第16話 【人間界のリーゼ】渦巻く陰謀〜恋のジャマなので、ライバルは排除します
「殺されるかと思いましたわっ、殿下!」
殺しそうな勢いで、アストリットはローレンツに食ってかかった。
頭には派手派手しく包帯を巻いている。
「それはそれはお可哀想に」
ローレンツは、心持ち身を引いて慰めた。
「とんだ災難でしたね」
「災難どころの騒ぎではございません! 部屋はめちゃめちゃだし、お気に入りのドレスだって、たくさん破れてしまいましたわ!」
亡くなった侍女のことは、一言も言及がなかった。主人を護るため、リーゼという人の形をした災難に果敢にも立ち向かった勇者だというのに。
「しかし、アストリット姫。襲撃してきたのは、本当にリーゼなのですか?」
「この目で見たのです。あんなゴリラ女、見間違いようがないわっ!」
「しかし、生きているはずがない。首と胴が離れるのを、二人で確かに見ましたよね?」
「そんなこと、私のほうが聞きたいですわ!」
「――それについては、私も疑念を抱いています」
恰幅のいい男が口を挟んできた。
メルヒオール・フォン・クラプロット。
公爵にして、ゆくゆくはローレンツの義父となるはずの大貴族である。
「疑念とは何だ、メルヒオール公?」
「かの女の首が落ちるのは、私も確認しました。それなのに無傷の姿で娘の前に現れた。つまり死んだのは、替え玉なのでは?」
「替え玉?」
ローレンツは、あり得ないと思った。
周到に仕組んだのだ。替え玉を用意する暇などなかったはずだ。
「情報を漏らした者がいるのです」
「裏切り者がいると?」
「そうとでも考えなくては、彼奴が生きている理由がつかない。事前に我らの計画を知った彼奴は、替え玉を出頭させ、己は身を隠したのです」
「……」
「そして復讐するために、王都へ舞い戻ってきたのに相違ない」
「イヤよ、イヤよ、お父さまっ!」
アストリットは、父にすがりついた。
「二度とあんな怖い目に遭いたくないわ! どうにかしてよ! あのゴリラ女、今度こそ消してしまってよ!」
「おお、よしよし、アストリットよ」
メルヒオールは、猫なで声で言った。
「何も心配することはないぞ。お前のことは、この父が必ず護ってやる」
「約束よ、お父さま」
「私が約束を破ったことがあるか?」
「……ない」
「よしよし。――それでは部屋へ戻っていなさい。私は少し殿下と話がある故」
「はい、お父さま」
アストリットは、侍女と屈強な男たちに囲まれてローレンツの私室を退出していった。
「――さて、殿下」
娘の退出を見届けると、肉厚なまぶたに覆われた小さな目を向けてきた。アストリットは母親似なのだろう。当人にとっても、ローレンツにとっても、幸いであった。
「よもや盟約をお忘れではないでしょうな」
「……無論だ、メルヒオール公」
「娘は、殊の外あの女を嫌っております。殿下との結婚は、あの女の排除が絶対条件なのですよ」
「承知している」
「では、お任せいたしましたぞ。もし叶わぬときは、あなたの玉座もないものと心得られよ」
そう言い捨てると、メルヒオールは、身を翻した。
ローレンツは、静かに大貴族の背中を見送った。しかし心は別のものを見ていた。
(――リーゼが、生きていた!)
心が揺れる。同時に、暗澹たる想いにとらわれる。
(さぞ、僕のことを恨んでいるだろうね)
玉座とリーゼを両天秤にかけて、結局ローレンツは玉座を選んだ。
それを悔やんではいない。
仕方がなかったのだ。世の中、すべてを手に入れることはできない。一つ手に入れれば一つ失う。リーゼは、尊い犠牲だったのだ。
「――エメリヒ」
しばらく爪を噛んでいたローレンツは、影のように従う若者を呼んだ。
「は」
「至急、オスヴァルトに伝えろ。リーゼ・ヴェラティが生きていた、と」
ローレンツの煉瓦色の瞳には、既に何の感情も現れてはいなかった。
「行方を追え。そして、シャテンアドラーの名誉にかけて――必ず殺せ!」
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「……で、手がかり一つ掴めなかったのか?」
リーゼは、午後ティーを楽しんでいた。本物のリーゼが愛した男に、二度目の殺意を向けられたことも知らずに。
「仕方ないだろ。ちょっと脅したら、アストリットが気絶しちゃったんだから」
「お前と言うやつは…」
アルノルトは、頭を抱えた。
「俺の言ったとおりではないか。結局、暴れただけで終わってしまった」
「今回は、これでいいんだ。初めから、挨拶代わりのつもりだったのだから」
(……ちゃあ〜んと、髪の毛という収穫はあったわよ)
リーゼは、密かにほくそ笑む。
「……まあ、それはよしとしよう。これから証拠集めを進めればいいのだからな。それより、お前、これからずっとその格好で通すのか?」
アルノルトは、リーゼのドレス姿に視線を送った。
さすがに侍女のお仕着せはやめて、リーゼのサイズに合うドレスに着替えていた。
「そうだよ。それが何か?」
「何か、って、お前。剣を振るう格好じゃないだろう」
(まっ! この男、私に剣を持たせるつもりかしら?)
冗談ではない。魔族たるもの、剣などと野蛮な道具は願い下げにしたい。
「いいじゃないか、アルノルト」
ヴァルデマールが笑い転げている。
「リーゼにも考えがあるのだろう。僕は楽しいと思うよ。ドレスをまとった深窓のご令嬢が、天下無双の剣士だなんて」
「令嬢などというタマではありません、殿下」
「ドレス姿は、立派なご令嬢さ」
「……ヴァルデマールさま、笑い過ぎ」
じと、と、月の貴公子に目をやると、リーゼは思い出したように前のめりになった。
「そうそう! ヴァルデマールさま。エルガさまのことを教えてくださらないなんて、ヒドくないですか?」
「それについては申し訳なかった、リーゼ」
ヴァルデマールは朗らかに手を振った。
「仕事柄、きみは知らないほうがいいかと思ったんだよ。まさか、彼女のほうから顔を出すとは予想外だった」
「エルガさまが、諜報員だから? だったら、余計に教えてほしかった。そんな重要な方のこと、私だけ除け者だなんて、信用されていないみたいでがっかりです」
「信用していないなんて、とんでもない。きみのことを大事に思うからこそ、彼女のことを伏せたのであって――」
「知らない!」
ぷん、と、むくれた。
慌てたヴァルデマールが、さらに言い募ろうとした、そのとき。
「ヴァルデマールさまをいじめるんじゃない!」
ふいに声が振ってきた。
振り向くと、絶世の美女が立っていた。
「エルガ!?」
(いつの間に、部屋に入ってきたのかしら?)
エルガは、つかつかとテーブルに近づいた。リーゼに物申すかと思いきや、いきなりヴァルデマールに抱きついた。
「や〜ん! ヴァルデマールさまぁ〜。ただいま、戻りましたぁ」
……絶世の美女は、ヴァルデマールにデレ甘だった。
(何してんのよっ、この女!)
リーゼの片眉が跳ね上がった。
「ご苦労だったね、エルガ」
ヴァルデマールは、にこやかに労った。
(ヴァルデマールさままで、鼻の下伸ばしちゃって…べ、別に私には関係ないけど!)
……リーゼの片眉は、上がりっ放しだった。




