第32話 【人間界のリーゼ】作戦会議②〜反撃の方針が定まったので、月の貴公子から居残りを命じられます
「……リーゼ。今回の作戦からは、外れてくれ」
ヴァルデマールは、優しく労るように言った。リーゼは素直に頷かざるを得なかった。
「はい……。わかりました」
「――では、王宮への潜入は、先ほどの取り決めのとおり、エルガを中心に行うことといたします」
アルノルトが告げた。エルガは、勝ち誇ったようにリーゼを見下している。
(クソ女がっ! 今に見てなさいよ!)
リーゼは、唇を噛んでエルガを睨みつけた。
「まだ精神的なショックで会議に集中できないリーゼのために、あの日起きた冤罪事件の経緯をもう一度整理します」
両者の間に飛び交うバチバチの電撃を知ってか知らずか、アルノルトは話を進める。
「発端は、アストリットの告発でした。舞踏会に出席しようと王宮を訪れたところ、待ち構えていたリーゼに斬りつけられた、というものです」
「私は、そんなことはしていない」
リーゼは、きっぱりと断言した。これに関しては、夢のお茶会で本物のリーゼから直接聞いていた。
「ローレンツから指示を受けて、警備のため王宮の外にいたんだ。アストリットには、会ってさえいない。自作自演に決まってる」
「お前のアリバイは証明されていない。ローレンツは、そんな指示はしていないと言い張っているし、共に警備についていたはずのヴィンツェンツは、動員されなかったと証言している」
「シャテンアドラーは、全員グルだ。私を嵌めようと口裏を合わせているんだ」
「だとしても、現場には、お前の短剣が落ちていた。シュナーベル隊長の紋章が入った、世界に一つだけの短剣だ」
「だからそれは、事件の数日前、フェーダーから点検をすると言われて預けていたんだよ」
「フェーダーは、証拠隠滅や毒殺などの裏方を主に担う特殊チームだったね」
確認するようにヴァルデマールが頷く。
「そうです、ヴァルデマールさま。フェーダーが保管している記録簿を探し出せば完璧な証拠になる筈です」
「相手は証拠隠滅チームだぜ? そんな都合のいいもの、真っ正直に残しておくわけねえ」
テオドールが首を横に振った。
「だったら、血は? 短剣に血がついてた、って話だけど、アストリットは傷一つ負ってない。この前、王宮に突撃したとき、この目で確認したんだ。生っ白い細腕の柔肌は、ピカピカに綺麗だったぞ」
「それだって、いくらでも捏造できるさ。誰の血かなんて、確かめようがないんだから」
(……私なら、証明できる。そのために、アストリットの髪を回収したのだもの)
魔界でもニ〜三人しか唱えることができない『人形作製魔法』を使えば……。
しかし、それを告げるのはまだ早い。魔界の魔法使いだという正体を明かすまでは。
「でも、証拠品の短剣は、何としても手に入れたい。まだ残ってるんだろ?」
「おそらく、としか言いようがないな」
テオドールが肩をすくめた。
「処刑に追いやるための重要な物的証拠だから、処分はしてねえと思うが、逆に言えば、まんまと処刑が完了した今は用済みだ。いつ廃棄されてもおかしくねえ」
「その上、現場からシャテンアドラーの軍服を着た人影が逃げるのを見た、という目撃証言もある」
アルノルトが腕を組んだ。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「証言者は、王宮の侍女や使用人だ。中には、人影はリーゼだったと、明言した者さえいたそうだ。さっきリーゼはシャテンアドラーが口裏を合わせたと言ったが、ローレンツ王子では王宮の使用人までは手を回せないぞ」
「できるさ、メルヒオール公爵なら」
リーゼの言葉に、室内がざわついた。
「確かに、そうだね」
ヴァルデマールが静かに頷いた。
「メルヒオールとローレンツが手を組んだのは明らかだ。王宮の実力者メルヒオールなら、買収や脅迫で証言者を用意することも簡単だろうね」
「その場合、メルヒオールが裏工作を行ったという証拠も必要になります」
「証拠を集めればいい」
テオドールの懸念に、ヴァルデマールはあっさりと答えた。
「敵は、二重三重に罠を仕掛けている。こちらは、その罠を一つひとつ崩していくだけだよ」
「そもそもこの事件は、正式な裁判すら経ていない、強引なものでした」
アルノルトが憤る。こめかみに青筋まで立てている。
「アストリットの告発から、リーゼが身柄を拘束されて処刑されるまで、数時間しかかかっていない。あらかじめストーリーを作った上で、有無をいわせず葬り去ろうとしたことは明白です」
「そこまでしてでも消したいほど、アストリットにとってはリーゼが邪魔だったということかな?」
ヴァルデマールが小首を傾げた。この世の者とも思えない美しさだった。
「ローレンツとの婚約が決まったアストリットに嫉妬して、殺害しようと企んだ、とあるけど、恋人でもないのに、かなり無理のある動機だよね」
その場にいた者は、エルガを除いて全員、気の毒そうな、腫れ物に触るような目でリーゼを見た。
(何なの、この『察した』みたいな雰囲気は? 二股四角関係なら、有り得るでしょうよ)
リーゼ↔ヴィンツェンツ〜恋人同士だった!
リーゼ↔ローレンツ〜恋人同士、のはず??。
アストリット→ローレンツ〜片想い。
複雑な裏事情を知っているリーゼは、表立って言うわけにもいかず、思わず下を向いた。
(次の夢のお茶会では、絶対にあの子を吊るし上げて白状させてやるわっ!)
沈黙を悲しみと勘違いしたのか、テオドールが慰めるように言った。
「……まあ、その…なんだ。カレシのヴィンツェンツや信頼してたローレンツに裏切られてショックだろうけどよ。俺たちがついてるぜ? そう落ち込むなよ」
「……あ、ありがと」
何と応えていいかわからず、引きつった笑みで礼を言うしかなかった。
「――よし。方針は定まった」
ヴァルデマールは、重苦しい雰囲気を払拭するように、朗らかに言った。
「物的証拠のリーゼの短剣を探すこと。メルヒオールの裏工作を暴くこと。念のためフェーダーの記録簿の有無を確認すること。この方針で各々動いてくれ。頼んだよ」
こうして作戦会議は散会となった。席から立ち上がったリーゼは、思いがけずヴァルデマールから呼び止められた。
「――リーゼ。少し残ってくれるかな」
「えっ……!?」
神秘的な空色の瞳が、いつになく真剣な色を帯びて射抜いてくる。一気に脈拍が跳ね上がった。
(な、何かしら…重大なお話……? ま、まさか…告白とかだったらどうしましょーっ!?)




