第14話 【魔界のミラ】新メンバーは狐の女の子〜めっちゃ可愛いので、侍女にします
「筋肉が足りねぇーっ!」
腹筋トレーニングをしてみたが、数回で起き上がれなくなった。
それでもミラはめげない。
今度は、腕立て伏せを始める。これも数回で突っ伏した。
それでもミラは諦めない。
腹筋と腕立て伏せを、飽くことなく繰り返した。
「――ただいま戻り――お嬢さま!?」
帰宅したシェリアックは、我が目を疑った。
「何をなさっておいでなのです!?」
「おう、お帰り! 筋トレだよ、筋トレ!」
「は? 何ですか、『キントレ』とは?」
「筋トレ知らねえのか? 魔族の身体は貧弱過ぎるんだよ! だから、鍛えてるんだ!」
「お嬢さま! 言葉が乱れております!」
「⋯⋯ホント、お前はしつこいねえ!」
「これはやはり、彼女を呼び寄せて正解でしたね」
「あ……? 何だって?」
「入ってきなさい」
シェリアックは、後ろに声をかけた。
「――姫さまあぁぁ〜っ!」
丸っこい動物が駆け込んできた。
「生きていらっしゃったんで――ええぇっ!?」
腕立て伏せをしているミラを見て、急停止した。
よく見ると、それは、獣人族だった。尖った耳とふさふさの大きな尻尾が愛らしい。
「何をなさっておいでなので!? もしや、新魔法開発のために、大地の精霊と交信をなさってるとか!?」
「違ぁ〜うっ……!」
筋力が続かず、ミラはまた床に突っ伏してしまった。
「大地とキスなさった!? 契約が成立したのですね!?」
「……だから、違うって。ていうか、あんた、誰?」
「ええぇぇぇーっ!?」
獣人族の少女は、涙目になった。
「ナシラをお忘れなんて…ヒドいっ! ヒド過ぎます! よよよっ……!」
「いやっ、違うんだ、ナシラ!」
慌ててシェリアックが肩を抱き寄せた。
「お嬢さまは、持ち前の圧倒的な魔力で、死の淵から復活なさった。でも、その後遺症で記憶が一部欠落なさっているんだ。――そうですよね? お嬢さま!」
シェリアックが目配せした。
「……そ、そう! お前のことを忘れるわけないじゃねえか、ナシラ!」
(おい、シェリアック! ナシラ、って誰だよ!?)
ミラは、目配せする。シェリアックは、それに応えて、
「ほらっ! お嬢さまも仰ってるだろう? お嬢さまに長年仕えている侍女のナシラ・ライラを忘れるわけないと!」
「……ホントですかぁ?」
ミラは、こくこくと頷いた。
「ほんと、ほんと! あたしの大事な侍女だよ!」
「……やっぱり、お忘れだわぁ〜っ!」
ナシラは、シェリアックの胸にしがみついて号泣した。
「姫さまが、そんな喋り方するわけないわぁ〜っ!」
シェリアックが睨んできた。
(めんどくせ〜!)
内心、げんなりした。しかし、このままでは収拾がつかない。仕方なく、
「ごめんなさい、ナシラ。例の後遺症で、興奮すると言葉遣いが乱暴になってしまうの。許してちょうだい」
「……ッ、そうだったんですか。姫さまも大変だったのですね」
ナシラは、涙を拭うと、改めてミラの前に立った。
「――では姫さま。いつものをお願いします」
(いつもの!? 知らねえよっ)
シェリアックに目で助けを求める。
彼は、しきりに己の頭を撫でていた。
(頭を撫でろ、ということか?)
そおっと狐色の髪を撫でた。ナシラは、紺色の目を細めてご満悦の様子である。
(か、可愛いっ……!)
よくよく見れば、愛嬌のある可愛らしい少女だった。笑うとえくぼができるのが愛らしい。尖った耳には、星雲のような模様があった。
「――ありがとうございますっ! これで元気百倍になりました!」
「そ、それは良かったわね」
「はいっ。――シェリアックさまの仰るとおり、ヒドい部屋ですね」
ナシラは、一渡り見回すと、紺色の手袋を外した。
掌に黒い渦が生まれた。
ナシラが手をかざすと、黒い渦に埃が吸い込まれた。
「――姫さま。ほんのしばらくご辛抱を。ナシラがお側に参ったからには、すぐに環境を整えてご覧に入れます!」
ミラは、雄大なため息をついた。そして、ジロッとシェリアックを睨んだ。
「……当然、説明してくれるんだろ…じゃなかった、くれるのでしょうねっ!?」
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「――ナシラは、星狐族といって、いわゆる獣人族です」
ミラとシェリアックは、綺麗に拭き清められたダイニングテーブルで、午後ティーを楽しんでいた。
ナシラは今も、邸中を掃除しまくっている。
「お嬢さまの身の回りのお世話をする者が必要と思い、急遽呼び寄せました」
「身の回りのことは、自分でできるよ」
「なりません。姫君たるもの、かしずかれることも時には必要です」
「意味わかんねえ…わからないわ」
「もし、必要ないと仰ると、ナシラは職を失うことになりますが、それでもよろしいので?」
「うっ…」
言葉に詰まったミラに、シェリアックは、ティーカップを掲げてみせた。
「よろしいではありませんか。お嬢さまとナシラは大変仲がおよろしかった。私は外出することが多くなるでしょうし、同性同士で話したいこともあるでしょう。話し相手にぴったりですよ」
「……まあね。ナシラは、可愛いし」
ミラは、まんざらでもなさそうな様子を見せた。見守るシェリアックの眼差しは温かい。
「――ところでお嬢さま。例の魔導具の件ですが――」
「――おやおや、こんなところに隠れていたとは、見つからないはずだ」
シェリアックを遮るようにして、突然、声が降ってきた。
「あっ!? お前は!」
ミラは驚いて立ち上がった。椅子が派手な音を立てて倒れた。
「ヘンタイ科学者!?」
「ヘンタイ科学者? 誰のことです、それは?」
ドラコは―それは無論、ドラコ・フォン・エルタニンだった―本当にわからないらしく、やたらと頭を捻っている。
「転移魔法だと!?」
シェリアックも、けたたましい音をたてながら立ち上がっていた。
「そんな馬鹿な⋯なぜ正確な座標軸を定められるのだ? ――あっ、しまった!」
シェリアックが青ざめる。
「申し訳ありません、お嬢さま。知らない間にマーカーをつけられたようです」
「なんだよ、マーカーって」
「お嬢さま! ここは私が食い止めますっ。ナシラを連れてお逃げください!」
「ようやく探し当てましたよ、ミラ嬢。我が最高の実験体!」
三人とも、相手の話を聞く気がないのか、まったく会話が噛み合わない。
「――あれぇ? 姫さま。どなたかお客さまですか?」
間の悪いことに、ナシラが顔を覗かせた。ドラコを一目見た途端、耳をつんざく悲鳴を上げた。
「許してっ! 許してくださいっ! ご主人さまっ!!」




