第1話 裏切りの断頭台〜人間界から魔界へ転生します
リーゼは、一歩を踏み出した。
目の前にあるのは、黒く佇む断頭台。
身に覚えのない『アストリット公爵令嬢暗殺未遂』の罪。死刑を宣告したのは――他ならぬ、心から愛したローレンツ王子だった。
高い特等席から見下ろす彼の瞳には、かけらほどの感情もこもっていない。
(……全部、嘘だと言ってくれ)
胸を裂くような絶望。
だが、冷たい枷が首を固定した瞬間――リーゼの中で何かが弾けた。
悲しみは、一瞬で『灼熱の怒り』へと塗りつぶされる。
(……覚えていろよ、ローレンツ。地獄から這い上がってでも、あたしを嵌めた奴ら全員、その面をぶん殴ってやる……!)
ゴトン、と重い音が響いた。
落とされた刃が、首を断ち切る。
視界が回った。地面が迫る。
死にゆく暗闇の中で、リーゼは激しい怨嗟を呑み込んだ。
絶対に、タダでは死なない――。
リーゼは、白いトンネルを飛んでいた。
眩しいほどに白く輝くそのトンネルは、永遠に続いているようでも、一瞬で終わるようにも思えた。
ふと、何かがすれ違った。
それは、明確に意思を持っていた。すれ違いざま、何かを告げられた。
内容はわからない。が、不思議な共感だけが残った。
確かめるすべもないまま、天才剣士、リーゼ・アメルハウザーとしての意識は途切れた。
ハッとして、目が覚めた。
(――ウグッ!?)
水を大量に飲んだ。息ができない。
巨大な水槽の中だった。
手足をバタつかせた。ガラスの壁に当たった。
理由もわからないまま、思い切りガラスを殴った。
びくともしない。
(そんなバカな――!?)
こんなガラス一枚、簡単に割れるはずなのに。
(く、苦しいッ――!)
このままでは溺れてしまう。もう一度、拳に意識を集中させた。
身体の奥底から、不思議な力が湧いてきた。
力の限り、拳を握り締めた。正拳突き一発!
派手な音をたてて、ガラスが割れた。
大量の水と共に外へ押し出された。
「――ゲホッ! ゲホゲホッ……!」
激しくむせ返る。でも、これでようやく息ができる。
ホッとしたのも束の間。
「ウワーッ!?」
「死人が蘇った!」
「そんなバカな……!」
「耐魔ガラスだぞ!? どうやって破壊した!?」
うろたえ騒ぐ声がやかましい。周りに目をやると、白衣を来た男たちが驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。
だが、何かがおかしい。よく目を凝らすと……
「……なんだァ!? お前ら、悪魔か!?」
揃いも揃って、頭にヤギの角を生やしていた。おとぎ話でよく聞く悪魔にそっくりだ。
しかし男たちは、パニック状態である。
「まずいぞ! このまま生かしておいたら、大公に罰せられる」
「俺たちで殺すんだ!」
「殺すったって、こいつはあのミラだぞ? 敵うわけない!」
「大丈夫! オーバーヒートして魔法は使えない。今なら、俺たちでも殺せる!」
「……ごちゃごちゃうるさいな!」
立ち上がって怒鳴りつけた。言い争っていた男たちは、恐怖に顔を引きつらせた。
「――紅蓮の精霊よ、我が呼び声に応じ、すべてを灰燼に変えん……」
どうやら、怒鳴りつけたのが引き金になったらしい。一斉に呪文のようなものを唱え出す。
(……ヤバい!)
敵意を向けられ、戦士の本能で理解した。何かとても良くないことが起こる。
ならば、先手必勝!
本当は剣がほしいところだが探す余裕がない。
(拳でぶん殴る!)
例の不思議な力を拳に込めた。床を蹴る。
一瞬で懐に飛び込んだ。思い切り顔面を殴った。
男は、一直線にぶっ飛び、壁に激突して動かなくなった。頸があり得ない方向に曲がっている。
腕が軽い。ほとんど手応えがない。藁人形を殴っているようなものだ。
男の末路を確認もせず、次々と男たちを殴り飛ばした。
文字通り、瞬殺だった。すべて片付けるのに10秒とかからなかった。
「……こいつら、誰なんだ?」
不気味そうに遺体に視線を送った。
答えの出ない自問のあと、ようやく落ち着いて辺りを見回す。
得体のしれない配管が壁や天井に張り巡らされている。
台や棚には、薬剤のようなものが雑然と置かれたままだ。
書類にいたっては、あちらこちらに散乱しており、整理する気がないとしか思えない。
「――実験室…かな? 少なくとも地獄ではなさそうだ。おかしいな。確かに首を切られて死んだはずだけど……」
ふと、自分の身体に目をやった。何も着ていない。
「裸ぁーっ!?」
全身ずぶ濡れの生まれたままの姿に、思わず小さな胸を手で隠した。
すぐに、独りだったことを思い出す。
バカバカしくなって、両手を下ろした瞬間。
「――アレッ!?」
瞠目して腕を二度見した。
か細い。
筋肉がまったくない。悲しいほどに貧弱だ。鍛えに鍛えた筋肉が、跡形もなく消えている。
「ウソだろーっ!?」
慌てて、水槽に残った水溜りに駆け寄った。
そこには、見知らぬ絶世の美少女が映っていた。
華奢で小柄な可憐な少女だった。
腰まで届く長い黒髪は、つやつやと輝いていた。紫水晶のような瞳が大きく見開かれて、こちらを見ている。
まあ、それは、別にいい。いや、充分問題があるが、一番の問題は……
「……頭に角が生えているぅーッ!?」
それは、殴り倒した男たちとまったく同じ角だった。
「ええぇーッ!? あたし、悪魔になっちゃったーっ!」




