第13話 【人間界のリーゼ】初の直接対決〜根性なしだったので、悪役公爵令嬢をシメます
王宮内は、思ったより落ち着いていた。
庭園の方から爆発音のようなものは聞こえたらしい。
しかしそれが、歩く魔法砲台によるものとは想像の外である。正常性バイアスと似たような心理作用が働いたのかもしれない。
おかげでリーゼは、難なく侵入を果たした。
「――ええっと、ヴァルデマールさまに教えていただいた部屋は、っと⋯あっ! ちょっとすみません」
廊下をすれ違った侍女を呼び止めた。
侍女は、驚いたようにリーゼを穴の空くほどジロジロと眺め回した。
「⋯⋯何ですか?」
「アストリット公爵令嬢さまのお部屋は、どちらでしたかしら?」
侍女は、不審そうに尚も見回している。咄嗟に言い訳した。
「あ! ご主人さまから手紙をお届けするように命じられたのです。でも私、王宮に上がったばかりで、お部屋の配置がまだわからなくて⋯。先輩はいじわるだから、教えてくれないの。助けていただけませんか」
「⋯⋯それでしたら、5階の東側フロア、右から3番目です」
(うん。間違いない)
「ありがとう! 恩に着るわ」
侍女は、そそくさと去っていった。関わり合いになりたくない、という態度が見え見えである。
リーゼは、まったく気にしたそぶりも見せず、教えられたほうへとずんずん進んだ。
「――ここね」
目的地らしい部屋のドアを叩く。
「どなたですか?」
中から返事があった。
「ローレンツ殿下から、緊急のお報せでございます」
バタバタと足音が聞こえ、ドアが開いた。リーゼは、強引に身体をねじ込んだ。こういうとき、頑丈な身体は便利だ。
「ちょっと!? 失礼ではないですか!」
侍女の咎める声が飛んだ。構わず怒鳴りつけた。
「動くな! 動くと全員殺すぞ!」
「⋯⋯ヒッ⋯⋯!?」
喉を締め上げられたような悲鳴が上がった。
悲鳴の主は、蒼白な顔で豪華な椅子から立ち上がっていた。金髪巻き毛でまあまあ綺麗な顔をした女だった。青い目は、瞬きを忘れてまん丸に見開かれいる。
「あなたね、アストリットというのは」
「⋯⋯そ、そんな⋯馬鹿な⋯⋯」
アストリットは、わなわなと全身を震わせた。手にしたワイングラスが床に落ちて派手に割れた。中身が床に広がる。まるで血のようだった。
「な、なんで生きているの!? あり得ないわ! 断頭台で死んだじゃないの! 私の目の前で!」
「あいにくと悪運が強いのよ〜。なにしろ、誰かさんに無実の罪を着せられたでしょう? 地獄の王も憐れんで、生き返らせてくださったのよ」
「ウソよ! ウソよ! あり得ない! あり得ない!」
パニックになって、金髪を振り乱した。
「静かにしろ!」
リーゼは、指を壁に向けて弾いた。爆音と共に壁が崩れた。
「ヒィッ⋯⋯!?」
アストリットは、全身を強張らせた。完全に血の気が引いている。今にも倒れそうだ。
リーゼは、つかつかと近づいた。
「正気のあるうちに、あなたに尋きたいことがあるの。正直に答えてちょうだい」
いきなり腕を取った。白い肌が目に眩しい。
「リーゼの短剣で斬りつけられた、と証言したそうね。殺されそうになって、咄嗟に腕で庇ったと。でも、どこにも傷痕がないわ」
「⋯⋯」
「本当に斬られたの? 偽装ではないの?」
ふいに、侍女の一人が動いた。短剣を振りかざし襲ってきた。
リーゼは、指を軽く弾いた。爆風で侍女は骨も残さず消し飛んだ。
「きゃあぁぁ〜っっ!?⋯⋯――」
侍女が何人も気絶して倒れた。
アストリットが震える声で言った。
「⋯⋯バ、バケモノ――」
「――!」
『バケモノか!?』
突然、過去の記憶がフラッシュバックした。
子どものころの記憶。
『なんだ!? この魔力量は!?』
『高位魔族並みだぞ!』
『こんな幼い子どもが⋯信じられん』
大人たちは、寄ってたかって幼い子どもを責め立てた。
『バケモノめ! ――バケモノ! ――バケ――』
「――私はバケモノじゃないっ!」
爆風が天井や壁を抉り取った。瓦礫がバラバラと落ちてきた。
「⋯⋯た、助けて⋯命だけは⋯お願いよ⋯⋯」
アストリットは、泣き出した。リーゼは、冷酷に断じた。
「どの口が言うの? リーゼを断頭台で殺しておいて」
ぐい、と顔を近づけた。息がかかるほどの距離だ。
「そんなにリーゼが邪魔だった? ローレンツと結ばれたいがために? 正直に知っていることを言いなさい。あなたの父、メルヒオール公は、ローレンツと手を組んだのでしょう? ローレンツは、玉座に目が眩んで、あなたと口裏を合わせ――」
アストリットは、白目を向いて気絶した。
「――だらしないわね。この程度で気を失うなんて。⋯⋯ん?」
違和感を感じて足元に目を向けた。アストリットのスカートの下から、液体が流れていた。
「きゃあっ!? 汚ぁ〜いっ!」
慌てて腕を離した。アストリットは、ゴツン、と頭を床に打ち付けて倒れた。
「信じられないぃ〜。失禁までして⋯悪役なら悪役らしく、私を怒鳴り返すくらいの度胸が欲しかったわ」
束の間、意識のないアストリットを白い目で見ていたが、ふいに口角を上げた。まさしく悪魔の微笑みだった。
「⋯⋯いいこと思いついちゃった」
リーゼは、アストリットに手をかざした。しばらくそうしていたが、今度は、頭側に回って金髪を一本抜き取った。
「⋯⋯これでよし、と。目的は達したわ。ひとまず、帰りましょ」
「――おっと、リーゼ。挨拶もなしに帰るつもりか?」
ゆっくりと振り向いた。
揃いの黒い軍服姿に、いつの間にか包囲されていた。
「⋯⋯シャテンアドラーか」
「王宮のど真ん中で、こんなに派手に暴れやがって。俺たちをおびき寄せるためか?」
「さあ? どうかな」
「アウゲからの報告は聞いていた。この目で見るまでは信じられなかったが、本当に生きていたとはな。どんなトリックを使った?」
「お前の名前だけ聞いておこうか?」
「なに!?」
「夢のお茶会で、あの子に報告したいから」
「⋯⋯!」
黒軍服が殺気を放った。剣の柄に手をかけた瞬間。
リーゼは腕を薙いだ。大爆風が巻き起こった。
黒軍服たちは、何が起こったかわからないままこの世から消滅した。
アストリットの部屋は、ほぼ壊滅した。それだけではない。周辺の部屋も大半の壁が崩れている。かろうじて、彼女が気絶して横たわっている床だけが無事だった。
「⋯⋯さてと。今度こそ、帰ろうっと」
転移魔法の座標軸を定めようとした、そのとき。
「へえ。あんた、強いな」
また声をかけられた。
「――まったく。次から次へとよく沸いてくるわね」
ため息をつきながら、視線を送った。
侍女が一人、瓦礫に寄りかかっていた。
絶世の美女だった。豊満な胸が目を引く。
「⋯⋯お前の名前を聞いておこう」
「私? 私はエルガ。エルガ・メッセンゼルだ」
「エルガ。覚えた。それで、お前も消されたいか?」
「冗談だろ。あんたを助けにきたんだ」
「は? 助けだって?」
リーゼは、妖艶な美女を見直した。
「もっとも、必要なかったようだけど」
エルガは、瓦礫に向かって掌をヒラヒラと振ってみせた。そして、驚くべきことを口にした。
「ヴァルデマールさまも、お人が悪い。リーゼがこんなに強いなら、事前に教えてくれたら良かったのに」




