戻ったら誰もいなくて、あっくんちに行って事情を教えてもらったらしい。アタシが対応できないと思ってそのまま一旦帰宅。そして今、という。よく見れば着替えてるし、そうだよ、買い出し頼んでた。すっかり忘れてた!


「うわぁ、シノ、ゴメン!なんか、結構テンパってたみたい」

「みたいだね~。まあ、悪くなるようなのは買ってないし、みんな納屋の方に突っこんどいたよ~。あっくんたちが仕分終えてくれてたみたいだから、その隣に置いたからね?あとで確認して~」


 うわうわっ!そうだ、ユイちゃんもいたんだよ!とんだ場面を見せてしまった恥ずかしい!あっくんと智はまだしも、作業も中途半端で、今日の予定はぐちゃぐちゃだ。はぁー……………。


「おつかれだねぇ」


 唸ったりため息ついたり忙しい頭をぽんぽんなでて、アタシの隣にシノもしゃがむ。夜に門前にしゃがむ高校生とか不審しかないけど、アタシらにはいつものことなのでノープロである!


「あーなんか、何度も行き来させて悪い……なんか埋め合わせする……」

「いいよ別に~弱ってるクロちゃんに付け入るほど鬼畜じゃないよ~」


 結構な徒労させてしまったと思うんだけど。こういうところいい奴だよな、シノって。

 マイペース過ぎだし、すぐ下ネタに走るし、変なこと言いだすし、意固地だけど。何も考えてないわけじゃないし、結構穿ったこと言ったりする。

 そう言えば三人の中で一番疑り深いのもシノだ。あっくんは基本的に人が好いし、アタシは疑れるほど聡くない。いじめられてたのもあるけど、一番他人と距離をとりがちで客観的なのはシノだと思う。


「ねぇ、どう思うよ?」

「なにが~?」

「あの人さ、本気だと思う?」

「冗談言うような人なわけ~?」

「どうだろ?冗談はわかる人だとは思うけど」

「クロちゃんはどう思うのよ?」

「アタシは……困る」


 今更、いろいろ決めだしたところで横から口出されても、困る。無視できないから、余計に。

 膝に顔を埋めて唸ると、わしゃわしゃ髪をかみ混ぜられる。


「なんでもいいんだよ~。クロちゃんが選んだことなら、オレは反対なんてしないよ?」

「あんた、アタシの進退をそんなどうでもいいような」

「だって、選ぶのも決めるのも、クロちゃんじゃなきゃ意味ないじゃん」


 ぐぅ正論。返す言葉もない。

 じと目でにらめば嬉しそうに笑みを深められてこいつの反応がマジ解らない。

 かきまぜる手をはずして、目の前に移動される。シノはにこにこ笑いながら、ふくれたアタシの頬をつついた。ぷす、と空気がもれるまぬけな音がする。


「いいんだよ?オレが決めても。でもそれじゃ、クロちゃんは納得できないでしょ?」

「……いえす」

「まだ時間あるじゃん。あの人だってすぐ決めろとか無茶は言わないでしょ?待たしちゃいなよ。真子ママだったら『イイ女は待たせるものよ』とか言うんじゃない?」

「ふは、言いそー……」

「そうそう、笑ってよ」


 シノがつついてた手で膝を抱えるアタシの手を片方とる。微妙にぬくい。いつもならアタシの手の方が熱いのに。


「クロちゃん手ぇ冷たい。緊張すると末端って冷えるんだって」

「まじか」


 シノはあたためるようにアタシの手を両手で包んだ。

 なんか緊張するようなことあったっけ?面倒事は山ほどだけど。

 進学先の変更。寒河江さんの真意。ママの本意。これからの生活。未来へのビジョン。そう言えばシノの問題用紙も。

 バカなりに一生懸命考えて出した答えにケチつける面倒事が、こんなにある。クソが。考えるのって疲れるんだぞ!時間もすっごいかかるし!バカだから!バカだから!


「迷ってるなら、ひとつ、決断方法を授けて進ぜよう~!」


 また唸りだしたアタシに、シノが茶化した声で提案する。珍しい。

 シノもあっくんも、アタシが悩んでも、絶対答えはくれない。アタシが悩む過程を省けない性格だと知ってるから、気が済むまで悩ませて放置がいつもだ。

 なんぞ、と顔をあげれば、ふんわり笑顔の前に人差し指を立てる。


「クロちゃんが、幸せになる選択をして」


 聞いたこともない決断方法に、思わず目を見張る。驚くアタシを置いて、シノは続ける。


「ばあちゃんのことも、真子ママのことも、家のことも、お金のことも、オレたちのこともとりあえず一旦置いといて。クロちゃんが幸せになるには何が必要なのか、考えてみて。絶対これがないとっていうの、思い浮かべてみて」

「うぇ?おま、突然何……」

「ちなみに、オレの幸せに絶対必要なのは、クロちゃん」

「ファッ?!」


 反射的に身を引こうとしたら、つかまれてた手をひかれてバランスを崩しそうになる。とっさに空いた方の手を地面に着くと、前のめりになってシノとの距離が近くなった。


「クロちゃんが幸せなら、オレも幸せなんだよ」


 シノは、とろけるように笑ってた。

 たれ目がさらにたれて細くなって、でも餌を狙うトンビみたいに鋭い目でアタシを見てた。


「クロちゃんの幸せがオレじゃなくてもいいんだ。いつかもどこでも構わない。

 クロちゃんが幸せでいてくれるなら、オレは最低限それで満足できる。……する」


 つかまれた手をなでられる。親指の腹で手のひらをこすられ、思わず握りしめそうになったところにするりと指をからめられる。これ、いわゆる、『コイビトツナギ』って奴じゃね?

 『する』と言ったところでちょっと強く握られた。にぎにぎしたりなであげたり、シノの手は落ち着かない。アタシも落ち着かない。おい……おい!?


「この選択で問題が起きても、絶対オレがなんとかしてあげる。手は離さない。ずっとそばにいる。寂しさとか悩みなんて感じる暇のないくらい、楽しいこと探したげる」


 シノは、冗談なんて言ってない。これ、全部、本気の言葉だ。それくらいわかる。

 だって、幼なじみなんだ。本気出す時の声とか顔とか、全部知ってる。しってた、はず。


「クロちゃんが……リコが好き」


 じゃあ、目の前のこれは誰なんだ?

 こんな真剣に、必死に、アタシを好きだというこの『男』は。


「ごめんね」


 つないだ手にぎゅうと力が加わる。ちょっと痛い。そして冷たい。シノの手がいつの間にかひんやりしてる。


「クロちゃんが恋愛したくないの、知ってる。でも、オレ、クロちゃんと恋愛したい。幼なじみじゃできない、恋人じゃないとできないことしたい。ごめんね、わがままで」


 泣きそうに眉をひそめて、ささやかな声で言う内容じゃない。ギャップがひどい。頭がくらくらする。

 シノはつないでない方の手を後ろに回して、普段使いのボディバッグの中からごそごそ何か取り出す。

 四つに折られたそれは、例の婚姻届で。


「これね、冗談でもなんでもないよ。でも、冗談にしたいなら、それでもいい。クロちゃんにあずける。オレの気持ちは多分変わんない」


「好き」もう一回ささやくように言って、地面に着いたアタシの手をとって、手の中に握らせる。乾いた紙がかさりとないた。

 両手をとられたアタシはのけぞって、、シノを見上げるしかない。


「少なくともここに一人、クロちゃんの問題でもなんでも、全部まるっと引き受けたがる男がいること、覚えておいて」


 色をのせた目が伏せられて、くちびるが掌に吸い付く。濡れた感触に体がはねた。

 アタシの反応にシノはくすりと笑う。



 吐息がてのひらに触れて、さらに熱があがった。






 * * *


 さて、時間は少しさかのぼる。


 夕暮れ、犬養家ダイニング。

 母親が布川を夕食に誘ったので、出先から帰宅した父親も含めて早めの夕食となった。我が家は割と夕飯が早い。


 急に家族の食卓に招くとか……布川に気を遣わせてしまったかもしれない。自分の気の利かなさに嫌になる。

 でも布川はにこやかに母親と台所に立って、いろいろ手伝ってくれている。布川のこういうサッと立ち回れるところ、すごいと思う。


 母親と彼女が仲良く台所に立つ様子を、ダイニングテーブルについてなんとなくジーンとして見ていたら、はす向かいに座っていた父親にニコニコ眺められてた。………………うわっ?!いつの間に?!

 きっと真っ赤だろう俺に、父は朗らかなままうんうん頷いて見せる。

 ……多分、父さんも通って来た道なんだろうな。俺は黙って父にビールを注いだ。




 食卓の話題はたくさんあったけど、一番旬なのはやはり、隣家の娘が帰ったことだった。

 換気に細く開いた窓から、ときおり聞こえてくる大声。うわー……。

 なんとなく向こうの様子の分かる面子(両親と俺)が乾いた笑いとため息を漏らす。


「あー……真子ちゃん、変わんないなぁ……」

「いい加減落ち着きなさいって言いたいわ、私は」

「無理無理。三つ子の魂百までって言うだろう?あの崖までノーブレーキで突っ走る所は一生変わんないよ」

「みつ……?」

「小さいころの性格は年とっても変わんないこと。覚えとけよ智」

「あの、大丈夫なんでしょうか?」


 布川の不安げな表情に、俺たちはそろって笑う。そうか、布川はクロの心配もあって残ってくれたのか。

 布川の優しさにほっこりした気もちになってたら、代表して父が説明した。


「真子ちゃん……莉子ちゃんのお母さんが帰ってくると、いつもこうだから、心配いらないよ。あの人たちなりのコミュニケーションだからね」

「わかんないと怖いわよね。ごめんなさいね、いつまでも落ち着きのない人で」

「クロも慣れたもんだし、後引かないケンカだから、平気だよ。家具は犠牲になってるかもしれないけど」

「大丈夫ならいいんですけど……真子さんですか?聞いてはいましたけど、莉子ちゃんそっくりなんですね」

「そうね、顔だけは。性格は違うわよ?莉子ちゃんからツッコミを抜いて、暴走癖を悪化させて女豹属性足したのが真子。家事ができる分、莉子ちゃんの方がお淑やかね」


 真子さんとは年の離れた幼なじみである父さんは困った風に眉を下げ、真子さんと高校三年間同級生だった母さんは、呆れた声で分析した。


 クロがお淑やかとか、真子さんどんだけだ……。




 まだ遅くないので駅まででいい、という布川を送りぶらぶら帰宅すると、家の前にうずくまって固まるクロがいた。街灯に照らされた金髪は目立つ。一瞬金色の毛玉に見えた。


 しょうがねーなーと近づいて声をかけると、バネ仕掛けのオモチャみたいに、面白いほど体が弾む。

 恐る恐る顔をあげたクロは、両手で例の爆弾用紙を持っていた。しわになるけどいいのか?

 とりあえず立たせて、腕やひざについた砂をはらう。クロはされるがままで、体は硬直していた。

 ただ事じゃない様子に、話くらいは聞いてやるかとツッコミを抑えて、口を開くのを待つ。


 それで、何回か口をはくはく開け閉めして、叫ぶようにたずねることには。


「――――――ねぇあっくん!シノって、アタシのこと本気で好きなの???!!!」


 茹だってるんじゃないかというほど顔を真っ赤にして、そんなことを言うものだから。


「……………多分、それに気付いてなかったのは、クロだけだ……」

「ワッツッ!?」



 なぁ、シノ。俺は、お前の想いが通じたことを、喜んでもいいのか?





(パパの回想と独白です。ママとの出会いです。割とどうしようもない人たち。)

 * * *


 久々の日本だと思ったら、とんだことになってしまった。


 彼女の実家からホテルに向かうタクシーの中で、帰国してからの慌ただしさを振り返る。本当にどうして、こうなった?




 新宿のホテルで、懐かしい顔を見た。

 ロビーのシャンデリアに負けない輝きを放つ黒髪に、覚えがあった。顔を見れば、やっぱり彼女で。

 名前を呼べば、彼女もオレがわかったみたいで、ぱっと表情をほころばせる。お互いしばらく会っていなかったのに、よくわかったものだ。


『やだ!久しぶり!』

『君、まったく変わってないな!』

『あなたはまた背が伸びた?それに、ますますセクシーになったわ』


 ハグしながらにんまり微笑む彼女は、相変わらず子猫みたいな容姿のくせに変に艶めいていて、一気に気持ちが若やぐ。


『そうだわ、時間はある?』

『今回は休暇だから、たっぷりあるよ。なんだい?』

『あなたの娘を見せてあげるわ!』


 楽しそうに目を細めて言う彼女。オレは「ん?」と首をかしげる。


『“オレの”娘?“君の娘”じゃないのか?』

『いいえ、あなたの娘よ。今十八。覚えはあるでしょ?』


 覚えは、ある。というか、心当たりがありまくり過ぎる。


『でも君、アーロンと結婚してただろ!?』

『出産してからね。そう言えばあいつ元気してる?最近会った?』

『三人目の妻の尻に敷かれて幸せそうだったよ!じゃなくてさ!』

『だって、妊娠わかった時、あなたいなかったじゃない』


 若干焦って言い募れば、あっけらかんと返されて、「そういう問題じゃない」といよいよオレは頭を抱えた。マジかよ神様。


『機会はたくさんあっただろう!?言えばよかったじゃないさ!なんで今なんだよ?!』

『何よ、会いたくないなら、いいのよ?』

『会いたいよ!』


 ここで断ったら、彼女は『じゃ、いいわ』とか言って、するっとなかったことにするんだろう。ここで逃してはならない。

 過去の自分の不用意さと能天気さを呪いたい。久々の休暇は、荒れる予感がした。



 彼女とは、ニューヨークのクラブで出会った。


 日本に腰を落ち着けて学業に励んでいたオレと兄弟だけど、養父の仕事に連れまわされることもままあって、その時は何度目かのニューヨークだった。

 一人歩きの好きなオレは、面白そうな場所なら結構どこでも顔を出すので、顔見知りはすぐできる。

 そのクラブに行ったのも、養父のスタッフの一人のスタイリストが連れて行ってくれたのだったか。


 そこで彼女は、小さな女王様だった。


 周囲に比べて、明らかに小柄な体躯。

 背を覆うまっすぐなぬばたまの黒髪。

 釣り目がちな目に嵌ったブラックオニキス。

 大人であると象徴するボディライン。

 幼い容姿に不釣り合いな、真っ赤に塗られた小さなくちびるをつりあげ、にんまり笑う。


 養父のスタッフが言う。彼女もスタイリストだと。若くて粗削りだが、ガッツがある、センスもなかなかいい。彼女はすぐ上に伸びていくだろう。

 辛口の評価ばかり言う人だから驚いた。彼女のまっすぐな黒髪が印象に残った。


 人の中心にいた彼女と話せたのは、何度目かの邂逅だった。

 クラブの隅で飲むオレに話しかけてきた彼女は、すでにしたたかに酔っていて、ひどく陽気だった。そこで初めて自己紹介しあう。


『マコ』

『タビト』


 オレたちはすぐに仲良くなった。

 女に振り回されることの多かったオレにとって、彼女の気性は慣れたものだった。

 人種は違えど同じ日本人。共通の話題も多かった。俺がニューヨークにいる間、自由な時間に彼女を捜すようになったのは早かった。


 日本のことを日本語で話すうち、彼女は郷愁に駆られたようで、陽気さが嘘のように湿っぽくなったことがあった。

 遠い異国でそれなりの評価をもらう彼女は、突っ張っていたのかもしれない。

 確かにときどき、遠い目で一人立っていた。厳しさと弱さを湛えて。

 湿っぽさは悪酔いを招き、焦ったオレは前後不覚になった彼女をステイ先に連れ帰る。あとはもう勢いと流れ。正直がっついていた。


 彼女は憧れだった。


 自分の知る日本の女性は、くすぶる熾火のような強さと激しさの人ばかりで、彼女のように吹き出すマグマのような苛烈な人は周りにいなかった。目を引かずにいられない。目が離せない。

 一晩過ごしたそのあとすぐにその地を離れることになり、彼女との仲は進展することなく、友人のままその機会は終わり。

 数か月後訪れた彼の地で、自分じゃない男に寄り添う大きなおなかの彼女と再会し、悟った。


 彼女が好きだった。


 もしかしたらほんとの意味で初恋だった。


 前向きで、エネルギッシュで、貪欲で、ときどき寂しい彼女が好きだった。


 気づいた時にはもう手遅れで、気のいい友人というポジションしか残されてなかったけど。




 何も今回が初めての再会じゃない。ニューヨークの夫婦の部屋を訪ねたこともあったし、日本で飲むこともあった。そう言えばあの時、赤ん坊の娘に会ってたんだよな。返す返すも悔しい。子どもは好きなので、幼児教育に関われなかったのがマジで悔しい。

 それにしても、何度も告白の機会はあったはずなのに、なんでまた今なのか。

 愚痴ともつかないおれのセリフに、行きの電車の中で彼女は、くちびると尖らせ恨みがましそうににらみあげてくれた。


『あたしだってビックリしたのよ?あなたは妊娠わかったらいなくなるし、二十歳は越えてるだろうと思ったのに、あなたあの時未成年だったでしょ?八つも下じゃんヤベー!ってなるじゃない。妊娠中に優しくされたアーロンにほだされたのもしょうがなくない?』


 それに、と続ける。


『あの子……莉子、美容師になりたいんですって。あたしたちの、後を追いたいって。それ聞いたらね』


 胸が熱くなった。

 オレと彼女が腕を揮う世界に、娘もまた立ち向かおうとしている。なんという連鎖だろう。



 娘の莉子は、彼女にそっくりで、でもオレにも似てた。それだけで愛しさが湧くんだから、オレもチョロイ。

 そして、寒河江の家系の女性が惹きつけやすいタチの男が、すでにそばにいた。そっちと血縁はないはずなのに、ここまでくるとなんだか呪いっぽい。




 タクシーがホテルに着き、ロビーに入る。


「人生何が起こるか、わっかんねーよなー……」


 塞翁が馬、っていうんだっけ、こういうの。

 あの愉快な少年と娘はどうなっていくのだろうかと、少し意地悪い気持ちで笑った。





 * * *


参考までに全員の身長など。高い順に。


シノ:186センチ(成長中)

あっくん:172センチ(多分もう打ち止め)

布川:156センチ

クロ:142センチ


寒河江さん≒シノ。

真子ママ≒布川。


こんな感じで想定してます。

けして低くないのにシノのせいでチビにみられるあっくん。


『尻に敷かれる』は物理です。


シノの本気をやっとクロが理解しました。



2015.12.18 改稿。



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