小話『長い名前は舌を噛む』
補足小話です。
サキが王宮に戻って来てすぐの頃のお話。
「セルネイさん、一つ聞いていいですか?」
庭に設置されている長椅子に腰かけ休憩していたサキは、隣に座るセルネイにずっと気になっていた事を聞いてみた。
「この国の人って、みんな名前長いですよね? これってこの国だけですか? それともこの世界全体がそうだったりするんでしょうか?」
この世界に来てから、会う人みんな名前が長い。それが名前であるから仕方ないのだが、呼ぶときは何回かに一度は舌を噛んでしまう。
正直、もっと短い名前にしてくれと心の内で嘆いている今日この頃だ。
「長いかな? 普通だと思うけど」
「……長いですよ。セルネイさんだって本名はセルネレイトさんでしょう? ジークフリードさんの奥さんだって最初はイレーヌって名前だと思ってたのに、本名はリーファイレーヌさんだったし。ユイさんだけですよ、名前が短いのって」
出会った人たちの中で、一番呼びやすいユイの名前が一番呼ぶ機会が少ないというのは仕方のないことだった。ユイとはほとんど会う機会がないのだから。
「サキはユイの本名知らないの? ユイの本名はユイファンリールって言うんだよ」
ここにきてまさかのイレギュラー到来にサキは力なく項垂れた。
まさかユイまでもがそんな長い名前を持っていたとは知らなかった。この世界には五文字以上の名前をつけないといけない決まりでもあるのだろうか。
「この世界の人は大体これくらいの長さの名前だよ。名前を呼ぶ時は前か後ろを取って略称で呼び合うのが普通かな」
セルネイがレオンハルトの事を『ハルト』と呼ぶように、略称で呼び合うのが一般的らしい。
しかしながら、略称で呼ぶためにはそれなりの信頼関係がいるのではないかとサキは考えた。
やはり人の名前はフルネームで呼ばないといけないのかと思うと、サキは諦めたように小さく溜息をついた。
「サキも略称で呼べばいいのに。僕やユイはもうそうやって呼んでる訳だし」
「それは最初からそう言う風に名乗られたからですし、他の人たちの名前だってそう簡単呼び方を変えられないというか……。だって出会ってまだそんなに経ってないんですよ? それなのにいきなり略称で呼ぶのは、馴れ馴れし過ぎるんじゃないかと思って……」
「そんなこと誰も気にしないと思うけどな。特にハルトは泣いて喜ぶと思うよ」
それはないだろうと突っ込みながらも全否定できない自分がいる。
泣きはしないだろうが、確実に喜びそうだ。
「……まあ、そのうち呼んでみます」
とは言うものの、サキが皆を略称で呼ぶ日が来るのは、そう遠くはない。




