第5話 【人間界のリーゼ】王宮への侵入〜筋肉バカなので、派手に突撃します
「――あら!? あらららっ!?」
リーゼ(中身はミラ)は、空中でバランスを崩した。
「あらぁーっ!?」
そのまま壁に激突した。
轟音ともに壁が崩落し、地面に投げ出された。
「……何なの!? この筋肉バカ身体は!?」
尻もちをつきながら、毒づいた。
壁に激突する寸前、咄嗟に魔法障壁を張ったので、身体は無傷だった。しかしそれがなくても、このマッチョなら擦り傷程度で済んだかもしれない。
服の埃を払いながら立ち上がる。
大きな穴が空いた壁を見て、深いため息をついた。
「あ〜あ……。静かに侵入するつもりだったのに、派手になっちゃったわ」
飛翔魔法で墓地から王宮まで飛んできたのだ。だが、魔力出力が上手くコントロールできずに、城壁を乗り越えるつもりが失速してしまった。
「この筋肉が悪いのよ! バカみたいにモリモリしてるから、思った以上に出力が――」
「――今の激しい音は何だ!?」
こちらに近づく複数の足音が耳を刺した。
「……もう、勘づかれてしまったわ」
リーゼは、肩をすくめた。
たちまち兵に囲まれた。王宮の守備兵であろう。
「お前、何者だ? ここで何をしている?」
「正直に言うと思うの?」
リーゼは不敵に笑った。
「……何だとぉ!?」
「でも、私は言ってしまうのよ。だって私、天才剣士のリーゼ・アメルハウザーですもの!」
「嘘つけ! リーゼは、先日処刑された。生きているはずがない」
「……いや、こいつは、確かにリーゼだ」
一人の兵が、震える手でリーゼを指差した。
「俺は、断頭台に立つリーゼをこの目で見た。唐紅色の髪、浅葱色の瞳、間違いない!」
「な…に!?」
兵たちの間に動揺が走った。皆、目を見開いてリーゼを見つめる。
「そんな…バカな……。生き返ったとでも言うのか……?」
「ねぇ、あなたたちに聞きたいのだけど」
茫然自失の空気などお構いなしに、堂々と尋ねた。
「王宮庭師のアルノルト・アメルハウザーがどこにいるか知らない? 私の父親らしいんだけど、至急会いたいのよ」
用向きは娘として真っ当な内容ではあったが、尋ね方は尋常ではない。しかし当人はどこ吹く風で……
「私の親友がね、アルノルトに会いなさい、というの。力になってくれるらしいわ。ローレンツ王子への復讐のため、ならね」
「ふ、ふざけるな!」
兵は剣を構えた。
「仮に生き返ったとしても、大罪人に変わりはない! ここで成敗する!」
ほかの兵たちも、一斉に剣を構えた。
「あら、そう。仕方ないわね。大人しく教えてくれるなら、命は助けないこともなかったのに。―それでは、ごきげんよう」
リーゼは、指を軽く弾いた。
大爆風が巻き起こった。
リーゼを囲んでいた兵は、衝撃波をまともに喰らい、骨も残さず消滅した。
爆風は兵だけではなく、城壁や王宮の壁をも破壊した。
突如、未曾有の災害に襲われて、王宮内が騒然とするのが伝わってきた。
「……あら〜。またやり過ぎてしまったわ」
両手を口に当てて、そびえ建つ王宮を仰ぎ見た。
豪奢な建物は、昼日中だというのに暗くうずくまっていた。見かけだけは立派だが、土台は腐り切っている。
「――いっそのこと、今すぐ滅してしまおうかしら」
浅葱色の瞳の奥では、隠し切れない陰火が揺れていた。
「裏切り者の王子もろとも、極大魔法で王宮を消してしまえば、後腐れがないわ」
リーゼは、手を挙げた。しかし、すぐに頭を横に振った。
「……駄目、駄目! そんな程度であの子の恨みは晴れないわ。証拠を揃えて冤罪を晴らし、同じ苦しみを与えてやらなくては意味がない」
ガチャガチャと鎧の擦れる音が遠く伝わってきた。
軍のお出ましかもしれない。
「作戦失敗ね。今日のところは出直しましょう」
リーゼが飛翔魔法で宙に飛び立とうとした、そのとき。
「――おい、リーゼ!」
ふいに名を呼ばれた。
驚いて、声のした方へ振り返った。
フードを深く頭に被った男が、いた。
「俺について来い!」
男に手招きされた。鎧の音が近づく。
直感だった。指示に従った。
男は、無言で走り出した。
その背中を追いかけた。
(――足を使って走るなんて、生まれて初めてだわ)
リーゼは、そんなことを考えながら、広くて大きな背中を見つめていた。
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フードの男は、王宮の敷地の奥深く、庭園内に入ってようやく足を止めた。小さな作業小屋の中である。
「――リーゼ」
男はフードを跳ね除けると、いきなり抱きついてきた。
「生きていたのか!」
「え…ちょ、ちょっと――」
戸惑うリーゼに気づかず、男は更に腕に力を加えた。
「よく無事で…どうやって逃れた? 確かに断頭台で首を切られたのに」
(ど、どうしよう……。これって、絶対あの子の知り合いパターンよね? 場合によっては、アルノルト本人の可能性もあるわ。迷わず庭園に引き込んだし)
とはいえ、娘が父に向かって「あなたは、私のお父さんですか?」とは聞けない。
リーゼの脳内は、フル高速で回転した。
(背格好はがっしりしているわね。年齢は、40前後かしら。顔は…似てるかわからない。大きな傷があるし。髪は鉄紺だけど、瞳は浅葱色だわ。ここは一か八か――!)
「わ、私も会えて嬉しいわ、お父さま」
「えっ…!?」
男は、バネ仕掛けのように身体を離した。
「お、お父さまだと……!?」
男は、まじまじとリーゼの顔を穴の空くほど見つめている。
(まずぅーいっ! アルノルトでは、なかったのかしら!?)
「あ、あの…私…」
焦るリーゼに、男が呆れたように言った。
「――お前、首を切られておかしくなったか? いつも親父と呼び捨てのクセに、お父さまなどと……」
(そっちかぁーいっ!)
ホッとするのと同時に、密かに毒づいた。
(あの子ったら、一言もそんなこと説明してくれなかったじゃない! まったく、これだから下品なのよ、庶民はっ!)
「――ほほっ…ほほほほっ。ごめんなさい、親父。うっかりしていたわ。目覚めてから、ちょっといつもの調子が出ないのよ」
「それに、なんだ、そのしゃべり方は? まるでどこかのお姫さまのようだな」
「……そ、そうなの…じゃ、なかった。そうなんだよ。しゃべり方まで変になっちゃって、私も困ってるんだ」
アルノルトは、納得していないようだ。未だジロジロと娘の顔を見回している。
「――まあ、その…詳しい話は、後だ。今は時が惜しい。きっとローレンツは、『シャテンアドラー』を送り込んでくるぞ。その前にここを脱出しよう」
「シャテンアドラー……」
はてな顔のリーゼに、アルノルトは、また不審の目を向けた。
「おいおい! まさか、それまで忘れたなんて言わないだろな」
「も、もちろん…だよ。忘れるわけないじゃないか」
「だよな。びっくりしたぞ」
アルノルトは、ようやくほっとした表情を見せた。
しかしリーゼは、次のアルノルトの台詞に魂を宙に飛ばした。
「お前が所属していた部隊を忘れるわけないよな。しかも最強チーム『シュナーベル』のトップエースだったんだからな!」




