第8話 【人間界のリーゼ】月の貴公子〜イケメンと出会ったので、目の保養にします
馬は、風を切って疾駆していた。
「わあっ! 人間界には、こんな生き物がいるんだ!」
リーゼは、はしゃいだ声を上げた。
「しゃべってると舌を噛むぞ!」
馬を御すアルノルトが怒鳴った。
「ごめんなさぁ〜い!」
同じ風を切るのでも、空を翔ぶのとは、感覚が違う。
周りの景色が猛スピードで移り変わる。まさに地についた疾走感がたまらなく楽しい。
それなのに、アルノルトは、馬を急停止させた。馬がブルルッといなないた。
「……なんで止まるんだよ、親父?」
リーゼは、不満げに振り返った。アルノルトは、視線を素早く周囲に向けた。
「――いる」
「……何が?」
「わからないか。アウゲだ」
「……」
(また未確認情報ワードね。何かしら、アウゲ、って)
「出てこい! いるのはわかっているんだ!」
アルノルトは怒鳴りつけた。すると。
「――気配を察したか」
ふわりと目の前に男が舞い降りた。
「きさま、ただの庭師ではないな?」
小柄な男だった。陰険な目はアルノルトではなく、リーゼに向けられている。
(なんなの、あのいやらしい目つきは)
リーゼの背中を悪寒が走った。
「アウゲだな? ずっと見張られているのはわかっていた」
「くくくっ。大罪人リーゼ・アメルハウザーの父親だ。マークして当然だろう」
「お前のような三下を監視につけるくらいだ。ローレンツは、大して俺のことは重視していないに違いない」
「……」
三下と言われて、男の顔色が変わった。
「リーゼを埋葬していたフェーダーの小隊が全滅した。リーゼの遺体もなかった。だからローレンツさまは、きさまの監視を俺に命じたのだ。重要な任務を任されている」
「そうやって機密情報をベラベラ喋るところが三下だと言うのだ」
「……!」
男は殺気を発した。リーゼでもわかるアルノルトの挑発に、あっさり乗った。
「俺をバカにしたことを後悔させてやる!」
男の頬が膨らんだ。次の瞬間、何かが口から放たれた。
それは毒針だった。アルノルトの眉間に寸分違わず突き立つ!
が、寸前でアルノルトの姿が消えていた。
「なにっ……!?」
男は、驚愕の表情を浮かべた。そのときには、アルノルトが男の顔に剣を振り下ろしていた。
即死だった。顔面を割られ、派手に血を吹き出しながら、その場に崩折れた。
(へえーっ。確かに、ただの庭師ではなさそうね)
転移魔法ほどではないにしても、針の飛ぶスピードを上回る身体能力の持ち主ということだ。
「……ほかにもアウゲがいるかもしれない。急ごう」
アルノルトは、ヒラリと馬に跨り、疾駆を始めた。
(……フェーダーというのは、墓場にいた人影たちのことね。アウゲは、諜報団のようなものかしら。それに、アルノルトの身のこなし……)
リーゼは、風を全身に感じながら、新しい情報にあれこれ思いを巡らせた。
(こうして地上を疾駆するのも悪くないわね。魔界では空を翔ぶのが当たり前だけど…って、私、今は人間だったわ)
背中を覆うアルノルトは、とても温かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ここだ」
アルノルトが馬を停めたのは、森に囲まれた一軒家だった。
古いが、こじんまりとした瀟洒な館だった。
(あら、素敵な建物ね)
「お前を連れてくるのは初めてだったな」
アルノルトは、館を見上げて言った。
「ここは、王家の離宮だ」
「離宮……」
「ただいま戻りました」
アルノルトは、声をかけながら中へと足を踏み入れた。
(誰かいるのね…王家の関係者……?)
リーゼも、そろりとアルノルトの後に続く。
「――お帰り、アルノルト」
奥から、か細い声が聞こえた。
声に導かれるように、リビングらしき部屋へと入った。
彼がいた。
(――!? 月の貴公子!?)
思わず口に出しそうになった。
月白の髪は、月の恩寵を受けてキラキラと光り輝いていた。
それだけでも人間離れしているのに、空色の瞳は神秘的に煌めいて、神々しいとさえ言えた。
口元に淡い微笑みを浮かべ、細い身体をロッキングチェアに横たえているさまは、稀代の芸術家最高傑作の造形のようであった。
(――綺麗……)
「……何をぼうっとしている、リーゼ?」
「えっ……!? あっ…いや、何でもないよ」
アルノルトの不思議そうな視線から、慌てて目を逸らした。
「紹介しよう」
そんなリーゼをジロジロと見やりながら、アルノルトは言った。
「この方は、第五王子のヴァルデマール殿下だ」
「第五王子!? ということは、ローレンツの弟!?」
リーゼは、息を呑んだ。仇の弟がなぜここにいるのだ?
「……あなたがリーゼですね?」
ヴァルデマールは、静かに口を開いた。見た目どおりの涼やかな声音であった。
「僕と手を携えて、ローレンツを打倒しませんか」




