第34話 【人間界のリーゼ】恋の攻防戦〜想いが噛み合わないので、工作に専念します
「――リーゼ。少し残ってくれるかな」
作戦会議後、ヴァルデマールに呼び止められた。
「は、はい……」
立ち上がりかけた腰を元に戻した。
エルガが、一瞬悲しそうにヴァルデマールを見たあと、リーゼをひと睨みして部屋を出て行った。
リーゼは、その後ろ姿に、思い切りあかんべえをしてやった。
(ふんっ! ヴァルデマールさまは、私にご用があるのよ。お邪魔虫は、さっさと出て行ってちょうだい!)
ふと気づくと、ヴァルデマールがじっとこちらに視線を注いでいた。
(きゃあ〜っ! 密室に二人きり! 緊張するわっ。いったい何のお話かしら。……まさか、こ・く・は・く…だったりして……!)
心臓が跳ね狂っている。口の中が乾いて仕方ない。
(ど、どうしよう。お付き合いを求められたら…出会ったばかりだし…失恋したばかりだし…そりゃあ、素敵な方だなとは思うけど…好きかどうかと聞かれると…)
「――リーゼ」
「は、はいっ!」
(キタァァァーっ!!!)
身構えた。知らず知らず全身に力が入る。
「お、お友だちから始めようかな、なんて思ったりして――」
「申し訳ない、リーゼ」
「へ……?」
いきなり謝られて、眼が点になる。
(断られた……? 速攻でフラれたの……?)
「武闘派のあなたを作戦から外してしまい、さぞ不満だろう。許してほしい」
「え…作戦……?」
呆然とした。彼はいったい、何の話をしているのだ?
「でも、これもあなたのためなんだ。その…ヴィンツェンツのことは、まだ忘れられないかもしれないけど…つまり…何といったらいいか……」
「……」
全身の力が一気に抜けた。一人で空回りしていただけだった。
(――はは。そりゃ、そうよね。告られるわけ、ないわよね)
「……やはり、怒っているかい……?」
恐る恐るヴァルデマールが尋ねてきた。
「あ……! い、いいえ。全然、怒っていません!」
「そう……。リーゼは優しいね」
「とんでもない。皆さまが私の精神面まで配慮してくださって、とてもありがたいです」
「実は断腸の思いなんだ。リーゼのことは、戦力として本当に頼りにしている。そのあなたを戦線に投入できないのは、大変な痛手だからね」
(戦力として…か。私のことは、異性として見てくれてはいないのね)
甚だしく気落ちした。が、表情に出すわけにもいかず、無理やり笑顔を作った。
「評価していただいて、身に余る光栄ですわ、ヴァルデマールさま」
「必ずあなたの力が必要になるときがくる。それまで、耐えていてくれ」
「はい」
「その……」
「はい?」
ヴァルデマールは、しばらく躊躇していたが、意を決したように口を開いた。
「リーゼは、ヴィンツェンツのことを…その…まだ忘れられないかい?」
「えっ……!?」
「その…裏切られたのだから、彼を恨んでいるとは思うけど…好きだった人に対して、そんなすぐに気持ちを切り替えられるのかな、と思ったり……」
ヴァルデマールは、ちらちらとリーゼの表情を窺っている。空色の瞳の奥には、ほんの僅かの暗い炎が揺れた気がした。
(……? 何をそんなに気にしているのかしら……?)
「……いえ。彼のことは、もうきっぱりと忘れました」
満面の笑顔で断言した。
(……というより、ヴィンツェンツなんて、そもそも誰だか知らないけどね)
「そ、そうなんだ……」
ヴァルデマールの口元が、どこかほっとしたように緩んだ。
(あれっ!? 今、嬉しそうに笑った……?)
どうして……?
「引き止めて悪かった。戻ってくれていいよ」
深く考える暇もなく、退出を促された。
(……結局、ヴァルデマールさまは、何の話がしたかったのかしら……?)
よくわからないまま、御前を辞した。
『……裏切られたのだから、彼を恨んでいるとは思うけど…好きだった人に対して、そんなすぐに気持ちを切り替えられるのかな……』
歩きながら、ヴァルデマールの言葉がリフレインする。
(……ハダルのことを、私はどう思っているのかな……)
唯一、自分のことを認めてくれたハダルを、人生における光、とまで信じ切っていたのだ。
それは、無残にも裏切られた。
彼は、冤罪をかけてまで、ミラという存在を消したいと思ったのだ。
そんな男に、未練など微塵もない。あるのは、一貫してメラメラと燃え盛る激しい復讐心だ。
「……うん。全然、ブレてない。絶対に復讐してやるんだから」
「――だよな。絶対に復讐してやろうぜ、ローレンツやヴィンツェンツに」
目の前に、テオドールが、いた。
「きゃあ〜っ!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。
「な、なんだ、急に!? いきなり大声を出すなよ」
周囲の白い視線に、テオドールはあたふたとしながら、リーゼを部屋の隅へと引っ張っていった。
「ご、ごめんなさい。突然テオドール…さまが現れたからびっくりしてしまって」
「びっくりしたのは、こっちだよ。ぶつぶつ独り言呟きながら歩いてきたと思ったら、悲鳴だもんな」
「ごめんなさい……」
(まずい、まずい! ヘンなことを口走って聞かれでもしたら、それこそ大変だわ。気をつけないと……)
「……それにさ、『さま』はやめてくれよ」
黙り込んだリーゼに、テオドールは何気なさそうに言った。
「組織の中だからって、かしこまらずにさ、昔みたいに、親父の庭師仲間のテオドール、ってさ、タメでいこうぜ?」
(ま! あの子ったら、本当にガサツなのね。父親と同世代の方を捕まえて、タメ口を利いているなんて)
「わ、わかった。これからは、タメでいく」
「そうこなくっちゃ!」
「……ところで、この部屋は何なんだ?」
嬉しそうなテオドールに、尋ねてみた。
「ここは、事務局さ」
「事務局……?」
「物資の予算だとか、在庫管理だとか、組織を支える裏方中の裏方だ」
「へえーっ。そういう部署もあるんだ」
職員は、忙しそうに書類と格闘している。
(私には絶対に真似のできない仕事だわ)
尊敬の眼差しで職員を眺めた。
「――それにしても、ここの施設って、広いよな。ちょっとした宮殿だよ」
寝泊まりする部屋、執務室、会議室、炊事場、洗面室、娯楽室……人が生活するのに必要な設備はすべて揃っている。
「まったくだな。これでも一部なんだぜ。土に埋もれてる未開拓の区画も多いし」
「凄い! 灯りだって、ロウソクに頼らずにこんなに明るい。どうやって光源を確保しているんだ?」
「光る石だよ」
「光る石……」
「天井をよく見てみ。石自体が発光してるんだ」
天井を見上げると、息を呑んだ。
「え……?」
似ていないか? 魔界にある魔光石に……。
「ちょ、ちょっと待って!」
よくよく観察すると、間違いなく高純度の魔光石だ。
なぜ、魔界の鉱石が人間界の施設に使われているのだろう……?
「……なあ、テオドール。この施設、整備するとき手を加えたよな?」
「えっ…そりゃ、まあな。かなりガタがきてたし、壁とか床とか補修したけど、でも、躯体そのものは頑丈だし、そもそも、ちょっとやそっとじゃ加工できないくらい――って、お前、何してるんだ?」
リーゼは、這いずり回って貪るように壁や床を調べていた。
「……ここがいいかな……」
魔法で小型の魔導ドリルを錬成し、壁の一部を威勢よく削る。ガガガッ、と破壊音が響いた。
「リーゼっ!? 何してんだ、お前ぇぇっ!?」
顔色を変えて止めに入るテオドール。しかし既に壁の表面が剥ぎ取られていた。
露出した金属光沢を目にした瞬間、リーゼは歓声を上げた。
「――やっぱり! 漆魔鋼だ!」
「あ? 何だ、そのしつ…何とかって?」
漆魔鋼――魔力を何十倍にも増幅し、無限の耐久力を与える魔界最高峰の合金!
アストロ・チャートの材料としても利用される魔導技術の結晶が、なぜ人間界の地下に眠っているのか?
「――なあ、テオドール。頼みがあるんだけど」
テオドールの問いに答えようとはせず、リーゼは、顔を上げた。浅葱色の瞳は、キラキラと輝いていた。
「……工房を一つ、私に貸してくれないか?」




