第29話 【魔界のミラ】狐娘との仲直り〜納得してくれたので、黒髪の手入れを任せます
爽やかな朝だった。
目覚めはスッキリだ。
久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
無論、『夢のお茶会』は、別腹だ。
その夢のお茶会で、貴重な情報を手に入れた。
ナシラを引き止める秘策である。
「――よしっ! 朝イチで突撃だ!」
ミラ、シェリアック、ナシラは、それぞれアルファルドから部屋を与えられた。
昨夜は、『暇』を申し出たナシラを何とか宥めすかして一泊させることには成功した。
しかしまだ、翻意させるところまではいっていない。
「下手をしたら、朝早く抜け出して、挨拶無しでいなくなることだって有り得るからな」
ミラは、顔も洗わず寝間着のままでナシラの部屋のドアを押し開けた。
「……ナシラ。起きてる…って、何してるの、あなた!?」
ナシラは、目元を赤く腫らしながら、小さな鞄に荷物をまとめているところだった。
「――ナシラは、お暇をいただきました。だから出ていく支度をしているのです」
「ちょっと! 待ちなさいって! 早まらないで!」
咄嗟にナシラの手を掴んだ。華奢な手首が、かすかに震えている。
「あたしの話を聞いてよ!」
「姫さまは、姫さまじゃなかった。ナシラは用無しです」
「何で!? あたしにとってナシラは、この世界で初めてできた友だちなのよ。友だちを見捨てる気?」
「そう言っていただけるのは、とても嬉しいです。でも、ナシラがお仕えしたいのは、本物のミラ姫さまなのです」
ぎゅっと唇を噛みしめるナシラ。頑固だが、それだけ本物のミラを愛しているのだろう。
(……ったく、義理堅いヤツだな!)
「確かにあたしは、魔族ですらない。あなたたちにとっては、おとぎ話の人間族の女よ。でもね、お互い信じていた相手に裏切られて、復讐するために固い絆を結んだ『友だち』なの。あたしは、友だちのためなら何でもするつもりよ」
「……」
「ナシラには、そのお手伝いをしてほしいの。無理にあたしに仕えろとは言わないわ。あなたが大好きなミラの復讐を果たすために、友だちのあたしの手伝いをしてくれないかしら?」
「友だち……」
「そうよ。あなたは、侍女ではなく、あたしの友だち」
ナシラの大きな紺色の瞳に、じわじわと涙が溜まっていく。
「……嬉しいですっ。そのように言ってくださって…とても……」
(……ようやく、心変わりしてくれたのか!?)
期待に胸を躍らせた。
……が、続く彼女の言葉に思わずズッコケそうになった。
「でも、友だちのナシラは役立たずです。お世話しないなら、ナシラじゃない。やっぱりサヨナラです」
(くそぉ〜っ! ダメかぁ〜。だったら、夢のお茶会で教えてもらった最終兵器だっ!)
「ナシラっ! あたしの髪の毛を見てっ!」
「へっ……!?」
ミラは、腰まで伸びた黒髪を無造作に掴んで、ナシラの鼻先に突き付けた。
「全っ然、手入れしてないから、ボサボサなの。今まであなたがずっと手入れしてくれていたのでしょ?」
「は、はい。姫さまは、面倒くさがりなので、髪はナシラが毎日とかしていました」
「だったら、あなたが手入れしてくれない? あたしは髪なんて無頓着だから、そのうち切ろうかと思ってたくらいなのよ」
「えっ!? そ、それは、勿体なさ過ぎです。こんなに美しくて綺麗な髪なのに……!」
「でしょ? 勿体ないよね? だから頼むわ。『髪の手入れ係さん』として、あたしと契約してよ」
「髪の…手入れ係さん……」
「ね? いいでしょ?」
ナシラは、食い入るように黒髪を見つめていた。狐耳をピクピクと動かした。
やがて、感極ったように、何度も首を縦に振った。
「――わかりました。ナシラは、姫さまの髪の手入れ係さんになります!」
「わあっ! やったぁ〜っ!」
ミラは、思わずナシラを抱き締めていた。
「嬉しいっ! 嬉しいよぉ〜」
涙が溢れて止まらない。
「姫さま……。そんなに喜んでくださって、ナシラのほうこそ、嬉しいです」
「あたし、ナシラのこと、大好きなの! 本当よ!」
「姫さま……」
二人は、絆を確かめ合うかのように、ひしと抱き合ったまま、感涙にむせんだ。
「――では、姫さま」
やがて顔を上げたナシラは、涙一転、嬉々とした様子で言った。
「早速、髪をとかします」
「うん。頼むわね」
ミラは、くるりと後ろを向いた。
ナシラは、手をかざした。温かい風が掌から吹き出してきた。どうやら風は、櫛代わりでもあるらしい。
(なんだぁ? 髪をとかすのも魔法か!?)
それでも、心はほっこりしていた。
(あいつの言ったとおりだ……! ナシラの髪に対する情熱とこだわり、マジでハンパねえ!)
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ミラとナシラは、仲良く並んで食堂へと入っていった。
昨夜、アルファルドが歓迎会を開いてくれたプライベート用の小食堂である。
先乗りしていたシェリアックは、ちらっと仲良し主従に視線を送った。しかし何も言及せず、前を向いた。
その先には、アルファルドが既に座っている。
「おっ! 昨夜は何やら揉めている様子だったが、解決したのか?」
「おかげさまで、元通りになりました」
ミラは屈託のない笑顔をナシラに向けた。ナシラもにっこりと笑みを返す。
「それは結構。では、朝食としようか」
ミンキルが給仕を始めた。昨夜もそうだったが、食事に関してメイドなどは介さず、弟のミンキル自ら行うのがフォーマルハウト家のしきたりらしい。
話題は、自然とこれからの対ハダル戦となった。
「まずは、その魔導具を探すことだな」
「そうです、閣下」
ミラは頷いた。
「魔王さまを呪詛したという直接の物的証拠。それを手に入れて、本当にミラ本人のものなのか、それとも偽造品なのか、確かめたい」
「冤罪証明の突破口になり得る、か」
アルファルドは、面白そうに言った。
「しかも本物のミラの助言で、ハダルの私室に保管されている可能性が高い。我々なら、簡単に転移魔法で侵入できるし。早速行ってみるか」
「――その前に、手に入れたいものがあるのです」
「ほう。何だそれは?」
「剣です!」
勢い込んで言った。
「あたしは剣士です。鉄棒でも闘えますが、これから強敵を相手にするかもしれないことを考えると、どうしても剣がほしい」
「なるほど。もっともである」
「実は、カペラに襲われる前、魔導具屋に行くはずだったのです。朝食を食べ終わったら、行ってみようと思っています」
「――その必要はない」
「えっ……!?」
「剣なら、我が城にある。これから魔導具屋に造らせるより、手っ取り早いぞ」
(ウソーっ!? 魔法の権化のような魔導卿の城に、何で剣があるんだよーっ!?)
瞠目するミラをアルファルドは、やはり面白そうに眺めるのであった。




