第30話 【魔界のミラ】呪いの剣〜ただの宝剣は役に立たないので、禁断の剣を手にします
「これは凄い……!」
足を踏み入れた途端、ミラの表情が一変した。紫水晶のような瞳に、星々がキラキラと零れ落ちた。
四方の壁一面に、さまざまな武器が飾られている。
脇目も振らず飛びつくように駆け寄ると、食い入るように見つめた。
「ひょえ〜っ!」
長剣、短剣、衝槍、打槍、小型剣、大剣、曲剣、片手斧、両手斧、弓……キリがない。
「ぎゃあああ! 何じゃこれ〜っ!?」
ミラの悲鳴が、広い武器庫に轟いた。
魔導城の地下にある広大な宝物庫。剣を所望するミラのために、アルファルドが自らその一角に案内したのだ。
ミラは文字通り右壁左壁、前壁後壁と飛び回った。せっかくナシラが整えてくれた、つやつやの黒髪が乱れるのも構わずに。
「オリハルコンだと!? なんでこんなものがここにあるんだ!? こっちは、炎剣フランベルジュ!? 伝説の宝剣じゃないか! なんなんだ、ここは!? 飾ってあるだけなんて、なんと罰当たりなっ!」
「……も、申し訳もございません、閣下!」
阿鼻叫喚のミラに代わって、シェリアックは深く詫びた。
「主がお見苦しい姿を晒し、尊いお目を穢したこと、何卒、お赦しくださいますよう」
「構わないよ。むしろ、楽しい!」
恐縮するシェリアックに、アルファルドは、豪快に笑って見せた。本当に楽しんでいるらしく、金色の瞳がくしゃっと崩れている。
「剣士というのは、剣が好きなんだねぇ。見てご覧よ、ミラのあの嬉しそうな様子!」
……嬉しいというより、どちらかというと、狂乱している、といったほうが良さそうである。
「――閣下ーっ!」
武器の間を踊り狂っていたミラは、突然アルファルドの目の前に立った。電光石火の動きであった。
背の低いミラは、今にもアルファルドの胸に噛みつきそうだ。
「本当に好きな武器をいただいてよろしいのですかっ!?」
「――近いっ!」
ミンキルが二人の間に割って入った。
「兄上に馴れ馴れしく近づくな! 異世界人の分際で」
アルファルドにそっくりな金色の瞳が、不快そうに見下ろした。
「だって、伝説の武器がこんなにも揃っているんですよっ! 夢を見ているような心地なんですっっ!」
興奮してまくしたてたせいで、唾がとんだ。ミンキルは嫌そうに顔をしかめながら言った。
「兄上の悪趣味なのだ。武器などと無粋なものを珍しがって、ほうぼうから集められた結果がこれだ」
「悪趣味はないだろう、ミンキル」
金色の瞳がくしゃっと崩れた。もし他の者が同じことを言ったら、おそらく今ごろこの世にいないに違いない。
「魔法全盛のこの時世に、剣という物理攻撃で闘うなどと、こんな面白いことはない」
「だからといって、異世界人を拾うことはないでしょうに」
ミンキルは、ミラに否定的なようだ。転生者だと知った後も、変わらず当たりが強い。
(……というより、人間族のあたしが気に入らないのかな……)
「いいではないか。ミラは、鉄くずで四重奏のカペラを倒した実績がある。実に面白い!」
アルファルドの金色の瞳が崩れる横で、ミンキルは、頭を抱えた。
「……まったく、兄上ときたら……」
アルファルドは、ぽんっと弟の肩を叩いた。
「――さあ、ミラ。剣がほしいんだろう? 好きなものを取りたまえ」
「ありがとうございますっ!」
ミラは、スキップしながらある剣の前に立った。
『ヴェンジェンス』
復讐の名を冠された宝剣である。
まさにミラに相応しい。
ミラは壁にかかった宝剣を手に取った。
ずしりと重みを感じ、思わず床に剣を突いてしまった。
「うわっ! 重っ!?」
貧弱なミラの筋肉では持つことすらできない。
「だったら…こうよ!」
いつも通り、膨大な魔力を身体強化へ一気に全フリした。途端。
パリ〜ンッ!
甲高い音をたてて、伝説の宝剣『ヴェンジェンス』が粉々に砕け散った。
「うわぁ〜っ!? 宝剣が砕けたぁ〜っ!?」
虚しい絶叫が広い武器庫に響き渡る。
「――あーはっはっはっ!」
アルファルドは、お腹を抱えて笑い転げている。
「傑作だっ! 魔法使いが剣を手で握り潰すとは、期待以上だ!」
「な、なんで…?」
「バカがっ!」
涙目で剣の欠片を手に呆然と立ち尽くすミラに対して、ミンキルが不機嫌そうに吐き捨てた。
「魔界での剣とは、魔力を流して魔法を放つ魔導具のことをいう。繊細な制御が必要不可欠なのだ。お前のように、ただ力任せに魔力を注ぎ込めば、耐えきれず自壊するのは当然だろう」
「そ、そうなの……?」
「まったく、よくも粉々にしてくれたな……。その剣一振りに、いったいどれだけの金がかかっていると思っている!」
ミンキルは、こめかみを手で押さえた。
「――ミラ! 試しにもう一振り手にしてみろ」
「……」
アルファルドに促されて、ミラは、おずおずともう一振りを手に取り魔力を込めてみる。やはり同じように、剣は粉々に砕け散った。
アルファルドは、ゲラゲラ笑っている。ミンキルは、ますます苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ヒドいっ!」
涙をいっぱいに溜めて、ミラは抗議した。
「与えると仰っても…これじゃ、事実上いただけません!」
「――いや、すまん、すまん。お前の魔力がどれほどのものか、試させてもらった。騙したようで悪かった」
アルファルドは、楽しげに目を細めた。
「ふむ……。ミラの魔力で純粋な物理強化を行えば、宝剣だろうと容易く耐性を超えてしまうか。実に素晴らしい問題だ」
「……」
ミラは、唇を噛んだ。
「……では、閣下は、初めからあたしに剣を与えるつもりはなかったのですね?」
ショックだった。意地が悪過ぎる。改めてここは魔界だったのだと認識させられた。
そう、思ったのだが……
「早まるな。誰も与えぬとは言っていない」
真面目な顔に戻ってアルファルドは言った。
「え…でも、ほかの剣だって、同じことですよね?」
ズラリと並ぶ剣を眺め渡した。ミラの魔力に耐え得る特別な剣がこの中にあるとは思えない。
「確かに、この中には、ないな」
「やっぱり……」
「だが、一振りだけ…私の秘蔵の中で、お前に見せたいものがある。――ミンキル。あれをここへ」
ミンキルは、深いため息をつくと、低い声で呪文を唱えた。
武器庫の床が開き、星籠竜鎖と重厚な鍵で何重にも封印された黒い箱が現れた。
それは、滑るようにミラの前で止まった。箱の隙間から、肌を刺すような冷たい瘴気が漏れ出している。
「この中に、とびきりの魔剣が入っている。その名は…『ティルヴィング』」
「ええーっ!? 『ティルヴィング』!?」
ミラは、仰天した。一瞬で血の気が引いた。まさか、おとぎ話の中だけだと思っていたあの剣が実在したとは。
「ほう、知っていたか。さすが剣士を名乗るだけはあるな」
「それはそうです。その剣を持つことは、全剣士の憧れであり、同時に恐怖の象徴ですから」
箱を睨みつけた。まさに怨敵、ハダルがそこにいるかのように。
「『ティルヴィング』。別の名を『呪いの剣』。手にした者に圧倒的な力を与える代わりに、持ち主を必ず呪い殺す――最強最悪の剣です!」




