第4話 【魔界のミラ】マッドサイエンティスト〜長口舌は苦手なので、殴り倒します
「……はわわ。よく寝た」
大欠伸すると、ミラ(中身はリーゼ)は起き上がった。
一晩、謎の研究所に泊まったのだ。
念のため、くまなく研究所内を探ったが、倒した研究員以外は、誰もいなかった。
私服だけ拝借した。男性用なので、ダボダボだったが、さして気にしない。庭師だったころは、もっとみすぼらしい服を着ていたのだから。
窓のない会議室の入り口にバリケードを構築して、眠りについた。この手のサバイバルは慣れている。
「――さて、これからどうしようか」
夢のお茶会でのアドバイスを思い返す。
『シェリアックという男を探しなさい』
「――ヴェラティ家に代々仕える執事だから、必ずあなたの力になってくれるわ、か。なんだかんだいって、あの女、イイトコのお姫さまなんだな」
ぶつぶつと独り言を呟くと、盛大にお腹が鳴った。
「……腹へったな。夢の中でもっと豪勢なものを食べとけば良かった」
そこで、はたと気がつく。
「悪魔、って、何を食べてるんだろ? あいつは夢の中でケーキを食べてたけど、人間が主食です、なんて言わないだろな」
「――人間なんて不味いものは、食べませんよ」
突然だった。
いきなり目の前に男が現れた。
「無論、実際に食べたことはありませんが」
(気配すら感じなかった。こいつ、どこから湧いてきたんだ?)
殺気はない。長身のやさ男だ。片方だけの眼鏡をかけていた。何がおかしいのか、ずっとニヤニヤと笑っている。
「……一応尋くが、お前、シェリアックか?」
「シェリアック? いいえ。私は、ドラコ・フォン・エルタニンと申します、ミラ嬢」
(そりゃ、そうだよな。都合よく、いきなり会えるわけないよな)
大して期待はしていなかったので、落胆はしない。
「あたしに何か用か、ドラコ?」
「ご挨拶ですね。あなたの様子を見に来たに決まっているではないですか。この研究所の責任者なのですから」
「ほう…」
「『臨界魔槽』の異常を感知したのです。研究室を覗いてきました。どうやってかは知りませんが、臨界魔槽が破壊され中はもぬけの殻。正直、驚きました」
ミラは、じっと聞き耳をたてる。一言一句聞き漏らしてはならない。とにかく情報がほしい。
(わからないことは、あとであいつに聞けばいいし)
「あなたは、規格外だ。計算式に収まらない。あなたが死ぬことで膨大な魔力は解放され、クロスロードは崩壊するはずだった。それなのに――」
ドラコは、ミラを指差した。
「クロスロードは、持ちこたえ、あなたは意識を取り戻してここに立っている。私の部下を殺害してね」
「……」
「非常にッ! 興味深いッ!」
片目にかけた眼鏡がパッと光り、何かの文字が浮かんだ。
「しかもッ! 魔力はほぼゼロッ! あり得ないッ! 私の計算では、とっくに魔力量を回復しているはずだ。それなのに、ゼロッ! あり得ないッ!」
ドラコは、恍惚とした表情を浮かべながら、唾を飛ばして熱弁を振るう。
(……なんか、面倒くさくなってきた)
情報はほしい。でも、難しい説明を聞いていると、頭が痛くなってくる。
(殴っていいかな……?)
ミラは、魔力を拳に集中させた。
刹那。ドラコの表情が一変した。
「なにッ!? いきなり魔力が爆上がりした!? あり得な――」
「知らねえよ!」
床を蹴った。一瞬で懐に飛び込む。拳を撃ち込んだ。
「ぎゃっ――」
しかし、吹き飛んだのはドラコではなかった。
黒いローブをまとった魔族だった。壁に激突して事切れている。
寸前で割って入り、身代わりになったらしい。
「ドラコさまっ、お下がりください!」
ドラコを囲むようにして、黒ローブ隊が立ちはだかった。全員、ドラコと同じ眼鏡をかけている。
「おや? 『星雲の錬成術団』ですか」
ドラコは、無表情で黒ローブ隊を見回す。
「今、いいところなのです。邪魔をしないでください。我が人生、最高の研究材料が眼の前に――」
隊長らしき者が必死に説得を始めた。
「こやつは危険です! 無詠唱で正体不明の魔弾を放っています! どうか、お下がりを!」
(魔弾……? ただの正拳突きだけど……?)
ミラは、問答無用とばかりに、拳に力を込めた。
「逃げるな、ドラコ! 黒ローブまとめて殴り飛ばしてやる!」
星雲の錬成術団がわらわらと群がり壁になった。構わず殴りつけた。2〜3人が吹き飛んだ。
「ドラコさま! 失礼いたします!」
業を煮やした隊長は、ドラコを抱え上げた。
「コラッ! 逃げるなっつーの!」
更に2〜3人殴り飛ばしている間に、隊長とドラコの姿がふっと消えた。
殴りつけようとした星雲の錬成術団の団員も、ふっと消えた。
「……くっそぉー! 殴り足りなぁーい!」
残されたのは、ミラの雄叫びだけだった。
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研究所の外は、のどかな田園風景が広がっていた。
抜けるような青い空。雲一つない。遠く鳥の啼き声が聞こえる。人の気配はなく、静かな時間だけが流れていた。
殺伐とした研究所との落差に、思わず力が抜ける。
「……というか、腹がへって力が出ない」
研究所には、飲食物が一切なかった。
「マジで悪魔は、何を食べて生きているんだ? 黒ローブの連中も、何も持ってないし。あいつらがかけていた片眼鏡だけは持ってきたけど」
ものは試しと、その眼鏡をかけてみた。
何も起きない。
文字も何も浮かんでこなかった。
何か起動条件があるのだろうか?
諦めかけた、そのとき。
突然、パッと光った。
白い光が点滅している。少しずつ移動しているようだ。
「何だろう……」
何気なくその場から動いた。すると、地図のようなものが表示された。その中を白い光が移動しているのがはっきりわかる。
「――これって、もしかして人の居場所がわかるとか、そういう便利グッズ?」
ミラは、俄に元気を取り戻した。
「よっし! まずはメシを食わしてもらおう! ついでに情報収集だ」
力強く一歩、足を踏み出した。




