第6話 【魔界のミラ】禍福は糾える鎖?のごとし①〜魔力ジャンプを覚えたので、城内にダイブします
「ほいっ、ほいっ、ほいっ」
ミラ(中身はリーゼ)は、テンポ良くじゃがいものの茎を引っ張り上げる。
それをセギヌスが泥を落とし、綺麗に籠に詰めていく。
初めて組んだにしては、名コンビだった。ただし、ミラは手を使っているが、セギヌスは魔法を使っているのが大きな違いだった。
「――リーゼさんは、変わってるねえ」
手を休めたセギヌスが感心したように言う。ちなみにリーゼとは、身分を隠すため咄嗟に名乗った偽名である。
(でも、あたしの本名だし、ミラのほうが偽名だし…ああ、もうっ! ややこしい!)
「……何が変わってる?」
内心を押し隠して、問い返した。
「だって、魔法を使わずに身体を使って作業するなんて、まず誰もやらないからね」
「……」
ミラは土まみれの手に視線を落とした。
魔界の人々は、すべからく魔法が使えるようだ。
セギヌスには妻と生まれたばかりの赤子がいるが、その赤子すら魔力がある。魔法の使い方がわからないから使えないだけなのだ。今のミラのように。
「……身体を動かすのが好きなんだ。それに、食事を恵んでもらった。そのお礼も兼ねてるし」
「気にすることはないのに。困ったときはお互いさまだ」
「そういうわけには、いかないよ。恩義はちゃんと返さなきゃ」
(ほんと、良かったぁ〜。悪魔の食べ物は、人間とほとんど同じだったよ〜)
ミラは、にこにこと微笑んだ。
セギヌスは、ぽうっと見惚れる。
ふいに、『アストロ・チャート』が光った。ミラは注視した。白と黄の光だった。
「お! メルガが来るぞ」
ミラに言われて、セギヌスは、手をかざした。
「――あなたぁ〜っ! リーゼさぁ〜ん!」
メルガが赤子を抱えながら近づいてくる。
「ひと休みして、お茶に…って、なんだ。もう休んでるんじゃないの」
「メルガが来るのがわかったから、待っていたんだ」
セギヌスがアストロ・チャートを指し示した。
「いや、マジでこれは便利」
ミラは、片方だけの眼鏡を手に取った。
「魔力を感知して居場所を教えてくれるんだもんな。おかげでセギヌスたちと出会えた」
「……やっぱり、リーゼは変わってるよ。アストロ・チャートが何かを知らなかった、なんて」
セギヌスは、頭を振った。
「高位魔族しか持てない超高級魔導具なんだぞ」
「ミラさまから預かった品なんだ。あたしは奴隷だったから、よく知らなくて」
「魔王さまを呪詛して処刑された大罪人、ミラ・ヴェラティか」
「ミラさまの遺言で、ご領地のボレアリスのご家族に、お返しに行くんだよ」
ボレアリスというのは、夢のお茶会で得た情報の一つである。
「律儀なやつだなぁ。大罪人の遺言なんて、守らなくてもいいだろうに」
「お世話になった方だから。ボレアリスというのは、ここから遠いのか?」
「そうだな……。飛翔速度にもよるけど、2〜3時間てとこか」
「えっ!? 飛翔……?」
「何驚いているんだ? 当然、飛んでいくんだろ?」
「あっ……! も、もちろん。ほら、奴隷の間は空を飛ぶのを禁止されてたから、久し振りだなぁ、と思ってさ」
「そっか。奴隷って大変なんだな。子どもでも許される飛翔魔法を禁止されるなんて」
「ははっ……」
(――我ながら、よくまあ、次から次へとウソが出るもんだ)
内心、悦に入る。外からは、女神のような笑みを浮かべる絶世の美少女である。またしても、セギヌスは頬を赤らめて見惚れた。
「――ちょっと、あなた。こっちへ来なさい。いいから、こっちへ!」
「な、なんだよー!?」
セギヌスは、頬を膨らませたメルガに離れたところへ連れていかれた。
ミラは、無意識に聞き耳を立てた。耳が魔力に包まれる。
「――なによっ! 鼻の下伸ばしちゃって!」
「は、鼻の下なんか、伸ばしてないよ〜」
「嘘おっしゃいっ! いくらリーゼが美人だからって、あからさまに見惚れちゃってさ! わたしのことなんか、全然見てくれないじゃないの!」
ミラには聞こえないと思って、痴話喧嘩が始まってしまった。
確かに、普通なら会話は聞こえない距離だ。
(へぇ。物理強化って、いろいろ応用が利くんだな)
そのとき、天啓が降りた。
(ちょっと待てよ……。もしかして、魔力で脚を強化すれば、遠くへジャンプできるんじゃね?)
場合によっては、走るより速いかもしれない。すぐにでも試したい。
「――おーい! セギヌス、メルガ!」
足取り軽くスキップしながら、ミラは仲良し夫婦に大きく手を振った。
「今から、ボレアリスに出発することにしたよ! 世話になったな!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「――あっという間だったな」
上空からボレアリスの街並みを見下ろしながら、独りごちた。
思ったとおりだった。
魔力で物理強化した一蹴りのジャンプで、ほぼ飛翔しているに等しい距離を飛ぶことができた。凄まじい魔力量である。
「街に城壁はないんだ?」
人間界では当然のように街を囲む城壁が、一切ない。
開けた平野にだだっ広く家々が建ち並んでいるだけだ。
魔族は、子どもでも空を飛べる。壁など建てたところで無意味だからだろう。今も、街の上空を魔族が飛び回っている。
街の北側に、一際高い建物がある。あれがこの街の城に違いない。シェリアックも、そこにいるだろう。
アストロ・チャートには、黒、白、黄といった無数の光がうごめいている。
ミラは、城を目指して降下した。
その途端。
「――きさま、何者だ?」
上空を飛んでいた魔族が見咎めて、誰何してきた。
しかし空中での静止の仕方がわからない。
そのまま通り過ぎた。結果、魔族を無視する形になった。
「待て! なぜ逃げる!? 怪しい奴めっ!」
「違うっ! 止まり方がわからないんだよ!」
ほぼ落下状態となった。ぐんぐん城が迫ってくる。
「――天に座する暗黒の星々よ、罪深き咎人の頭を囚えよ」
魔族は詠唱を始めた。殴りにいきたいが、空中では勝手が違い過ぎて、思うように身体が動かない。
「――逃げ場なき漆黒の檻となりて、その四肢を繋ぎ、動脈を断て。『星籠竜鎖』!」
ミラの周りに星々の魔法陣が出現した。無数の鎖が伸びてがんじがらめに縛り付けた。
「こんなもの、引きちぎってやるっ―」
腕に魔力を練った。拍子に身体のバランスを崩した。
城の屋根から天に伸びた煙突に激突した。
木っ端微塵に破壊しながら突き抜ける。弾みでくるくると回転しながら、屋根に頭を思い切りぶつけた。
気を失ったミラの身体は、鎖に縛り付けられたまま、屋根をも破って城内へと転落していった。




