Chapter 61 最初のチェッカー
51周目、信治は14位のデュランを追っていた。
22号車のソフトは、まだ十分なグリップを残している。対するデュランは低速コーナーの出口で加速が鈍り始めていた。
〈信治、デュランは立ち上がりで苦しんでいる。タイヤを滑らせず、出口を合わせよう〉
〈了解。次の直線で行く〉
信治は最終コーナーへの進入でわずかに距離を置き、前車の乱れた空気を避けながら出口へ向けてアクセルを開いた。
HELIOS V10が厚みのある音を高回転へ伸ばし、ヴァァァァァァーーンという澄んだ響きをウォールの間へ走らせる。22号車はデュランより速く立ち上がり、直線で外側へ並んだ。
デュランもブレーキングで抵抗する。
信治は内側へ寄せすぎず、相手の走行線を残したまま減速した。2台が並んでコーナーへ入り、次の切り返しで内側となった22号車が前へ出る。
デュランを抜き、信治は15位から14位へ上がった。デュランは15位へ下がる。
「中村さん、デュランを抜いて14位! 予選順位から5つ上げました!」
「最初のコーナーだけで決めようとせず、次の切り返しまで考えて走行線を残した。序盤とは違うオーバーテイクだったわね」
〈信治、現在14位。追い越し完了だ〉
〈了解。前は?〉
〈デュボワ。ただし、まず今のペースを守ろう〉
〈分かった。最後まで追う〉
*
12位の藤原は、前方のベルティーニへ近づいていた。
MR-01は最高速でFalcon Motorsportのマシンに及ばない。同じHELIOS V10を搭載していても、高速域へ入ればワークスのFalconに伸びがあり、直線だけで追い越せる差ではなかった。
それでも、スーパーソフトを履く7号車はコーナーへの進入と立ち上がりで距離を縮められる。
〈蒼真、前はベルティーニ。直線だけで並ぶのは難しい〉
〈分かっている。低速区間で崩す〉
52周目、藤原はベルティーニの背後へ入った。
最初の低速コーナーでは仕掛けない。ベルティーニが内側を警戒して浅い角度で進入すると、その出口で7号車との距離が縮まった。
次のコーナーでも藤原はブレーキングを遅らせることに固執せず、立ち上がりを優先する。
「藤原さん、ずっと後ろにいます。でも、なかなか横へ出ません!」
「抜く場所へ向けて、ベルティーニの走行線を少しずつ狭くしている。すぐに飛び込まないことで、相手に内側を守らせ続けているのよ」
「守らせるだけでも、相手のタイヤを使わせられるんですね」
「ええ。ただし、藤原のスーパーソフトにも時間の余裕はない。仕掛けるなら、そろそろね」
53周目、ベルティーニは低速区間で再び内側を守った。
藤原はその動きを見て外側からコーナーへ入り、7号車の速度を残したまま向きを変える。出口でベルティーニの横へ並ぶと、次のブレーキングでは藤原が内側だった。
ベルティーニを抜き、藤原は12位から11位へ上がった。ベルティーニは12位へ下がる。
〈蒼真、現在11位。前はグラントだ〉
〈見えている〉
〈残り5周〉
〈十分だ〉
*
先頭では、クロフォードがハートの追撃を受けていた。
ハートは周回を重ねても離れず、ブレーキング区間でApex GPのマシンへ近づく。鋭い高音を刻むAEGIS V8に対し、クロフォードのORION V12はグォオオオオオォーーンという重厚な咆哮を残しながら高速域でわずかに距離を戻し、首位を譲らない。
その後方ではウェーバーが3位を守り、ヴァレンティ、高城、シェードが得点圏を走っていた。
「先頭も最後まで終わっていません! ハートがクロフォードを追っています!」
「Titanはブレーキングで強い。でも、クロフォードは追いつかれても出口で加速できる走行線を外していない。ハートに決定的な機会を与えていないわね」
「そしてMUNE RACINGでは、藤原さんが10位のグラントを追っています!」
「こちらも重要な争いね。得点圏は6位までだから、10位になってもポイントはない。それでも新規参戦チームにとって、トップ10で最初のレースを終える意味は小さくないわ」
54周目、藤原はグラントの背後へ入った。
だが、Horizon GPのマシンはベルティーニほど立ち上がりで苦しんでいない。藤原が低速区間で距離を縮めても、高速区間へ入ると再びわずかに離される。
〈蒼真、エンジンモードは現在の設定を維持できる〉
〈タイヤもまだ使える〉
〈了解。残り4周だ〉
藤原はグラントの挙動を見ながら、仕掛ける場所を探した。
55周目は動かない。
56周目、グラントが高速区間の出口でわずかに姿勢を乱す。藤原はすぐに距離を詰めたものの、直線で横へ並ぶところまでは届かなかった。
残り2周。
「近い! でも、まだグラントが10位を守っています!」
「藤原も無理に飛び込まない。接触すれば、ここまで積み上げた56周を失うことになる。それでも諦めず、次の立ち上がりへ向けて距離を作っているわね」
*
57周目、藤原は低速コーナーへの進入で、グラントの内側へ7号車を向けた。
グラントが反応し、走行線を内側へ寄せる。
藤原はそこで競らず、外側へ戻った。内側を守ったグラントは出口で加速が遅れ、藤原は速度を残したまま立ち上がると、次のコーナーへ向けて並んだ。
2台が並んだままブレーキングへ入る。
グラントは外側から粘ったが、次の切り返しでは藤原が前だった。
グラントを抜き、藤原は11位から10位へ上がった。グラントは11位へ下がる。
「藤原さん、10位! 残り2周でトップ10へ入りました!」
「一つ目のコーナーで抜こうとせず、グラントに内側を守らせて出口を取った。藤原らしい組み立てだったわね」
〈蒼真、現在10位。残り1周だ〉
〈了解。最後まで持って帰る〉
信治も14位を守り、ファイナルラップへ入った。
〈信治、ファイナルラップ。後ろのデュランには抜かせない〉
〈了解。最後まで集中する〉
*
58周目。
最初にコントロールラインへ戻ってきたのは、クロフォードだった。
「アレクサンダー・クロフォード、Season 1開幕戦オーストラリアGPを制しました!」
続いてハートが2位、ウェーバーが3位でチェッカーを受ける。
4位ヴァレンティ、5位高城、6位シェードまでが開幕戦のポイントを獲得し、その後も各車が次々とフィニッシュラインを通過していった。
藤原の7号車が、10位でチェッカーを受けた。
〈蒼真、チェッカー。10位だ〉
〈了解。みんな、ありがとう。よく最後まで走ってくれた〉
〈こちらこそ、ありがとう。車を戻してくれ〉
少し遅れて、信治の22号車も最終コーナーを立ち上がった。
〈信治、そのままチェッカー。14位、完走だ〉
〈了解。ありがとう。初めての58周、終わった〉
〈ああ。よく持って帰ってくれた〉
22号車がフィニッシュラインを越える。
MUNE RACINGは、初めてのIGP決勝で2台を完走させた。
藤原は15番グリッドから10位、信治は19番グリッドから14位。
ポイントには届かなかった。
それでも58周を走り切った2台には、次のレースへ持っていける経験と、MUNE RACINGが世界選手権を戦った最初の正式結果が残った。
宗村はガレージのモニターに表示された順位を見つめ、ようやく息を吐いた。
「終わったね」
桐生美咲が隣で答える。
「いいえ、宗村さん。始まったところです」
コース上では、蒼、オレンジ、シルバーの2台が速度を落とし、最初のチェッカーを見届けた観客へ手を上げていた。
【58周目終了時点・レース状況】
・藤原蒼真/7号車:10位完走。前はモロー、後ろはグラント。44周目にスーパーハードからスーパーソフトへ交換し、交換後15周使用。ピット1回。車両異常なし。主要無線担当はラスタス。
・中村信治/22号車:14位完走。前はデュボワ、後ろはデュラン。42周目にミディアムからソフトへ交換し、交換後17周使用。ピット2回。車両異常なし。主要無線担当は結城。
・順位変動:51周目、中村信治がデュランをコース上で抜き、15位から14位。53周目、藤原蒼真がベルティーニをコース上で抜き、12位から11位。57周目、藤原蒼真がグラントをコース上で抜き、11位から10位。
・ピット:当Chapter内のピットなし。藤原は44周目の1回、信治は13周目と42周目の2回で全交換を完了。
・天候/路面:ドライ。51周目から58周目まで黄旗なし。SC、VSCなし。
・リタイア:当Chapter内の新規リタイアなし。ノヴァーク(7周目/接触事故/RET)、チェン(18周目/サスペンション/RET)、フェレイラ(31周目/エンジン/RET)、ベルク(42周目/ブレーキ/RET)。完走18台。




