第22話 【魔界のミラ】無双伝説の始まり〜四重奏の一人を倒したので、魔導卿に囲われます
「――ミラ姫ッ! あなたはいったい、何者なのッ!?」
「あたし? あたしは、お前らの――死神よ!」
ミラは、大地を蹴った。一瞬でカペラの懐に飛び込む。必殺の鉄棒を振り下ろす。
しかし直前で群がり寄った影狼を斬っただけだった。
カペラは既に距離を取っている。
衝撃は続いているようで、瞠目したまま佇んでいた。
「それに何!? 棒っきれを使った無詠唱魔法? 見たこともないんだけど!? 魔力量だって…何、この数字ッ!」
アストロ・チャートを覗き込んでひっくり返りそうになる。
「大公どころか、魔王さまにだって匹敵するじゃんかッ。しかも、さっき僕のフェンリルから逃れたとき、一瞬だけ魔力量をゼロにしたろ? こんな魔力コントロール、見たことも聞いたこともないよ!」
「うるさいわね! 四の五の講釈を言わないでよ、この悪魔!」
ミラは、鉄棒を構え直した。
「悪魔か、そりゃあ、いい」
カペラは、ニヤッと笑った。まさに悪魔のほほ笑みだった。
「たった今、理解したよ。ミラ姫にみんなが固執する理由が。バグどころじゃない。あなたこそ、魔界にとっての悪魔だ。秩序を破壊する天敵だ。存在しちゃいけないんだ」
「……」
(えらい言われようだな。ミラは、この世界じゃ、生きてちゃいけないらしいぞ)
「――ミラさまは、悪魔などではない!」
シェリアックが断固とした口調で反論した。
「革命家なのだ。ガチガチの身分制度で固まったこの世界を、根底から覆すために天から遣わされた使者なのだ。悪魔? 天敵? それはお前たち特権階級にあぐらをかいた高位魔族にとってだろう? 勝手に魔界すべての意志を代弁するな!」
ほとばしる熱い想いは、しかしカペラには届かない。冷笑で応えた。
「ご高説ご苦労さん。僕には、弱者の遠吠えにしか聞こえないなあ。身分制による秩序こそ、魔界を美しく保っているんだよ。弱者は弱者らしく、底辺にうずくまってりゃいいのさ」
「――それ以上、汚い舌を動かすのはやめなさい。耳が汚れるわ」
ミラの魔力が跳ね上がった。全身をオーラが包む。
「あたしは頭が悪いから、難しいことはよくわからない。だけど、お前の言っていることは許しちゃいけないと、心が叫んでいるわ!」
「うわっ!? また魔力量が上がった? 上限がないのか?」
ミラは、大地を蹴った。
カペラの影が膨らんだ。それは、巨大な一頭の狼となった。
毛並みは夜空を切り取ったかのように漆黒だった。星々の如く妖しい光が毛先のあちこちに煌めいた。そして身体中に狼鎖が脈打つように浮き出ていた。
「フェンリル・グレイプニル!?」
シェリアックの悲鳴と両者の激突が重なった。
一瞬で決着がついた。
鉄棒は、巨狼を紙細工のようにあっさりと斬り捨てた。
「なッ!? そんなバカなッ……!?」
シェリアックに代わって、カペラから悲鳴が上がった。
「フェンリル・グレイプニルの前では、どんな魔法も無効のはずだッ! なぜ魔法が使えるんだ!?」
(魔法? 使ってねえよ。バカじゃねえの?)
「仕留める!」
ミラは、カペラに迫った。
「くっ……!」
カペラが転移魔法で『未知の魔法』の鉄棒から逃れようとした、そのとき。
突如、雷撃が天から降ってきた。
槍のような巨大な雷撃はカペラに直撃した。
轟音が空気を震わせた。圧倒的な魔力量だった。
その場に釘付けにされたカペラを、鉄棒が一刀両断した。
衝撃で大地が裂け、カペラの身体は空間ごと破断された。
「ぎゃあああぁぁ〜ッ!!!」
断末魔の叫び声を残して、獣の星カペラ・フォン・ラスアルゲティは黒い霧となって消滅した。
「――カペラを倒した…死星の四重奏の一人を……」
影狼のくびきからようやく逃れることができたシェリアックは、呆然と佇んだ。信じ難いものを見るように、主を見つめた。
「姫さまぁぁぁ〜っ!」
ナシラがミラに飛びついた。目には涙が溢れていた。
「ありがとうございますぅ〜。ナシラなんかを助けてくださってぇ〜!」
「当たり前でしょ。どこも怪我してない?」
「はいっ!」
「良かった……」
ミラは、ぎゅっと狐娘を抱きしめた。
「――でも、あの雷撃は何だったのかな」
雷撃がなければ、カペラに逃げられていたに違いない。
「文字通り、天の助けだったけど――!?」
ミラは、ふと気配を感じて咄嗟に鉄棒を構えた。
視線の先には、長身の男が立っていた。
「――私の庭先で、何をしている?」
男が言った。威厳に満ちた見映えにしては、涼やかな若い声音だった。紫色の髪からは立派な角が生えていた。
「……お前、誰?」
「お嬢さまっ! お控えください!」
慌てたようにミラを制したシェリアックは、跪いた。
「申し訳もございません、魔導卿閣下」
「魔導卿? 聞いたことあるような……」
ミラは、小首を傾げた。
「娘。私を知らないのか?」
魔導卿は、金色の瞳をくしゃっと崩した。途端、親しみやすい雰囲気に一変した。
「これは面白い。私を知らぬ魔族が魔界にいるとは、想像もしたことがなかった」
「閣下! 我が主の非礼、平にご容赦くださいますよう」
シェリアックは、ますます頭を低くした。
「事情があって、記憶が一部欠落しているのでございます」
「いや、構わないよ。むしろ、興味が湧いた。――娘。名を何という?」
「……お嬢さま。偽名を名乗っ――」
「ミラ・ヴェラティといいます」
小声で注意したシェリアックをミラは無視した。
(隠すのは性に合わない。何も後ろ暗いところはないんだから)
「ミラ・ヴェラティだと?」
刹那。魔導卿の背後に、兵が現れた。揃いの黒い鎧に身を固めた軍であった。
「ちっ……!」
シェリアックは、頭を抱えた。魔導卿に知られては、もはや言い逃れはできない。どうやって切り抜けたらよいのか……。
「魔王さまを呪詛した罪により、滅魔の刑に処された、あのミラ・ヴェラティだと言うのか」
「概ねあなたの言うとおりですが、一点、間違っています」
「間違い? 私はどこか間違っていたか?」
しきりと袖を引っ張るシェリアックを無視して、ミラは続けた。
「処刑されたのは、そのとおりですが、呪詛の件は冤罪です。あたしはハメられたのです」
「冤罪だと?」
金色の瞳が不気味に輝いた。じっとミラを見下ろす。
「閣下! 申し上げます!」
「いや、私は、この娘から直接話が聞きたい」
魔導卿は、気の毒なシェリアックを封じた。そして、驚くべきことを口にした。
「我が居城へ参れ。じっくり話を聞かせてもらおう。――そうそう。私を知らぬミラ姫に、まだ名乗っていなかった」
金色の瞳がまた、くしゃっと崩れた。
「私は――アルファルド。アルファルド・フォン・フォーマルハウトである」




