第21話 【魔界のミラ】影の狼〜刺客が魔力封鎖で拘束してきたので、筋肉で引きちぎります
「姫さま〜っ! お食事の用意ができましたよぉ〜」
ナシラがひょいと顔を覗かせた。
「ありがとうっ! すぐ行くわ!」
ミラは、折れ曲がった鉄の棒を、ビュンビュンと振った。汗がキラキラと飛び散った。
「スープが冷めちゃうから、早く来てくださいね」
「わかったわ!」
「……姫さまは、この邸に来られてから、不思議な儀式を始められた」
ナシラは、小首を傾げた。
「あんな鉄くずなんか拾ってこられて、毎朝熱心に振り回したりして……。どれほど凄い高位の精霊と契約を交わしたのかな」
しきりと首を捻りながら、ナシラは戻っていった。
「……だいぶ、コツが掴めてきた」
ミラは見えぬ敵を見据えた。
「要は魔力を拳に集めていたのを、剣先にまで延ばす感じで――」
鉄の棒が唸りを上げた。
「たたっ斬る!」
「――熱心ですね、お嬢さま」
シェリアックだった。腕組みしながら、熱心にこちらを見つめている。
「まあね。クズ鉄だから、手になじませないとね」
「剣術とやらですか。確かに詠唱魔法には絶大な威力を発揮しますね」
「無詠唱だって、こっちが早ければ完勝よ。シェリアックは、身をもって学んだでしょう?」
シェリアックは、肩をすくめてみせた。
「ところで、お嬢さまご所望の剣ですが、引き受けてくれる魔導具屋が見つかりました」
「ほんと!? それはありがたい」
「ただし、条件があるそうです」
「……条件?」
喜色を見せたミラは、一転、警戒心を露わにした。
「あ、いや、それほど難題というわけではありません。お嬢さまの剣術を直に見せてほしい、というものですから」
「なんだ。お安い御用だわ」
ビュン、と、棒を振るった。
「朝ご飯を食べたら行きましょう。ナシラの作ってくれる料理、美味しいのよ〜。それだけでもナシラが来てくれて、ほんとに良かったわ〜」
ミラは、両頬を押さえてご満悦である。
見た目は絶世の美少女なだけに、悶絶級の可愛さであった。
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カペラは、草原の真ん中で佇んでいた。
目を瞑り、両腕を広げている。
空には雲一つない。陽射しが容赦なく照り付ける。
すると。 足元の影が立ち上がった。
影は一体の大きな黒い狼となった。
「……見つけたかい? フェンリルぅ〜」
カペラは、影狼をわしゃわしゃと撫で回した。
「よしよし、いい子だねぇ〜」
「クゥ〜ン」
影狼は、カペラに甘えて身体をこすりつけた。
「そっか、そっか。ずいぶん東に逃れたんだねぇ。魔導卿の領地の近くじゃないの〜」
カペラは、朗らかに言った。
「よぉし! それじゃあ、行こっか。放浪姫さまのお迎えだ〜っ!」
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「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、姫さま」
手を振るナシラにほほ笑みかけると、シェリアックに向き直った。
「魔導具屋へは、転移魔法で行くのでしょう?」
「無論です」
「では、ちゃちゃっと済ませましょう」
「……」
シェリアックは、じっと見つめてきた。
「……ちょっと! さっきから何なのよ、シェリアック?」
ミラは、軽く睨みつけた。
「ご飯のときもそうだったけど、今日はやたらと人のこと見てくるじゃない? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」
「あ…いや、これは大変失礼いたしました」
シェリアックは素直に謝罪した。
「最近お嬢さまは、言葉遣いが非常に綺麗になりました。裏事情を知っている私ですら、時々本当にお嬢さまがここにいらっしゃるような錯覚に囚われるほどです」
「今さら何? あなたがうるさく言うからでしょう?」
「仰るとおりなのですが……。どうにも落ち着かないというか、気持ち悪いというか――」
「はあっ!? ふざけないでよ! 人に強制しておいて、気持ち悪いって、どういうことよ!?」
(ぶん殴ってやろうかな?)
物騒なことを考えた、そのとき。
突如、シェリアックの足元にあった影が立ち上がった。
「ん? なに、それ?」
ミラに指摘され、驚いて振り返ったシェリアックは、そのまましびれたように動かなくなってしまった。
「あっ…これは!?」
気がついたときには既に遅し。狼となった影は、がっちりとシェリアックの足元を踏み締めていた。
「お嬢さま! カペラの攻撃です! 直ちに日陰にお逃げください!」
「カペラ……?」
「もう、遅いよっ!」
独りの少年が現れた。アストロ・チャートを装着している。高位魔族に違いない。
「影を捕らえた。もう逃げられないよ〜ん」
ミラの影も狼となって足元を押さえた。シェリアックと同じように身動きが取れなくなる。
「フェンリルは影を喰らう。喰われた者は、自らの影に捕らえられる。魔力ある限り、フェンリルから逃れられない」
影狼は、口から黒い鎖を吐き出し、ミラをがんじがらめに拘束した。
「……何これ? 星籠竜鎖とか言うヤツ?」
ミラがのんびり言うと、少年が抗議した。
「そんな安っちいのと一緒にしないでよぉ〜。竜鎖は魔力を抑えるだけ。僕の狼鎖は魔力を吸い取るんだ」
少年は、ミラを指差した。
「魔力が強ければ強いほど、狼鎖も強くなる。ミラ姫を拘束するには、もってこいだと思わない?」
「お嬢さまっ! そいつは、死星の四重奏の一人、獣の星のカペラですっ!」
シェリアックが怒鳴った。
「獣の星のカペラ……。ヘンタイ科学者の仲間なのね」
「ヘンタイ科学者? それって、ドラコのこと? あはははっ!」
カペラはお腹を抱えて笑い出した。
「ケッサクぅ〜っ! ドラコにぴったりじゃあ〜ん! 姫は面白いなぁ〜!」
明るく笑い転げる様子は、天真爛漫な少年にしか見えない。死星の四重奏などと大仰な肩書は不釣り合いである。
だが、天真爛漫さは見た目だけで、本性は悪魔であることがすぐに明らかとなった。
「――きゃあぁぁ〜っ!?」
悲鳴が上がった。
ナシラが影狼に取り憑かれていた。今にもそのあぎとの餌食になろうとしている。
「ナシラ!?」
「狐娘は、ジャマだから、殺しちゃおっ。僕はミラ姫を拘束するように言われているだけだも〜ん」
「――許さないっ! ナシラを――」
狼鎖がバキバキと引きちぎられた。
「――離しなさいっ!」
ミラは大地を蹴った。ドレスのスカートが翻った。
鉄棒が炸裂する。
影狼は、ひと突きで霧消した。
「ウソぉぉ〜ッ!? 何、今のぉぉ〜ッ!?」
カペラが魂消たように叫んだ。
「魔力が乱高下した!? 腕力で狼鎖から逃れた!? どういうこと? どんな術式? ――ミラ姫ッ! あなたはいったい、何者なのッ!?」




