第10話 【魔界のミラ】主従の和解〜行儀作法を知らないので、お姫さま教育を受けます
「――ん? ここは……」
気がついたようだ。ミラは、ベッドに横たわるシェリアックを心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「きさまは! ……いててっ」
ガバっと起きようとして、シェリアックは頭を押さえた。
「無理すんな。あたしに殴られて脳震盪を起こしたんだ。手加減したつもりだったんだけど…ごめんな」
「……私は、一発で気絶させられてしまったのか」
「だから言ったろ。お前では、あたしに勝てないと」
「とんでもない強さだな。私の無詠唱魔法より早く動けるとは」
「あたしにとっちゃ、この世界の魔法は、欠伸が出るほどトロいよ」
「……なぜ殺さなかった?」
「それも言ったろ? お前の助力が必要なんだ」
「本当に目的は復讐なのか?」
「そのために地獄から蘇ってきた」
「……」
シェリアックは、じっと視線を注いできた。ミラは、静かに受け止める。
「――協力することに否やはない」
やがて、シェリアックは口を開いた。
「お嬢さまの無念を晴らしたいのは、私も同じだ。でも、なぜお前なんだ?」
「どういう意味だ?」
「お前は、断じてミラお嬢さまではない。これは確信を持っていえる。そのお前が、なぜお嬢さまの仇を取ろうとするのだ? お前は、お嬢さまの何なのだ?」
(……う〜ん。バラしてもいいかな? あいつにはきつく口止めされてるけど)
束の間逡巡したが、どのみち考えることはあまり得意ではない。直感に従うことにした。シェリアックは、信用できる。
「実は……」
ミラは、これまでの経緯を明かした。
驚いたり不信な様子を見せたりすると思ったが、シェリアックは、淡々と話を聞いていた。
語りが終わったあとも、シェリアックはしばらく黙したままだった。
ミラも、静かに待った。
シェリアックは、一度目を閉じた。再び開けたとき、黒い瞳は澄み渡っていた。
「――では、お嬢さまは人間界で健在なのだな」
「そうだよ。あっちであたしの代わりに復讐しようとしてくれている」
「『双界の黒薔薇同盟』か。お嬢さまらしいネーミングだな」
「おい! それ、あたしが名付けたんだ」
「おや、そうなのか? ……なるほど。二人は気が合うらしい」
シェリアックは、ゆっくりと身を起こした。
「リーゼ・アメルハウザーといったか。それでは、お前に協力しよう」
「ほんとか!?」
「ただし! 魂を元の身体に戻す方法を見つけることが条件だ」
「それは、あたしたちも望むところだよ」
「よし。では、『同盟』成立だな」
シェリアックは、手を伸ばした。ミラは力強く握り返した。
「これからは、ミラお嬢さまに仕えるつもりでお前に接するから、そう承知していてくれ」
「わかった」
シェリアックは、ニタッと口角を上げた。まさに魔族らしい悪魔的な笑みだった。
「そうと決まれば、早速あなたをしつけなければなりません」
「は? なんだよ、しつける、って」
「それそれ! その下品な言葉遣いですよ。ミラお嬢さまは、れっきとした貴族のお姫さまです。そんな言葉遣いをしていたら、私でなくても不審に思われます」
「えっ……!? あいつみたいな喋り方をしろっていうのか?」
「当たり前です。決して入れ替わったことを敵に悟られてはなりません。ビシビシ鍛えますからね」
「ええーっ! やだなあ」
「やだなあ、ではありません。『いやですわ』です」
「……背筋が寒いんだが」
「『背筋が寒いわ』です!」
「いちいち、うるせえよ!」
「『いちいち、うるさいわね』です!」
「……やっぱり、さっき殴り殺しておけば良かった」
「何か仰いましたか?」
「いえ、別に。何も言ってないわ」
「お! その調子です、ミラお嬢さま」
ミラは、思い切り嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。
心底楽しそうなシェリアックの笑い声が館中に響いた。
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「今後の行動方針を決めなければなりません」
二人は、リビングのテーブルを囲んで午後ティーを楽しんでいた。
「王宮に乗り込んで王太子を殴りゃいいだろ」
シェリアックがジロッと睨んだ。慌てて言い直す。
「――殴ればいいわ」
「それではただの暴力です。民衆の支持は得られません」
「民衆!? なんで民衆が出てくんだ…出てくるのよ?」
「魔王さま呪詛の大罪を負わされたのですよ? 同じ敵を葬るにしても、証拠を揃え、冤罪を晴らし、社会的な名誉を回復した上ででなければ、意味がありません」
「ふ〜ん。で、具体的にはどうしろと言うの?」
「まずは、魔王さまを呪詛したという決定的証拠、お嬢さまの刻印入り魔導具の謎を解明しなくてはなりません」
「魔導具……?」
「お嬢さまは、優秀な魔導具製作者なのですよ。このアストロ・チャートだって、原型はお嬢さまが開発したものなのです」
「へえーっ! それはびっくりだわ」
ミラは、まじまじと片眼鏡を眺めた。
「そのお嬢さまが造った魔導具が、こともあろうに魔王さまの玉座に仕掛けられていたのです」
「それのどこが呪詛になるの?」
「魔導具には、膨大な魔力が充填されていました。玉座の霊脈と連動するようになっていて、魔王さまが魔法を使用すると、魔力が過剰増幅されてオーバーヒートを起こし、肉体ごと消滅してしまうのです。それほどの魔力量を充填できるのは、魔界広しといえどお嬢さまのほか魔王さまと――」
「――待て待て。全然わからん」
ミラは、こめかみを指で抑えた。
「小難しい説明するなよ。頭が痛くなってくる」
「嘆かわしい! あなたのお頭は空っぽなのですか?」
「うるせえ! 頭を使うのが苦手なだけだ!」
「……お嬢さま。言葉遣いが乱れていますよ」
「ごめんなさい。私としたことが…おほほほっ」
シェリアックは、軽くため息をついた。
「――とにかく、証拠とされた魔導具を、どうにかして回収したい」
「今さら回収してどうするの?」
「検証したいのです。本当にお嬢さまの魔導具なのか。どうやってお嬢さまの魔力を充填したのか」
「ふ〜ん……。とすると、やっぱり王宮に一度乗り込むしかないわね」
「そうですね……。かなり危険を伴いますが」
「その前に、腹ごしらえしましょうよ」
「はあ……」
「なによ。身体を使うと、腹が減るのよ」
「腹、ではなく、お腹です」
シェリアックは苦笑いを浮かべた。
しかし、このやんちゃな姫君に注ぐ視線は温かった。
「――わかりました。では、前祝いのディナーパーティーと参りましょうか」




