第33話 【魔界のミラ】屈服の剣〜呪いの剣は可愛い女の子だったので、グーパンで家来にします
「『ティルヴィング』。別の名を『呪いの剣』。手にした者に圧倒的な力を与える代わりに、持ち主を必ず呪い殺す――最強最悪の剣です!」
ミラは、箱を睨みつけた。
黒い箱は、星籠竜鎖と重厚な鍵で何重にも封印されている。それでも箱の隙間から瘴気が漏れ出すのを防ぐことができていない。
「ミラ。お前にこれを与えよう。剣士ならば、『呪いの剣』を使いこなしてみせよ」
アルファルドは、楽しそうに目を細めた。
「……閣下は、本当に意地が悪い。あたしに呪い殺されろと仰っている」
ミラの口角が皮肉そうに上がった。しかしアルファルドは、どこまでも朗らかだった。
「自信がないのか? ミラともあろう者が、剣ごときに屈するというか」
「ふふっ……! ご冗談を」
ミラは、両腕に魔力を込めた。
「箱を開けてくださいっ!」
「お嬢さまっ!」
シェリアックが悲壮感いっぱいで声をかけた。
「信じていますぞ!」
「心配しないでっ! 任せてよ! ――閣下! お願いしますっ」
アルファルドは、ミンキルに頷いてみせた。
ミンキルは、無表情のまま、低く詠唱した。
バチンっ、バチンっ、と、星籠竜鎖が弾け飛んだ。
鍵がガチャン、と外れた。途端。
黒い瘴気が大量に吹き出した。
ギィッ、と扉がゆっくりと開く。
「――やっと開いたっ!」
歓喜に震えた声が響き渡った。
黒い塊が箱から飛び出してきた。瘴気をまとった一振りの剣――ティルヴィングだった。
「――おぬしがわしの新しい主か?」
ティルヴィングは、重々しい声でミラに呼びかけた。
(喋った!? 魔剣は知能があるのか!?)
「わしを手に取るがいい。世界に二つとない、圧倒的な力を与えよう」
「……その代わりあたしを呪い殺す、というのでしょう?」
「呪いか。おぬしら下等な生き物にはそう思えるのであろうな」
「下等…ですって?」
(魔剣だろうとたかが剣の分際で、クソ生意気な!)
「呪いでもなんでもないわ。わしの莫大な魔力に生身が耐えられず、最後は崩れてしまうだけの話よ」
「……なんだ。安心したわ。魔剣の正体が、ただの魔力量の押し合いだったなんてね」
「……! おぬし今、わしをバカにしたであろう?」
重々しい声に怒気が混ざる。魔剣は、感情も持ち合わせているらしい。
「だったらどうするの? 人に使われるだけの剣のくせに?」
「わしの魔力をおぬしに注ぎ込む。それでもそんな生意気な口を利いていられるか、見ものだ!」
黒い瘴気を爆発させ、ティルヴィングはミラに突撃した。
ミラは逃げもせず真っ向から迎え撃った。拳に魔力を集中させる。それは、まばゆい光を放った。全力で拳を叩き込んだ。
ドガァァァンッ!!
衝撃波が吹き荒れ、黒い瘴気が弾け飛んだ。
「ぎゃあああ〜〜っっ!」
ティルヴィングの絶叫が耳をつんざく。
見ると、ティルヴィングは、ころんと床に転がっていた。禍々しい瘴気は跡形もなく消えている。
「ひええぇぇ〜っ! 素手で殴りつけるなんて、この人、頭おかしいわっ!」
重々しさは、すっかり影を潜め、まるで可憐な少女のような高く細い声に変わっている。
「何ですって? また殴られたいの?」
ミラは、拳にふう〜っと息を吹きかけた。
「ご、ごめんなさいっ! 殴らないでぇ〜! 壊れちゃう〜っ!」
床で震える姿は、先ほどまでの大物感が微塵もない。
(なんだ、こいつ? ほんとに伝説の魔剣、ティルヴィングなのか?)
拍子抜けした。どれだけ禍々しく極悪な人格なのかと思えば、市井にいる娘と変わらない。
「――それなら、あたしの言うことに従う?」
「従います、従いますぅ!」
「よしっ! これからはあたしの家来よ」
「はい、ご主人さまっ……!」
ミラはティルヴィングの柄を握り締めた。魔力を身体強化に全フリする。刹那。
魔力が爆発的に膨らんだ。武器庫の空気が震えた。
ティルヴィングの刃が、美しい瑠璃色の光を放ち始める。
ミラの魔力とティルヴィングの魔力が足し算ではなく、爆発的な『掛け算』となって増大したのだ。
「……へえ。あなた、あたしの魔力に耐えられるのね」
「……ご主人さまの魔力量、とんでもなかったのですね。どのみち、私の魔力量で敵うレベルではありませんでした。さきの失礼な口調はお赦しください」
「あなた、もしかして、人格は女の子なの?」
「はい。女だと舐められちゃうので、普段はおじさんのフリをしているのです」
「あは。かわいい! 気に入ったわ」
ミラは、満面の笑みを浮かべて魔剣を撫でた。
「恐れ入ります、ご主人さまっ!」
「――閣下! お約束どおり、この剣をいただきますね」
ミラは、アルファルドを振り返った。
「無論だ。それより、実に素晴らしい、面白いものを見させてもらった!」
興奮冷めやらぬアルファルドは、いきなりミラを力任せに抱き寄せた。
(げっ……!? お、男に、だ、抱かれてる……!)
硬直した乙女のミラを、アルファルドは乱暴に揺すった。
「凄いぞ、ミラっ! 魔剣を物理パンチで叩き伏せて従わせるなどと、規格外にも程があるっ! 傑作だ! 感動したぞ!」
「兄上! 興奮し過ぎですっ」
慌てて止めに入ったミンキルの肩も、アルファルドは抱き寄せた。
「ミンキルも見ただろう? このコンビは凄いぞ! 魔力量だけで言ったら、今の私を遥かに凌いでいる!」
「ちょっと! 兄上っ、おやめください、恥ずかしい!」
はしゃぎ倒すアルファルド。その胸の中で顔を真っ赤にさせて固まるミラ。兄に肩を抱き寄せられて照れまくるミンキル。
「――やれやれ」
そんな三人を見つめ、独りシェリアックは、密かに頭を抱えていた。
「……また一人、賑やかな仲間が増えたようですね。喜んでいいのかどうだか、わかりませんが……」
規格外の主人に仕える執事の苦労は、並大抵では済まなそうだった。
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ミラが頼もしい仲間に囲まれているころ。
死星の四重奏のリーダーであるマイアは、信じられない面持ちで部下からの報告を聞いていた。
「――カペラが…討たれた…だと? 誤報であろう?」
「いえ、間違いありません。監視していた兵のアストロ・チャートから、カペラさまの魔力反応が消滅するのを確認しております」
「……カペラが…死んだ…あのカペラが――」
「ぎゃっ!?」
雷撃が気の毒な部下に直撃した。部下は悲鳴を上げる暇もなく一瞬で消し飛んだ。
マイアの世にも美しい顔が、凄絶な怒りで歪んだ。
狂ったように雷撃が振り注ぐ。
会議室の天井や床、壁が轟音と共に崩落した。
舞い上がる粉塵の中、マイアは激しい雷光を全身にまとって宙に仁王立ちしていた。
「――父上に報告してくる」
「大丈夫か、マイア?」
ワズンが静かに尋ねた。自身は、振り注ぐ雷撃の嵐の中にあって、かすり傷一つなく宙に浮いている。
「大丈夫なわけないだろう!」
美の女神の瞳から、一筋の血涙がこぼれ落ちた。
「――ワズン。準備していてくれ。父上から、抹殺の許可を得てくる」
「……わかった」
「生かしておくものか。必ず…必ず、殺す。ミラを…ミラ・ヴェラティを……」
美の女神は、復讐の女神と化した。
「……ワズン! ミラの首を持ってこい! せめてその首を…カペラへの手向けとする!」




