第9話 【人間界のリーゼ】新たなる同盟〜目的が一致したので、月の貴公子を仲間にします
「僕と手を携えて、ローレンツを打倒しませんか」
月の貴公子、ヴァルデマールは、世間話でもするように重大な内容をサラッと言った。
(ええーっ!? ローレンツ打倒!? それは渡りに船だけど……)
リーゼは、大いに驚き喜びもしたが、すぐに遠慮なくヴァルデマールを見回した。
(……こんなモヤシ王子、役に立つのかしら?)
マッチョな体型が多い人間界で、ヴァルデマールは実に貧弱な身体をしている。
(……というより、病弱……?)
「殿下の全身には、毒が回っている」
リーゼの心の声が聞こえたわけではないだろうが、アルノルトが痛ましそうに言った。
「王家の後継争いに巻き込まれて、毒を盛られたのだ」
「毒……」
(人間、って、陰険なのね。おとぎ話同様に)
魔族のおとぎ話といえば、人間は大抵、性悪でずる賢い悪役と相場は決まっている。
「それ故、離宮に引きこもって王家の争いから距離を置き、養生に努めておられる」
「アルノルトがすべて面倒を見てくれた。感謝してもし切れないよ」
「亡き王妃陛下に託されましたので」
「ちょっと待って」
話の展開が早過ぎて理解が追いつかない。
「お父さ…親父は、ただの庭師だろ。どうして王妃なんて偉い方に王子を託されるんだ?」
「……アルノルト。実の娘に話していないの?」
ヴァルデマールが咎めるように尋ねた。
「娘には、折を見て話そうとは思っておりました。されど、シャテンアドラーの主力になってしまって、話すに話せずにいたのです」
「そうなの? 僕はてっきり、事情を打ち明けた上で、敵側に潜り込ませていたのだとばかり思っていた」
「申し訳ございません。娘が頭角を現すのが想定外に早く――」
「ちょっと待ってと言ってるでしょう!?」
業を煮やしたリーゼが、ブチ切れた。
「私にもわかるように順序立てて説明しなさいよっ! 二人だけでわかったような会話をして私を置いてきぼりにするなんて! 本当、憎らしいわねっ!」
リーゼの啖呵に、アルノルトとヴァルデマールは一瞬、ぽかんと口を開けた。が、すぐにヴァルデマールがお腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ! これは、いい! 傑作だ!」
「で、殿下が…笑っておられる……」
アルノルトは、今度はヴァルデマールを唖然と見守った。
「……いや、すまない。リーゼの鼻っ柱の強さに、つい可笑しくなってしまった」
「――なにも涙まで流すことないでしょうに」
リーゼは、美し過ぎる貴公子を、うろんそうに眺めた。
「失敬、失敬。リーゼ嬢は、口調は深窓のご令嬢だけど、実に猛々しい性格をしているのだね。さすがは、シャテンアドラー最強チーム、シュナーベルのトップエースなだけはある」
「……それ、少しも褒めていませんからね」
頬を膨らませるリーゼには構わず、ヴァルデマールは、にこっと微笑んだ。まるで月が微笑んだのかと思うほど、それは眩しい笑顔だった。
「――では、リーゼ嬢のご要望にお応えして、順序よく話そう」
ヴァルデマールは、様子を改めると、淡々と話し出した。
現国王エックハルトの王妃アンゼルマは、ヴァルデマールの実母であること。
アルノルトは、本当の名をアルバン・シューマッハといい、かつて近衛騎士団の団長をしていたこと。
アルノルトは、国王、王妃と日常的に近侍する立ち場であったこと。
アンゼルマは、10年前、何者かに毒殺されたこと。
巻き添えとなったヴァルデマールは一命を取り留めたが、体調を崩し伏せることが多くなったこと。
近侍していたアルノルトに、死の間際アンゼルマがヴァルデマールを託したこと。
アルノルトは、アンゼルマ毒殺の真相を探っていたが、冤罪を着せられ処刑されそうになったこと。
アルノルトは、処刑間際、血路を開き、まだ小さかったリーゼを連れて逃げおおせたこと。
アルノルトは、名前を変え、王宮庭師として潜伏したこと。
アルノルトは、療養と称してヴァルデマールを離宮に避難させ、薬草を調合してくれていること。
これがヴァルデマールが語った衝撃の内容であった。
(ちょっと、ちょっと! なんなの、この盛り沢山な新情報は!?)
リーゼは、目まぐるしく頭を回転させた。
(アルノルトが元近衛騎士団長だというのは納得だけど…そうすると、ヴァルデマールがローレンツを仇だと思うのは――)
「僕は、母上を毒殺したのは、ローレンツだと思っている。証拠はないけどね」
(やっぱり……)
「シャテンアドラーには、毒殺が得意なチームがある。それこそ、きみが最もよく知っていると思うけど」
「えっ……」
(私が知るわけないでしょ!? ま、まずいわ。答えを求められたらどうしよう……)
しかし内心の危惧は現実にならなかった。当然リーゼは知っているものと思い込んで、話が進んだからだ。
「リーゼ嬢も、ローレンツには恨みがあるはずだよね? アストリット公爵令嬢暗殺未遂の濡れ衣を着せられたのだから」
「……無論です、殿下。殺しても飽き足らぬ奴です」
ここは、慎重に肯定しておく。リーゼがローレンツを恨んでいるのは、間違いないからだ。
「ローレンツときみとの間を疑って、暗殺未遂をでっち上げたのは、アストリット嬢本人だ。その裏で糸を引いていたのは、十中八九、ローレンツだろうけど」
「……」
「なにしろ、アストリット嬢のお父上は、かのメルヒオール・フォン・クラプロット公爵だ。次期国王の椅子を狙ってメルヒオールとローレンツが手を組んでも、少しもおかしくない」
まったく知らない情報だ。下手に喋って墓穴を掘ってはならぬと、口を真一文字に引き結んだ。
ヴァルデマールは、それを、リーゼは憎しみのあまり唇を噛んだ、と、勘違いした。
「そうだよね、憎んで当然だ。僕も憎んでも飽き足らぬ。母上の仇を取りたい。僕たちの目的は一致しているはずだ。その目的のために、力を貸してくれないか」
浅葱色の瞳がギラッと光った。
「私に否やはありません、殿下。むしろ、こちらからお願いいたします。力を合わせて、私たちを嵌めた連中に極上の絶望をプレゼントしてやりましょう!」




