第2話 偽りの処刑場〜魔界から人間界へ転生します
ミラは、無言で椅子に座った。
高位魔族専用の円形処刑場である。
手首、胴、足首に枷がはめられた。
ただの拘束具ではない。魔力を帯びた特殊な魔鋼でできている。
大抵の魔族の魔力では、外せない。だが、ミラの魔力であればやすやすと破壊できるだろう。
それなのに、気力が湧いてこない。
(ハダルさま――)
王族専用の特等席で、こちらを見つめる王太子と目が合った。
心から愛したハダルは、恍惚として笑みさえ浮かべている。
「――私はッ! 魔王さまを呪詛などしていませんッ!」
無駄と知りつつも、声を限りに訴えた。
「黙れ、ミラ!」
しかしハダルは、冷たく言い放った。
「証拠は揃っている。下級貴族のお前を引き上げてやった恩を忘れ、父上を呪詛するとはな。キサマには失望したよ」
「ハダルさま…なぜ信じてくださらないの……」
絶望で胸が塞がれた。
「処刑を始めろ!」
ハダルの声が虚ろに聞こえる。
頭上に浮遊していた魔導リングが頭に被せられた。
その瞬間。絶望が身を焦がすほどの憤怒へと変わった。
「許さないッ!」
背もたれにびっしりと刻まれた紋様が、血流のように明滅し始める。
「私を嵌めた連中に復讐してやるッ!」
ミラの身体が白い光に包まれた。
「覚えていなさい! 地獄の底から蘇って、必ずお前たちを消し炭にしてやるわッ!」
激しい怨嗟と共に光に呑み込まれ、ミラは粒子となって消滅した。
絶対に、タダでは死なない――。
ミラは、白く輝くトンネルを飛んでいた。
肉体は失われ、天才魔法少女、ミラ・ヴェラティとしての意識だけが残っていた。
(……ここは、噂に聞くクロスロード――)
ふと、別の意識が前方から飛んできた。
(――あなたは、誰?)
呼びかけたが、そのまま通り過ぎていった。
すれ違いざま、一瞬だけ交じりあった。
幻のような断頭台がちらっと見えた。
同時に、激しい憎悪や怒りが流れ込んできた。
それは、ミラの意識に渦巻く感情と綺麗にシンクロした。
(――あなたも、愛する人に裏切られたのね)
理解した瞬間、魔力が切れたかのようにぷつりと意識を失った。
ハッとして、目覚めた。
真っ暗闇だった。とても息苦しい。
(ここは…どこかしら――)
何気なく腕を伸ばした。
「痛っ!?」
何かにぶつかった。手探りで確かめる。
「何これ!? 箱の中みたい……」
狭く細長い箱のようなところに横たわっていた。
「これじゃまるで、棺桶の中にいるみたいじゃないの!」
とにかく外へ出たい。
「――あれ?」
蓋を押してみるが、びくともしない。
「どうして…開かないのかしら……」
焦れて、魔法を放った。得意の無詠唱爆破魔法『煉獄の宝華』である。
真っ赤な薔薇の模様の魔法陣が花開いた。
大爆音と共に、箱ごと地面が吹き飛んだ。
土砂や黒煙がまだ漂う中を、むくりと起き上がった。
「……ケホッ、ケホッ! 軽く放っただけなのに。魔力が上手く制御できないわ」
小さなクレーターができていた。辺り一面、何もない。
いや、周囲に呆然と立ち尽くす人影が幾つもあった。
「――そんなバカな!」
一人の男が叫んだ。
「首が繋がっている!?」
「生き返ったぞ!」
人影たちが、騒然とし始める。
「うるさいわね。あなたたち、誰なの?」
誰何するも、人影は聞く耳を持たない。
「まずいぞ!」
「こんなことが殿下に知られたら、俺たちは消される!」
「たかが罪人の娘一人だ」
「今のうちに口封じしちまえ!」
人影たちは、一斉に剣を抜いた。殺気が肌を刺す。
だが、人影の重大な一言を聞き漏らしてはいなかった。
「……殿下ですって? さてはあなたたち、ハダルさま…いいえ、憎きハダルの手下ね?」
怒りがふつふつと湧いてきた。魔力が全身を駆け巡る。
「復讐の手始めよ。死んでおしまいなさい!」
指を軽く弾いた。
大爆風が生じた。高密度の魔弾が人影を呑み込んだ。
人影たちは、文字通り跡形もなく消し飛んだ。
残ったのは、抉り取られた地面だけだった。
「――ふんっ。主人を選び間違えたことを後悔するといいわ」
不思議な高揚感に包まれながら、改めて周りを見回した。
あちらこちらに墓標が見えた。広大な墓地だった。
「ええーっ!? じゃあ、あの箱、本当に棺桶だったの!?」
口元を押さえた。ふと、自分の腕を見つめる。
見たこともない太い腕だった。何気なく力こぶを作る。こんもりと上腕二頭筋が盛り上がった。
「何なの、この無駄に鍛え上げられた筋肉はーっ!? 私の華麗な腕は、どこへ行ってしまったのぉー!?」
ふと、あることに気がついた。そっと頭に手を置く。
「……きゃあ〜っ!? 道理で頭が軽いと思ったわっ。私の自慢の角がない!」
慌てて、魔法で手鏡を錬成した。
恐る恐る覗き込む。
意志の強そうな凛々しい美少女が見返していた。
澄んだ浅葱色の瞳が大きく見開かれている。そして何より、短く刈った唐紅色の頭には、美しい角がなかった。
「――まさかこれって、あれじゃないの!?」
魂消る少女の悲鳴が広い墓地に木魂した。
「おとぎ話に出てくる性悪の人間族になっちゃったー!」




