第27話 【人間界のリーゼ】どこもかしこも風雲急〜波乱含みなので、バカのフリをします
「……お前は、いったい誰なんだ?」
アルノルトの射抜くような視線がリーゼを捉えた。
(まずいわ! 疑われてる!)
一気に血の気が引いた。背中に嫌な汗が吹き出してくる。周りの人々の視線も冷ややかだ。
本物のリーゼは、反王宮組織『朧月庭』の存在すら知らされていなかったらしい。話の流れから、てっきり承知しているものと思い込んで知ったかぶりをしてしまった。
(こうなったら、徹底的にバカのフリをして押し通すしかないわ……!)
リーゼは、必死で愛想笑いを浮かべた。
「――あはあはっ! やーね、お父さま…じゃない、親父! 変な冗談言わないでよ。ほら、私ってバカだから、今聞いた話を前から知っていたと錯覚しちゃったのよ」
「……あれ? リーゼ。いつからそんな女の子っぽい喋り方になったんだ?」
テオドールが不審そうに眉をひそめる。
「俺は、ガキのときからお前を知っているけど、そんな丁寧な喋り方、7、8歳くらいまでだったぜ?」
「あはあはっ! 一度死んで生き返ったせいかな! ときどき口調がおかしくなっちまうんだよ」
「ときどきというより、しょっちゅうだけどな」
エルガまで呆れたように、ジトっ、と、目を向けてくる。
「まるでどこかの気取った貴族のご令嬢みたいだ。乱暴口調も、どこか作り物っぽいし」
(……! 本物のリーゼの口調を真似しているつもりなのだけど…どうしても貴族としての素が出ちゃうのね……!)
「あはあはっ! おっかしいなあ! 死にかけたときのダメージが相当デカかったのかもな。ほんと、私ってバカだから」
冷や汗を流しながら頭を抱えるリーゼを見て、アルノルトとテオドールは、顔を見合わせた。
「……確かに、その影響はあるかもな。我が娘ながら、お頭のほうは良いとはお世辞にも言えないし」
「リーゼは、ガキのころからヘンな奴だったし。抜けてるのはいつものことか」
二人で妙に納得し合う。
「すまなかった、リーゼ。変に疑ったりして」
「気にすんな、わかってくれれば、それでいいんだ」
(助かったわぁぁ〜……! あの子が普段からおバカキャラで本当に良かった……)
リーゼは、そっと汗を拭った。
(今度ばかりは、誤魔化せないかと思ったわ)
密かに胸を撫で下ろしたリーゼは、ふと、強い視線を感じた。
視線を上げると、彼と目が合った。彼は優雅に微笑むと、何気なさそうに視線を逸らした。
(えっ……!? ヴァルデマールさま……?)
「――それじゃあ、アルノルト。施設内を案内してもらえるかな」
ヴァルデマールは、何事もなかったかのように朗らかに促すと、歩き出した。
ぞろぞろと一行が動き出す中、リーゼは胸の中に湧き上がった不穏なモヤモヤを拭えずにいた。
(……あの視線は、いったいどういう意味だったのかしら。まるで…私が『偽物』だとすべてを見透かしているような……)
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「―オスヴァルトさま。クラヴェが全滅いたしました」
ヴィンツェンツは、直立不動で報告した。
同時に一本のナイフが空を裂いた。
頬を薄くかすめた刃が背後の柱に深く突き刺さる。血が一筋流れても、ヴィンツェンツは微動だにしない。
「……全滅? リュディガーはどうした……?」
オスヴァルトは、左目だけでヴィンツェンツに視線を注いだ。
右目を覆う黒い眼帯。そこからはみ出すように、顔の半面を切り裂く古い傷痕が刻まれている。
「リュディガーは死亡した模様であります」
上官からナイフを投げつけられたヴィンツェンツは、顔色一つ変えなかった。
「死亡……。役立たずが。しょせん、奴程度ではリーゼには敵わなかったか……」
オスヴァルトの視線は、冷え切っている。まるで氷のようだ。見るものすべてを凍らせずにはおかない。
「生存者がいないため、詳細は不明でありますが、不可思議な体術を使い出したようで」
「体術……?」
「手を触れずに、相手を粉砕・消滅させる驚異的な体術であります。おそらくは、気を極限まで高めた気功術のたぐいかと」
「気功術……。今は途絶えた古の体術か……」
オスヴァルトの視線がますます冷え込んだ。そこには、人の温もりや感情がまったく窺われなかった。
「また、アウゲの報告によれば、リーゼのサポート役として、アルノルトも関与している可能性が高いかと」
「アルノルト……。リーゼ復活直後、合流したと思われる父親だな……」
「リーゼ復活にも、何らかの関与が疑われるかと」
「あのリーゼが大人しく刑に処されたというのも、おかしいと思っていた……。父親と示し合わせて、まんまと死を偽装したか……」
「……」
ヴィンツェンツは、無表情のまま、上官の次の言葉を待った。直立不動は、相変わらず微動だにしない。
「……臭うな。リーゼ処刑時の姿のくらまし方といい、今回の動きといい、ただの庭師ではない……」
オスヴァルトは、ナイフを取り出した。舌で刃先を舐め回す。狂気をはらんだ仕草にも関わらず、やはり人の感情がまったく感じられない。
「……アウゲに指令。アルノルトを徹底的に洗え。過去の来歴も含めて、すべてだ……」
「はっ!」
「……リーゼが生き返った……」
冷徹な指揮官は、黒い眼帯の傷痕を撫でた。それは、初めて人らしい感情が動いた瞬間だった。
「……この私に唯一傷をつけたあの女が……。せっかく手の込んだ冤罪まで捏造して抹殺してやったのに……。ならば今度こそ、この手で奴の息の根を止めてやるまでだ……」




