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第7話 【魔界のミラ】禍福は糾える鎖?のごとし②〜執事と会えたので、タイマンします

夢を見た。


遠い幼いころの記憶。


「来るなっ! 僕と関われば、巻き添えを食うぞ!」


庭園に逃げ込んできた少年は、強く拒絶した。


構わず助け起こした。


「なんで……?」


「だって、悲しそうな顔をしていたから」


「――!」


「やっぱりケガをしているじゃない」


少年の腕をとった。ざっくりと走る切り傷から、血が流れ出ていた。


「……刺客に襲われたんだ」


少年は、煉瓦色の瞳を伏せた。


「薬を取ってくる。薬草で作ったの。とても良く効くわ」


「なんで親切にするんだ? 僕が王子だからか? 下心があるんだろう?」


「あなたのことは、全然知らない」


「だったら、なんで……」


「さっきも言ったでしょう? 悲しそうな顔をして助けを求めていたからよ」


「……」


「少し待ってて。すぐ戻ってくるから」


「……僕は、ローレンツ。第二王子のローレンツだ」


「あたしは、リーゼ。庭師の娘、リーゼ――」


「――さまっ、ミラお嬢さまっ!」


ハッと目が覚めた。


起き上がろうとして、コロリと転がった。


「ミラお嬢さまっ、気づかれましたか!?」


気配を察したらしく、また声が響いた。聞き覚えのない男の声だった。


ミラは、慎重に周りを見回した。


独房だとすぐにわかった。地下牢らしい。三方は壁で、正面には鉄格子。小さな扉には鍵がかかって…いない!?


「お嬢さま、よくぞご無事で……。屋根から落ちてきたときは、心底驚きましたよ。まさか生きてお会いできるとは思っておりませんでした」


どこから聞こえてくるのかと思ったら、壁からだった。隣の独房に声の主が囚われているらしい。


「……お前は、誰だ?」


「はっ!? 声でおわかりにならない? これは心外な」


声に怒気が含まれた。


「長年ヴェラティ家に仕える忠実なるしもべ、このシェリアック・コルヴァスをお忘れになるとは、なんと嘆かわしい」


芝居がかった台詞だったが、そんなことより、あ(・)る(・)言(・)葉(・)に驚愕した。


「あんた、シェリアックなのか!?」


「……」


(まさか、こんなところで目当ての人と会えるなんて……)


「……超ラッキー!」


「……頭を強く打たれておいでだった。おかしな言動は、そのせいかもしれませんね」


「そんなことよりシェリアック。なんでこんなところに囚われてるんだ? ここは、ヴェラティ家の城だろう?」


「お嬢さまのせいに決まっているではないですか!」


憤慨した声がこだました。


「あの大公が、魔王さまを呪詛した大罪人の一族郎党を野放しにするとお思いか?」


「違うっ! ミラは呪詛などしていない!」


言ってハッとした。慌てて言い直す。


「……あたしは、魔王を呪詛していない」


「……冤罪だと?」


「当たり前だろ。ハダルにハメられたんだ」


「なるほど……」


思案するような様子が伝わってきた。


「あたしの言うことが信じられないのか?」


「いえ! そんなことだろうと思っていました」


「復讐したい。あたしをハメた連中をぶん殴…じゃなかった、極上の絶望をプレゼントしたいんだ」


「おや。お嬢さまらしい台詞になってきましたね」


「手伝ってほしい、シェリアック」


「無論です。私に否やはありませんよ」


「よしっ! そうと決まればこんなところ、すぐにおさらばだ」


「星籠竜鎖は、魔力では外せません。ご存じでしょうが」


「魔力ならな」


ミラは腕に力を込めた。


「ふんっ!」


バチンっ! と弾ける音とともに、鎖は引きちぎれた。


「なっ!?」


シェリアックは、驚きのあまり息を呑んだようだ。


「星籠竜鎖を、腕力で!? そんなバカな――」


「ん? なんだ、お前? まるで見ているようだな」


「……どうやらお嬢さまのお頭(つむ)は、相当重症のようですね。それもおわかりにならないとは」


「言ってろ。……この鉄格子、なんで鍵がかかってないんだ?」


「魔錠だからですよ。魔法では解除できません。もっとも、星籠竜鎖に捕らわれると、魔法自体、放てなくなりますが――」


ガシャンっ!


派手な破壊音がして、鉄格子が吹き飛んだ。


ミラが蹴りをおみまいしたのだ。


「……出られたぜ、シェリアック」


「なんと、まあ……。いったい、いつから暴力で解決するようになったのです?」


「四の五の言うな。お前もすぐに助け出して――!?」


隣の独房を覗いて、今度はミラのほうが息を呑んだ。


巨大な『眼』が宙に浮いていた。人の頭ほどはある。


黒い瞳が、じっとミラを捉えていた。


「――な、なんだ、これ!?」


「……やはり、ここを出たら、お医者さまに診ていただきましょう」


「うるせえ! 人を病人扱いすんな!」


ミラは、鉄格子を力任せに外した。不気味そうに視線をやりながら、『眼』を横切った。その動きに合わせて『眼』も動く。


シェリアックを拘束していた鎖を引きちぎる。


「――やれやれ。助かりました」


むくりと起き上がった。巨大な『眼』が吸い込まれるようにシェリアックの顔に収まった。


「では、脱出しますか」


シェリアックは、アストロ・チャートをその『眼』にかけた。


「あっ! あたしの眼鏡!」


ミラは、慌てて元いた独房に戻った。


アストロ・チャートは、無造作に床に転がっていた。


「あった、あった」


レンズはおろか、どこにも傷一つついていなかった。


「へえ。さすが高級品、無駄に頑丈なんだな」


「それはそうです」


いつの間にか、真後ろにシェリアックが立っていた。


「漆魔鋼でできていますからね。無論、お嬢さまはご存じでしょうけど」


「……」


どう答えようか逡巡した、そのとき。


「――今の騒がしい音はなんだ!?」


「地下牢から聞こえたぞ!」


「まさか、囚人のしわざか!?」


城の兵だろうか、狼狽える様子が伝わってきた。


「……しょうがねえ。殴り倒してくるか」


「いや、お嬢さま。転移魔法で脱出しましょう。せっかく魔法が使えるようになったのですから」


「えっ!? て、転移……?」


思わず言葉に詰まった。するとシェリアックは、いきなりミラを抱きかかえた。


「な、何を――!?」


「四の五の言わない!」


次の瞬間。


二人の姿は、跡形もなく消えていた。


後には、ひしゃげた鉄格子だけが残された。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「――ここまでくれば、大丈夫でしょう」


ミラは、古びた洋館の前にいた。


「うわっ……!? 一瞬で場所が変わった!?」


「これが転移魔法ですよ」


「ふ〜ん……」


ジロジロとうろんそうに洋館を眺めた。


「ここは……?」


「かつて、ヴェラティ家が所有していた別邸です。とっくに手放して、今は廃墟同然ですが」


「へえ……。転移魔法、って凄いな。そういや、ドラコも一瞬で消えたっけ」


「ドラコ? ドラコ・フォン・エルタニンをご存じで?」


「ああ。ちょっとした知り合いだ」


「ほう……。ドラコは、大公直属の『死星の四重奏(アルゴルカルテット)』の一人ですよ。そんな大物とお知り合いだったとは、露ぞ存じ上げませんでした」


「死星の四重奏? ご大層な名前だな。それより、中へ入ろうぜ」


何気なくドアに近づいた。すると。


「待てっ!」


鋭い制止の声が飛んだ。ミラはゆっくり振り返った。


「なんのマネだ? シェリアック」


例の巨大な『眼』が、殺気をまとって睨んでいた。


「きさま、何者だ?」


「……ミラだよ」


「ふざけるのも大概にしてもらおう。きさまは、断じてミラお嬢さまではない。お側近く仕えるこの私の『眼』を欺けると思ったのか?」


「……」


「お嬢さまの身体を乗っ取って、何を企んでいる? 事と次第によっては――」


『眼』が赤く輝き出した。魔力が高まるのがミラでもわかる。


「――殺すぞ?」


「……やめとけよ、シェリアック」


ミラは、だらんと、両手を下げた。


「お前じゃ、あたしに勝てない!」


地を蹴った。ミラの剛拳が唸りを上げてシェリアックに迫った。

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