第15話 【魔界のミラ】狐娘の悲劇〜変態科学者が許せないので、地獄の底に叩き落とします
「許してっ! ご主人さま! 何でも言うことを聞きます! どうか叩かないで⋯お願⋯い――」
ナシラは、仰向けに倒れた。
ミラは、ドラコに目もくれず駆け寄った。そっと抱き上げる。星雲模様の耳が力なく垂れ下がった。
「――ご主人さま⋯⋯? 誰のことですか?」
はてな顔のドラコは、くるりと身体を半回転させた。
激しい衝突音が轟いた。
巨大な『眼』が放ったレーザービームを、ドラコが咄嗟に構築した魔法障壁で弾いたのだ。
どちらも無詠唱魔法だった。
「マーカーをつけられるとは、一生の不覚」
シェリアックは、小さな黒いボタンのようなものを指でつまんでいた。これ見よがしに、潰してみせた。
「⋯⋯確かあなたは、ヴェラティ家の執事、シェリアック・コルヴァスでしたね?」
「これはこれは、『死星の四重奏』のお一方に名前を覚えてもらえるとは、光栄至極」
皮肉たっぷりにシェリアックは応じた。ドラコは、素っ気なく答えた。
「サインを所望なら、後にしてください。私は今、大事な実験体を回収している最中なのですから」
「何だと……!? きさまぁ〜っ! ミラお嬢さまを実験体呼ばわりとは⋯殺す!」
「――待て、シェリアックっ!」
激しい制止の声が飛んだ。
「そのクソヤロウは、あたしがぶん殴るっ! 手を出すんじゃねえ!」
こめかみに青筋を立てたミラが、ゆっくりと立ち上がった。
「ナシラとどういう関係か知らねえが、一つだけ確かなことが言える」
ミラの全身から怒りのオーラが吹き出した。
「てめえはナシラにとって、悪そのものだ、ということだっ!」
床を蹴った。一瞬でドラコに肉薄した。魔力で強化した拳をドラコに叩き込んだ。
しかし、渾身の一撃は空を切っただけだった。
「あっ……!? 逃げられた!?」
信じられないことに、ドラコは拳が当たる直前、転移していたのだ。
「――ミラ嬢っ! 必ずあなたを我が手に取り返す! 待っていてください。必ず、必ずお迎えにあがります!」
身体は消えたのに、ドラコの狂気を帯びた言葉だけが耳に残った。
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「星狐族は、性格は大人しく従順。一度忠誠を誓った相手は決して裏切りません」
ドラコが去った後。
ミラとシェリアックは、並んでベッドを囲んでいた。横たわるナシラの耳は垂れ下がったままだった。
「……侍女に、うってつけというわけか」
「侍女待遇は、極めて厚遇です。愛らしい容姿も相まって愛玩相手にする輩が多く、最悪奴隷扱いです」
「なっ……!? あんな可愛い子を奴隷だと!? 魔族の本性は、やっぱり悪魔だな!」
ミラは、拳を強く握り締めた。シェリアックは、その様子を無表情で眺めた。
「魔界では、魔力がすべて。魔力が高ければ高いほど身分が上なのです」
「そんな価値観、クソ喰らえだな!」
「その言葉は下品で、ミラお嬢さまなら、決して口にはなさいません…が、意味するところは、私も同意いたします」
「……へえ。魔族にしちゃ、見どころがあるな、あんた」
「魔族にしては、見どころがありますわね、あなた、です!」
「わかった、わかった! 話を戻そう…戻しましょうよ」
「……実際、ナシラは、ある貴族の元で奴隷のような扱いを受けていました」
「おい、それって、まさか……」
「そのまさかです。奴隷よりもっと酷いかもしれない。なにしろ、実験体にされていたのですから」
「ドラコだな? そうなんだろ?」
ますます拳に力が入る。
「クソヤロウがっ! 許さんぞ!」
「……ちょうどお嬢さまが、ハダル王太子に認められたころです。大公と交流のあった王太子がお嬢さまを連れて、大公家を訪れたことがありました」
「……」
「そこに死星の四重奏もいたのです。主に口を開いていたのはドラコだけですが。そのときの四方山話に、実験体の星狐族が話題になりました。ドラコは、実験体に飽きたのでそろそろ殺そうと思っている、と言いました」
「……」
「すると、お嬢さまが泣いて訴えたのです。殺すのは可哀想。私が引き取る、と」
「さすがは、あたしのダチだ。見直したぜ!」
我が意を得たり、と、ミラは膝を叩いた。シェリアックは、その様子を横目に続けた。今は言葉のしつけを諦めたらしい。
「ドラコは、執念深い性格です。普通なら手放さない。それでもあっさり肯った。おそらく興味の対象が移ったからでしょう」
「ふ〜ん。よくわかんねえけど、良かったじゃねえか。ナシラは地獄の境遇から、ミラという天国へ移れたんだから」
「何を呑気なことを。興味の対象とは、つまりお嬢さまのことですよ!」
「へっ!? あたし?」
「いや、無論、あなたではなく、本物のほうです」
「なんだよ、脅かすなよ」
「しかしドラコは、お嬢さまが入れ替わったことを知らない。あなたを執拗に追ってきますよ」
「うへえ〜。カンベンしてくれ」
ミラは嫌そうに舌を出した。それなのに可愛さが少しも損なわれない。
「……当時から、ドラコはお嬢さまに注目していました。どこか成長を楽しむようなところもあった。そしてついに、長年の野望を叶える機会が訪れた。お嬢さまの処刑です」
「む……」
「冤罪を仕組んだのは王太子で間違いないと私は睨んでいます。しかし、背後には大公がいる。臣下のドラコがお嬢さまの身体を管理していたのがよい証左です」
「むむむ……! 難しくなってきた」
ミラは、こめかみを押さえながら言った。
「よくわかんないんだけどさ、ちょくちょく出てくる大公、って、そもそも誰だよ?」
「メンカル・フォン・オルロフ。魔王さまの弟君にあらせられます」
「魔王の弟……」
「大物ですよ、あらゆる意味において。私がわからないのは、なぜ大公と王太子が手を組んだのか、ということです。魔王さまの後継争いからすれば、敵対しておかしくないのに」
「細かいことはどうでもいい。誰だろうと、殴り倒せば済む話だ」
「またそのように、乱暴な……」
シェリアックが頭を抱えた、そのとき。
「――あれ?」
ナシラが目を覚ました。
「気がついたか! 良かったぁ〜」
「――姫さま? どうしてここに?」
星雲模様の耳が、ピン、と立った。
「お前はもう、何も心配しなくていいぞ」
ミラは、ナシラの頭をそっと撫でた。
「今まで親友のために拳を振るってきたけど、この世界で明確にあたし自身の目的ができた」
ミラは獰猛に笑った。それはまさに、獲物を狙う野獣そのものだった。
「ドラコだけは、絶対に許さねえ。あたしがこの手で、地獄の底に叩き落としてやるっ!」




