第12話 【人間界のリーゼ】歩く魔法砲台〜女の子なので、ドレスを着て魔法をぶっ放します
「⋯⋯本当に、その格好で王宮に侵入するのか?」
アルノルトは、無遠慮にリーゼを眺め回した。ご丁寧に、頭から爪先まで何回も往復している。
「当たり前だろ。王宮だぞ? むしろドレス姿のほうが自然だろうが」
リーゼは、侍女のお仕着せを着込んでいた。
お世辞にも似合っているとは言えなかった。
腕や脚が太すぎるのだ。
盛り上がった肩や逞しい二の腕のせいで、袖はぱっつんぱっつんだった。
胴回りもピチピチで身体のラインがはっきりわかるし、スカートから覗く脚ときたら、丸太のようだった。
「――侍女というより、剣闘士の女装にしか見えない」
「失礼なっ! 誰が男だ!?」
「⋯⋯あはははっ!」
たまらず、ヴァルデマールが笑い転げた。
見た目は病弱なイケメン貴公子だが、実際はよく笑う明るい青年だった。
「ヴァルデマールさままで⋯⋯。そんなに似合いませんか?」
少し凹む。
「⋯⋯いや、失敬、失敬。僕は、リーゼ嬢らしくて、とても良いと思うよ」
(リーゼらしい、って、どういう意味かしら?)
身体は、天才剣士リーゼ・アメルハウザーだ。しかし心は魔界の天才魔法使いミラ・ヴェラティである。
無論、その秘密を明かしてはいない。ヴァルデマールの視線の先に映っているのは、リーゼだと頭では理解しているのだ。しているのだが⋯⋯。
「――申し訳ない。機嫌を損ねてしまったかな」
難しい顔をして黙り込んだリーゼに勘違いして、ヴァルデマールが真剣な顔で謝罪を始めた。
「笑ったのは、あなたを辱めるとかバカにするとか、決してそんな意味ではないんだ。むしろ、可愛いというか、微笑ましいというか、とにかく、世の常の侍女と同じでなくとも、リーゼ嬢にはリーゼ嬢の魅力が――」
「もう、いいです。言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳にしか聞こえませんから」
口では撥ねつけるような言い方をしたが、心は躍っていた。
(可愛い、だって! ヴァルデマールさまが褒めてくださった!)
「⋯⋯リーゼ。本当に独りで乗り込むのか?」
娘の心情を知ってか知らずか、アルノルトが念を押すように言った。
「俺もついて行ってやるぞ? お前は直情型だから、抑え役がいないと、暴れて終わりになるのではないか?」
(あら。さすが父親ね。あの子の性格を正確に把握しているのね)
「そうでもないよ、アルノルト」
ヴァルデマールが、微笑みながら言った。
「この数日、親しく言葉を交わしてわかった。リーゼ嬢は、頭の回転が早い。きみが言うほど肉体派ではないと、僕は思う」
(今のは何!? 褒めてくださったのかしら!?)
ドキドキした。きっと顔が真赤になっているに違いない。表情を見られるのが嫌でぶっきらぼうに言った。
「――親父は、敵側に面が割れているんだろ? だったら今は、ヴァルデマールさまを守っていてくれ。探索は私がやるから」
「探索なら、ほかに――」
「――アルノルト」
言いかけたアルノルトを、ヴァルデマールがやんわりと制止した。
(ん? 今のは、どういう意味かしら?)
不思議に思いながらも、リーゼは決然と言った。
「それに、今日のところは、公爵令嬢を締め上げてくるだけだから、大人しく帰ってくるさ」
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「⋯⋯やれやれ、ようやく転移できるわ」
リーゼは、離宮から少し離れた路上で立ち止まった。
転移魔法で一気に王宮へ侵入するつもりだった。
転移魔法は、簡単そうで実はそうではない。飛翔魔法は子どもでもできるが、転移魔法は高位魔族にしか扱えないのだ。
もし転移先に別の物体があったら、死に直結するからである。
物体は、空間に同時に存在し得ない。重なれば、論理矛盾により双方が崩壊して消滅してしまう。
高度な知識と正確な座標軸を定める緻密な魔力コントロールが必須なのだ。
さすがの天才魔法少女も、魔力出力が制御できないうちは、危なくて使えなかったのである。
「⋯⋯この筋肉バカ身体のおかげで、魔力コントロールに手こずったけど、やっとコツがわかったわ」
二人の目を盗んで特訓に励んだ成果である。
「転移先は、庭園の作業小屋にしましょう。一度行っているから、座標軸はわかっているし、人目にもつかないしね」
魔法を念じようとして、ふと気が変わった。
「⋯⋯小屋の中を正確に掴んでいなかった。万が一何かと重なったら一大事だわ。ここは、安全策をとって、小屋の前の庭園にしましょう」
偶然王宮の人間がいるかもしれないが、確率はゼロに近いはずだ。
リーゼは、座標軸を定めると、転移した。
次の瞬間、目の前には王宮庭園の作業小屋が⋯⋯
「えっ――!?」
作業小屋ではなく、黒い装束の人間が目と鼻の先にいた。黒装束も、目を点にしている。
「――!」
お見合い状態だった二人だが、先に動いたのはリーゼだった。
指で軽く空気を押した。爆風が起こり、黒装束は一瞬で消滅した。
「なんだ、今のは!?」
「何が起こった!?」
異変に気づいて、ほかの黒装束が一斉にリーゼを注目した。
「何者だっ!」
「怪しい奴め!」
殺気が殺到する。
「ちっ――!」
黒装束が何者かなど、考えている暇もない。どうせロクな奴らではないのだ。
リーゼは、腕を薙いだ。
大爆風が巻き起こり、黒装束を根こそぎ消し飛ばした。
遠く、作業小屋が壊滅して消えるのが見えた。
「あらら〜っ!? 作業小屋があんなに遠い所に⋯⋯」
リーゼは、思わず両肩を抱いた。
「危っなぁ〜い! 座標軸がめちゃめちゃズレてるじゃないのぉ〜」
危うく大惨事になるところだった。まだまだ魔力コントロールは完璧というわけにはいかないようだ。
もっとも、アルノルトにとっては、大惨事と言えなくもない。
庭園の大半が消滅していたのだ。アルノルトが丹精込めて整備していたであろう、庭園が。
リーゼの魔法の威力は、まさに砲台以上である。
「⋯⋯後で謝っておこう」
殊勝にもそう呟くと、王宮へ向かって走り出した。王宮内こそ危なくて、転移魔法など使えない。
「それでもいいわ。この脚、無駄に筋肉があって軽く走れるもの」
常人を遥かに超えるスピードで、リーゼは王宮の敷地を駆け抜けた。
侍女お仕着せのスカートの裾が、激しく乱れるのも気にしなかった。
「⋯⋯待っていなさい、アストリット。もうすぐあなたの顔を特大の魔法で彩ってあげるわ!」




