第28話 夢のお茶会〜初恋物語は、切なすぎます
「――誤魔化すのが、大変だったわ。あなたがおバカキャラで助かった」
夢のお茶会で、ミラ(見た目リーゼ)は、リーゼ(見た目ミラ)に安堵したように吐露した。
「……ふざけやがって!」
偽物疑惑事件を聞いたリーゼは、おかんむりである。
「誰がおバカキャラだっ! みんなで人のことバカにしやがって!」
「事実なんだから、しょうがないじゃない」
「なんだと!?」
「それより、大事なことは事前に教えてくれなくては駄目じゃないの! 秘密基地って、何なのよ? すっかり肝を冷やしたわ」
「あたしだって、知らないよ。テオドールは親父の庭師仲間だと思ってたし、ましてや『朧月庭』なんて秘密組織、聞いたこともねえ!」
「……ったく、あなたたち親子は、いったいどういう関係? 娘は王子の私設部隊のトップエースで、父親はその王子と敵対する組織の創設者だなんて」
「それは…ローレンツに声をかけられて…望んでシャテンアドラーに入ったわけで…」
途端にリーゼの歯切れが悪くなる。
「初恋の王子さまだっけ? 彼から勧誘を受けたから、そばにいたくてほいほい尻尾を振ったのね?」
「尻尾なんて振ってない!」
「でも、そばにいたかったのは、本当でしょ?」
「それは…まあ…」
「挙句に裏切られて処刑されてりゃ、世話はないわね」
「……」
リーゼは、ギロッと睨んだ。構わずミラは畳みかけた。
「しかもよ、魔導卿にあっさり全部話してしまっただなんて、呆れてものが言えないわ。私が必死に正体を隠しているのがバカみたいじゃない」
「仕方がないだろ。下手に嘘をついたら、かえって敵対することになってたかもしれないんだ」
「まあ、彼なら、そうでしょうね。隠し事は殊の外嫌うから」
「ん? アルファルドを知っているような口振りだな」
「それはそうよ。私の魔法の師匠なのだもの」
「ええーっ!? マジか」
「彼はね、下級貴族の私を差別せずに、逆に面白がってしばらく面倒をみてくれていたの」
「なるほど。それですぐあたしがミラじゃない、とわかったのか」
「勘は鋭いし、魔導の知識も豊富だし、彼の前で隠し事はやめたほうがいいわね」
「……ははぁ〜ん。さてはお前も、あの男に全部バラしたクチだな? 初恋の相手、ハダルのこととかよ」
「……!」
「あ……! ごめん。怒った?」
眉間にシワが寄ったミラに、リーゼは慌てて謝罪した。
「心の傷、抉るようなこと言っちまったか」
「――ううん。いいの。全部本当のことだし」
アルファルドには、すべてを伝えていた。森の中で言葉を交わして以来、ハダルに恋い焦がれていたことを。
――魔王の住まう王宮、通称水晶宮では、夜な夜な夜会が開かれていた。
その日は参加者の多い夜会で、まだ九つだったミラも両親に連れられて出席した。
「……見て、あの子」
「あら、今話題のミラ・ヴェラティじゃない」
「下級貴族のくせに、魔力量が高位貴族級らしいわ」
「とんでもない子ね」
「バケモノよ、バケモノ」
悪意を持った宮廷雀たちのさえずりが、ミラの小さな胸を抉った。
ドンッ
貴婦人の一人がぶつかってきた。手にしたワインがミラのドレスにかかった。
「あら、失礼。汚いドレスだったから、ワインで清めてあげたの。少しはマシになったのではないかしら」
周囲から、嘲笑が起こった。
見えない刃がミラの心をズタズタに斬り裂く。
何より傷ついたのは、両親が愛想笑いをしていることだった。
下級貴族の両親は、周りにおもねり、ミラをかばおうとはしなかった。
ミラは、夜会場を飛び出していた。
涙が止まらなかった。
望まれない子。
誰からも必要とされず、受け入れてもらえない、はみ出しっ子。
絶望などと簡単には言い表せないほどの、深い深い失意。
夢中で宙を飛んだ。まだ転移魔法は使えない。
水晶宮には、北側に広大な森があった。
ミラは、その森へ飛び込んだ。
森の奥で魔力が暴れているのが感じられた。
吸い寄せられるように近づく。
一人の少年が、大木に向かって魔法を放っていた。
少年にしては強大な魔力を有し、ミラの胴の何倍も太い樹々を薙ぎ倒している。
「――誰だっ?」
少年が振り向いた。
脚がすくんだ。魔王の一人息子、王太子のハダルだったからだ。
「ん? お前は確か、ミラ・ヴェラティ……?」
王太子も知っているのか。はみ出しっ子のこの私を。
「ここは、お前のような子どもが来るところではない。疾く去れ!」
子どもに言われたくないセリフだが、そのときのミラは、一つの言葉しか耳に入らなかった。
――去れ!
ああ……! では、ここにも居場所はないのだ。
はみ出しっ子は、この世にいてはいけないのだ。
そう思った、刹那。
魔力が爆発した。
無尽蔵とさえいえる膨大な魔力が暴走を始めた。
溢れ出した魔力は、森の樹木を薙ぎ倒していく。
「魔力が…暴走して…抑えられない!」
魔力はミラさえも攻撃してきた。細い身体を包んで魔力の海へ引きずり込もうとする。
「ミラっ! 聞こえるかっ! ミラっ!」
うっすらと、ハダルの声が聞こえた。
無意識に手を伸ばした。その手をハダルががっしりと掴んだ。
「ミラっ! 俺に委ねろ! 心を開放するんだ! 自分の魔力に呑み込まれるぞ!」
「ああ! ハダルさま! 消える…私の身体が…魔力に呑み込まれて…」
「最後まで諦めるなっ! お前は、天才魔法使いだろう!」
「ハダル…さまぁーっっっ!!!」
絶叫とともに、魔力が粉々に粉砕された。
魔力の欠片が、粉雪のように振り注いだ。
その粉雪降る中を、すべての力を使い果たしたかのようにミラは崩折れた。ハダルがしっかりと抱き止めた。
「――大丈夫か?」
「……ありが…とう…ございます」
「噂に違わぬ魔力量だな。ほとんど俺と匹敵する」
「……死んでしまいたい……」
「馬鹿を言うな!」
ハダルにきつく抱き締められた。少年の腕の温もりと、力強い鼓動が伝わってくる。
「こんなに素晴らしい魔力があるんだぞ! 死ぬなんてもったいない」
「素晴らしい……?」
「ああ、素晴らしいさ。もっともっと修練を積めば、魔界で二番目の魔法使いにだってなれる」
「二番……? 一番ではないの?」
「一番は、この俺さ」
ミラは、勝ち気そうな王太子を見上げた。
「ミラ。もっと成長したら、将来、俺の右腕にしてやるぞ」
「え……」
私に居場所を与えてくれるの?
こんな私のために?
「それまで死ぬことは許さん。わかったな?」
「……はい、ハダルさま…はいっ!」
この人のためなら、死んでもいい。
本気でそう思った。
初めて認めてくれたから。初めて必要としてくれたから。
その瞬間、恋に落ちたのだ。……それが、あまりにも残酷な悲劇の恋になるとも知らずに。
「――これが、私の初恋。そのときは、彼こそが唯一無二の光だと信じ切っていたわ」
ミラは自嘲気味に目を伏せ、冷めかけたティーカップに視線を落とした。
リーゼは、今にも割りそうなほど強くティーカップを握りしめている。その瞳には、業火のような激しい怒りが燃え上がっていた。
「……あたしに任せろ。ハダルの面の生皮、根こそぎ引っペがしてやるっ!」
「ふふっ……!」
荒々しく言い放つリーゼに、ミラは温かい眼差しを向けた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。そこには、過去の絶望を埋めるほどの深い信頼が満ち溢れていた。
「ありがとう、リーゼ。……それで、あなたの方はどうするの? ナシラがヘソを曲げてしまったのでしょ?」
「そうなんだよ。困ってるんだ。ナシラはミラのことが大好きなんだろうなぁ。あたしじゃ、ダメなんかな」
「――ナシラを落とすとっておきの秘策、教えてあげましょうか?」
「えっ……!? あるのか、そんな方法が!?」
ミラは、悪戯を企む子どものように相好を崩した。
「安心して。必ず彼女の心を射止めることができると思うわ。よく聞いて、私の言う通りにしてね。それは――」




