第23話 【人間界のリーゼ】離宮の攻防戦〜嫌なことを思い出したので、情け容赦なく圧倒します
パリンッ!
けたたましい音が複数同時に発生した。
黒装束の集団が離宮の窓を割って侵入してきたのだ。
しかしリビングは、もぬけの殻であった。
黒装束たちは、戸惑って一瞬立ち止まった。
その須弥の時間だけで充分だった。
爆風が起こり、黒装束たちはあっという間に消し飛んだ。
「――昼寝でもしていると思った?」
リーゼが天井に張り付いていた。否、浮いていた。
舞空魔法である。魔族なら子どもでもできる、初歩魔法だ。
「また襲ってくるのは承知済みよ、お間抜けさん」
しかしこれで終わらず、黒装束たちが割れた窓から続々と入ってきた。
「……あらま。数だけはいるのね」
リーゼは浮いたまま、腕を薙いだ。
たちまち爆風が席巻した。
一方。
2階でも黒装束たちは、窓を突き破り、次々と床に舞い降りていた。
光一閃!
黒装束たちは文字通り斬り飛ばされた。
アルノルトが剣を引っ提げ仁王立ちしていた。
「……お前たちの好きにはさせんぞ。我が剣の錆にしてくれよう」
黒装束が短剣を手に襲いかかる。
剣が煌めいた。
光は縦横無尽に駆け巡った。
後には死体の山が積み重なった。
更に別室では。
黒装束たちは、一つのベッドを取り囲んでいた。
相手は怯えているのか、頭からすっぽり布団を被っている。
黒装束たちは、一片の躊躇も見せず、短剣をずぶずぶと布団へ差し込んだ。
哀れ、串刺しにされたかと思われた、刹那。
黒装束の首がポロリと床に落ちた。
首無し遺体は、派手に血を吹き出し倒れる。
他の黒装束が振り向いた瞬間、次々と首が胴を離れた。
「……こんな幼稚な手に引っ掛かりやがって、シャテンアドラーも大したことはないな」
エルガだった。長剣が真っ赤に血塗られている。
「さてと。ほかにも侵入者がいるはず――」
一歩踏み出そうとして、よろめいた。思わず長剣で身体を支えた。
「――くそっ。まだ毒から完全には回復してねえか……」
若竹色の瞳が、ギラギラと物騒に光った。
「まだ倒れるわけにはいかねえ。何としてもヴァルデマールさまをお護りするんだ!」
音もなく黒装束が現れた。
エルガは、長剣を構え直した。
「――てめえら! アルノルトさま直伝の剣術だ。よぉく味わって死にやがれ!」
爆風が綺麗に敵を一掃した。後には服一片、骨の一欠片も残っていない。
敵だけではない。洗練された部屋は惨状を呈していた。
ヴァルデマールお気に入りのロッキングチェアは元より、高級な調度品は見る影もない。まさに暴風が吹き荒れた被災地のような有り様であった。
「……やれやれ。次から次へとよくもまあ、沸いてくるわね。まるで虫みたい――!」
一息ついたリーゼの目の前に、仮面が現れた。
「あら。ようやく親玉のお出まし?」
天井に張り付いたリュディガーの仮面が上下した。どうやら、宙に浮いているリーゼに驚いているようだ。
「……いったい、どんな訓練を積んだ?」
「そうねぇ……」
リーゼは、指を口元に当てて小首を傾げた。
「……教えてあげない!」
リュディガーは、いきなり黒い丸薬を投げつけた。
しかし、何もない空間から出現した網のようなものに絡め取れた。そのまま網はリュディガーをも捉えた。
衝撃で丸薬が割れて、煙が広がった。
まともに煙を被ったリュディガーは、網の中でもがいていた。
「何だっ、これは!? ただの網じゃない……!?」
「やっぱりその仮面、毒を吸わないためなのね」
「……お前、本当にリーゼか? これは、人間技じゃない!」
「ごめんねぇ〜、リュディガー」
リーゼは、にっこり微笑んだ。
「オスヴァルトの左腕だか左脚だか知らないけど、逃げ足だけは速そうだから、動きを止めさせてもらったわ」
「バ、バケモノ……!」
ドクンッ!
心臓が跳ね上がった。
――バケモノめ!
――下級貴族の分際で、高位魔族を超える魔力量だと!?
――ふざけるなっ! このバケモノがっ!
過去の記憶がフラッシュバックした。
冷たい視線。容赦ない罵倒。誰も守ってくれない。誰も助けてくれない。絶望的な孤独感。
(――私は…バケモノじゃないっ!)
スッと、浅葱色の瞳を細めた。
まるで、悪魔のように冷酷に言い放った。
「――死ねよ」
指を弾いた。
爆風が仮面を粉々に砕いた。
一瞬、リュディガーの素顔が見えた。
恐怖に歪んでいた。
すぐに爆風の中で跡形もなく消し飛んだ。
リーゼは、静かに舞い降りた。
唇を強く噛んだ。
そうしないと、叫び出しそうだった。
争闘の気配は止んでいた。
アルノルトたちも、クラヴェを撃退し終わったようだ。
「――リーゼ。リュディガーは仕留めたの?」
ヴァルデマールに声をかけられた。今までどこに隠れていたのか、アルノルトとエルガを従えている。
「リーゼ……?」
返事がないのを不審に思ってか、もう一度声をかけてきた。
リーゼは、振り向いた。満面の笑みと共に。
「――すべて、片付け終わりました。お怪我はありませんか、ヴァルデマールさま!」
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リーゼは、無言で見上げた。
美しかった離宮は、その面影がまったくなくなっていた。
壁はあちこち崩れ、屋根には大穴が空いた。窓という窓はすべて割られ、廃墟寸前であった。
「――行くぞ」
アルノルトが馬を引いてきた。
ヴァルデマールは、馬車の窓から身を乗り出してこちらを見ている。エルガが御者をしているはずだ。
「……うん」
アルノルトに介助されて、馬にまたがった。
「――これから、どこへ行くの?」
「もちろん、隠れ家だ」
「へえ。離宮以外にも隠れ家なんてあったのね」
「お前も知ってる場所だぞ」
「えっ……!? 私?」
(あ……! そうか。本物のリーゼなら、知っている、ということね)
「隠れ家、って、まさか幾つもあるんじゃないでしょうね?」
「さて。いくつあったかなあ?」
「何よ、それ……」
リーゼの明るい笑い声が空に弾けた。
雲一つない、快晴であった。




