Chapter 62 0点の先
チェッカーを受けた7号車と22号車は、クールダウンラップを終えるとパルクフェルメへ向かった。
先に到着した車両が競技役員の誘導に従って所定の位置へ並んでいる。藤原蒼真と中村信治も指定された場所へマシンを止め、エンジンを切った。
藤原はステアリングを外してコクピットから降りると、車体を振り返った。44周を走ったスーパーハードの代わりに装着されたスーパーソフトには、終盤の追撃で拾った細かなゴム片が付着している。
信治も22号車から降り、近くにいた藤原と目を合わせた。
「お疲れ」
「お疲れさまでした。最後、やっぱり速かったですね」
「そのために、前半はずっと我慢していたからな」
「次は抜かれませんよ」
「同じタイヤなら相手をする」
短く言葉を交わしたあと、2人は競技役員の指示を受けて計量へ向かった。
車両も重量測定や燃料サンプルの確認を含むレース後車検を受ける。検査が完了するまで、チームが自由に触れることはできない。
所定の手続きを終えた2人を、パルクフェルメの外でラスタス・パルナーと結城遼が待っていた。
「蒼真、お疲れさま」
「最後のスーパーソフトはよかった。最初の2周で前後とも温度域に入った。スーパーハードは40周を越えてから低速の出口が厳しくなったけど、挙動は最後まで読めた」
「分かった。車両が戻ったらデータと照合しよう」
隣では、信治が結城へ両手の動きを交えて説明していた。
「最後のソフトは、ブレーキを残しても前が逃げなかった。デュランを抜いた時も、2つ目のコーナーまで動きを作れた」
「序盤とは違って、相手の次の動きまで見えていたな」
「最初は、抜けると思った場所ですぐ行きすぎた。58周走って、やっと少し分かった気がする」
「少しでいい。全部分かったと思う方が危ない」
「遼は、終わったあとも厳しいな」
「14位で満足していない顔をしているからだよ」
信治は苦笑した。
「満足はしてない。でも、次に何を直したいかは分かる」
「それなら十分だ。続きはデータを見ながら話そう」
*
表彰台では、クロフォード、ハート、ウェーバーがシャンパンを掛け合っていた。
その映像を背景に、レイナとマリカが開幕戦を振り返る。
「Season 1最初の優勝はクロフォード! 2位ハート、3位ウェーバー。ヴァレンティ、高城さん、シェードまでがポイントを獲得しました!」
「クロフォードは追われても走りを崩さなかった。Apexの速さだけでなく、58周を通して隙を見せなかった勝利ね」
「そしてMUNE RACINGは、藤原さんが10位、中村さんが14位。2台とも完走しました。パイセン、初戦としてはどう見ますか?」
「結果だけなら0点よ。今のIGPは6位までしかポイントを獲得できないから、10位も14位も選手権上は同じ0点になる」
「やっぱり厳しいですね」
「でも、同じ0点でも中身は違う。藤原はスーパーハードからスーパーソフトへつなぐ1ストップを成立させ、信治は2ストップで序盤と終盤にオーバーテイクを決めた。新規参戦チームが最初の決勝で2台を完走させ、次に使えるデータを持ち帰った意味は大きいわ」
「では、成功と言っていいんですか?」
「簡単には決められない。トップとは速さの差があり、ポイントにも届いていない。ただ、何もできずに終わったレースではない。それがMUNEの現在地でしょう」
「10位と14位が、ゴールではなく最初の印になったんですね」
「今日はうまくまとめたわね、レイナ」
「今日は、って何ですか。いつもまとめています!」
「LMP2を知らなかった人が?」
「パイセン、それはもう忘れてください!」
レイナの声が裏返り、放送席に笑いが広がった。
*
取材区域では、藤原と信治が記者に囲まれていた。
「藤原、15番手から10位です。スーパーハードを選んだ時点で、この結果を予想していましたか?」
「そこまで都合よくは考えていません。序盤に失う時間と、終盤に戻せる時間のどちらが大きいかは、走らなければ分からなかった。チームが状況を見て、交換を44周目まで待ってくれた結果です」
「中村、初めてのIGP決勝を14位で終えました」
「長かったです。でも、走るほど自分の悪いところが見えました。序盤は目の前の1台だけを見すぎたし、タイヤを使う場所もまだ粗かった。最後にデュランを抜けたのは、その反省を少し使えたからだと思います」
「次は、さらに上を狙えますか?」
信治はすぐには頷かなかった。
「今日の14位が、次も保証されるわけではありません。コースも条件も変わります。まず今回の58周を全部確認します」
少し離れた場所で聞いていた藤原が、わずかに口元を緩めた。
*
橘ことねは、パルクフェルメに並ぶ2台の写真と正式結果を公式SNSへ掲載した。
初めてのIGP決勝。藤原10位、中村14位。ポイントには届かなかったが、2台のMR-01は58周を走り切り、そろってチェッカーを受けた。
投稿には、終盤のオーバーテイクを喜ぶ声や、見慣れないスーパーハード戦略への驚き、初参戦での2台完走を評価する声が集まり始めていた。
「ことねさん、反応の整理もお願いします」
白石玲奈がスポンサー各社へ送る報告書から顔を上げた。
「10位を大きく見せた方がいいですか?」
「結果は正確に、見やすく書けば十分です。藤原さんと信治さんが何台抜いたか、ロゴがどの場面で映ったか、投稿へどんな反応があったかも、事実としてまとめましょう」
白石は通常の報告書とは別に、A4用紙1枚の資料を開いた。
送付先は、以前から営業を続けながら一度断られた企業だった。
10位と14位だけではない。ゼロから参戦準備を始め、2台で予選を通過し、異なる戦略で58周を完走した過程を、余計な言葉で飾らず1枚へ収めていく。
「それもスポンサー向けですか?」
「ええ。結果が出た時だけ連絡するのではなく、何を積み上げているのかを伝え続けるのが私の仕事です」
*
技術検査が終了し、パルクフェルメが解除されたのは、取材対応が一段落したあとだった。
7号車と22号車がチームへ返却され、ようやくガレージへ運び込まれる。
柴崎哲也は2台が所定の位置へ収まったことを確認し、メカニックたちへ声を掛けた。
「検査は終わった。ここから俺たちの仕事だ。58周で何が起きていたか、全部拾うぞ」
「はい」
カウルが外され、篠崎美月も22号車の左後方を確認する。初めてレース距離を走ったMR-01には、公開テストやフリー走行では得られなかった情報が残っていた。
その作業へ入る前に、桐生美咲がスタッフを呼び止めた。
「点検を始める前に全体写真を撮ります。スポンサー各社への報告にも必要です」
「ああ、忘れてた」
宗村宗一の言葉に、桐生が視線を向ける。
「ことねさんが、先ほどから全員そろうのを待っています」
蒼、オレンジ、シルバーの2台を中央に置き、スタッフが並んだ。
ことねがカメラを構える。
「撮ります。皆さん、少しだけ前を向いてください」
シャッターが切られた。
そこに写ったのは、ポイントを獲得したチームではなかった。
世界選手権で最初の58周を走り切り、0点という結果の中から、次のレースへ進むための材料を持ち帰ったチームだった。




