第17話 【魔界のミラ】伸びる魔の手〜剣がないので、鉄くずを代用します
「よう! みんな、久しぶりぃ〜!」
カペラが会議室に入っていくと、ワズンがジロッと睨んだ。
「先週も会ったばかりだが?」
「そうだっけ? まあ、いいじゃん。そういう細かいことはさ」
「……」
黙り込むワズンには目もくれず、カペラは正面に座るマイアに声をかけた。
「んで、何? 緊急の四重奏会議、って。珍しいんだけど」
「それは、ドラコが来てからだ」
マイアが冷たく突き放した。
「ふ〜ん……」
カペラは、マイアの顔をじっと見つめた。
芸術の神が造り上げた最高傑作の彫像のようだった。タイトルは無論、『美』であろう。
「……なんだ?」
「いや、今日もマイアは綺麗だなあ〜、と思ってさ」
「……」
「きみが大公殿下の娘じゃなきゃなあ〜。絶対に口説き落とすのになあ」
「口説いてみたらどうだ? 私は構わないぞ」
「僕が構うんだよ。そんなことしたら、大公殿下に消されちゃうもん」
「カペラにして、父上が恐ろしいか」
「当然だよ〜ん。魔王さまは別格としてさ、大公殿下に敵う魔族は、ミラくらいじゃない?」
「認めたくないものだな。我ら最高位貴族が、たかが下級貴族の後塵を拝するとは」
「ミラは、一種のバグさぁ。しょうがないよ。たまにヘンなのが出てくるのはさ。もっとも、そのバグはもう消えちゃったけど」
「お前も充分、バグだがな」
巨体を揺らしてワズンが混ぜ返した。
カペラは、ニヤッと笑った。見た目は天真爛漫な少年のようだが、そうすると実に酷薄な悪魔らしい表情になった。
「ワズンに言われたくないね。魔力至上主義のこの魔界で、腕力だけの野蛮な物理戦士だなんてさ」
「誰が野蛮だ? その細首、引きちぎるぞ?」
「あっ……! 大公殿下に敵う魔族がもう一人いたよ!」
存在感だけなら規格外のワズンを無視して、カペラは指をパチンと鳴らした。
「魔導卿を忘れてた! 彼なら充分、対抗できるね。相手が大公なだけにね!」
ドヤ顔のカペラを、二人は無視した。いつもの情景である。
「ちょっと! ここは笑うとこ!」
「――緊急の四重奏会議とは、何なのです?」
カペラが抗議した、そのとき。ドラコが憤慨しながら現れた。
「私は忙しいのです! こんなところでくだらない話に付き合っている暇などないのに!」
「ドラコ。その忙しい理由とは何だ?」
マイアが鋭い視線を向けた。氷のように冷たい視線だった。
「お前、今、何をしている?」
「研究ですよ! ほかにやることなどありません」
「何の研究だ? 例のミラの身体を弄ぶことか?」
「無論です! 彼女は、我が最高の実験――」
「ミラに逃げられた、というのは、本当か?」
長口舌になる前に、マイアは、核心を突いた。
「……」
ドラコは、言葉に詰まった。それが、マイアの指摘が真実であることを如実に示してしまった。
「やはりそうか。ここ数日、おかしな動きをしているから、怪しいと思っていた。拘束していたヴェラティ家の執事が、何者かの手引きで脱獄したという報告も上がってきているし。――ドラコ! そのような重要な事実、なぜ報告しなかった?」
ビン、と、空気が張り詰めた。ある意味、マイアの怒りはメンカルより恐ろしい。
「大公の実験は成功したのです。しかし、不測の事態が起きてミラ嬢は目覚めてしまった。しかも! 不思議な魔法を使うのです。まるでワズンのような、しかし何かが違う――」
「ドラコ! 私は、報告しなかった理由を聞いているんだ!」
ドカンッ、と、雷撃が落ちた。
会議室の床が一瞬で抉れた。空気がビリビリとしびれた。
「――ミ、ミラ嬢に夢中になり、つい失念しました」
「まったく、お前というやつは……」
マイアは、額に手をやった。こめかみに青筋が立ったままだった。
「……それで、ミラは今、どこにいる? 当然、捕捉しているのだろう?」
「そ、それが、一度捕捉したのですが、不思議な魔法から逃れるため、いったん引いたのです。そうしたら、逃げられてしまって――」
「つまり、行方知れず、ということか」
「ミラ嬢は、ヴェラティ家の執事と合流しています。彼を追跡すれば、自ずと行き場所が――」
「お前は、もういい。この件から外れろ」
「えっ!? そんな殺生な……」
「カペラ。頼むぞ」
ドラコは世界の終わりのような表情を浮かべた。マイアはそんなドラコには興味を失ったように、カペラに命じた。
「腕や脚の一本斬り捨てても構わない。必ず生きて捕らえろ。父上はまだ、ミラの魔力をご所望なのだ」
「任せてよ〜ん。殺せと言われるとキッツいけどさあ、捕らえるだけなら、お安い御用だよ〜」
気安く請け負うカペラの影が、まるで生き物のように不気味に蠢いた。
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「ここが、今度のお邸ですかぁ〜?」
ナシラが、嬉々として中へ飛び込んでいった。
「ははっ。ナシラは、子どもだなあ。新居にあんなに興奮しちゃって」
「というより、掃除し甲斐があるからではないですか」
「……まあ、確かに」
ミラは、古ぼけた建物を見上げた。
以前の別邸より小ぢんまりとしていた。汚れや傷み具合は、いい勝負だろう。
「――しかし、転移魔法は、マジ便利。あっという間に引っ越しできちゃうもんね」
「ここが、知っている場所だからですよ。行ったことのない場所へは、座標軸を定められないので転移できないのです」
「王宮のある王都より、だいぶ東側に来たんだっけ?」
「魔導卿のご領地にほど近い、農村地帯です」
「魔導卿? 誰、それ?」
「魔王さまの右腕でいらっしゃる、魔界トップ級のお方です」
「敵なのか?」
「中立でいてくださることを祈るばかりです」
「ふ〜ん……。ところで、シェリアックに頼みがあるんだけどさあ」
魔導卿なる人物への興味を速攻で失ったミラは、紫水晶のような瞳をキラキラと煌めかせた。
「何ですか急に。甘えた声を出して、気持ち悪い」
「気持ち悪いとは、なんだ。失礼な!」
「頼み事があるのでしょう? まずは言葉遣いから改めてください」
(ちっ……。シェリアックって、結構しつこい性格してやがる)
「……あなたに是非、頼みたいことがあるの。聞いてくれる?」
「内容によります」
(……ほんと、可愛くねえ!)
内心、舌打ちするが、おくびにも出さずに言った。
「剣を調達してきてほしいのよ」
「剣…ですか」
「あたしは剣士だもの。拳でも闘えるけど、やっぱり本領は剣なの。ドラコに逃げられたのだって、ほんのちょっと届かなかったからだわ」
あのとき、剣であれば、間違いなく仕留めることができた。
「――わかりました。魔導具屋に当たってみます。普通魔族は、剣など無粋な道具は使いませんからね。特注になるかもしれませんが」
「何でもいいわ。お願いね」
ミラは、折れ曲がった鉄の棒をブンっ、と、力任せに振った。
その辺りで拾った鉄くずである。
(……当面は、この棒を代役にするか)
四重奏の魔の手が近づいていることを、このときミラはまだ知らない。




