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IGNITION  作者: ムネディ


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65/69

Chapter 59 反撃まで耐える時

37周目、藤原蒼真の背後へダニエル・コスタが迫っていた。

 

コスタはすでにタイヤ交換を終えており、新しいタイヤのグリップを使って、高速区間でも7号車との距離を縮めてくる。

 

対する藤原のスーパーハードは、スタートから一度も交換されていない。低速コーナーの立ち上がりではリアをいたわりながら、HELIOS V10の滑らかな加速を途切れさせずにつなぐ必要があった。

 

ラスタス・パルナーの声が無線へ入る。

 

〈蒼真、後ろはコスタ。向こうは交換を終えた新しいタイヤだ。無理に守る必要はない〉

 

〈了解。ただ、簡単に前へ出すつもりもない〉

 

藤原は直線へつながるコーナーの出口を優先し、ヴァァァァァァーーンと伸びるHELIOS V10の加速を使って、この周はコスタを並ばせなかった。

 

しかし、次の周も同じようにはいかない。

 

コスタは高速区間でわずかに間隔を残し、7号車が作る乱れた空気を避けたまま最終コーナーへ入った。立ち上がりで一気に距離を詰めると、アクセルへ鋭く反応するAEGIS V8がキィィンッ、キィィィーーン! と変速のたびに音程を跳ね上げ、直線で7号車の外側へ並ぶ。

 

藤原もブレーキングまで抵抗したが、次のコーナーで内側にいたのはコスタだった。接触を避けるためにひとつ外の走行線を選び、立ち上がりで余計にタイヤを滑らせることなく、その後ろへ収める。

 

38周目、コスタが前へ出て、藤原は14位から15位へ下がった。

 

〈蒼真、現在15位。今の判断で問題ない〉

 

〈分かっている。次も来るな〉

 

〈ああ。後ろはリヒターだ〉

 

藤原のミラーには、ヨナス・リヒターのマシンがすでに大きく映っていた。

 

*

 

国際映像が、15位へ下がった7号車と、その背後へ迫るリヒターを映し出した。

 

「コスタが藤原さんを抜きました! そして今度はリヒターが接近しています!」

 

「藤原のタイヤが突然使えなくなったわけではない。でも、新しいタイヤとの性能差を走り方だけで補える段階ではなくなっている。ここで強く守れば、ブレーキングと立ち上がりでタイヤをさらに傷めるわ」

 

「それでも、MUNEはピットへ入れません」

 

「止まるなら、新しいタイヤの速さを使える場所へ戻したい。それに、あと数周延ばせれば、終盤に選べるタイヤも変わってくる」

 

「今の順位を守るためではなく、止まったあとに取り返せるところまで待っているんですね」

 

「ええ。ただし、待ちすぎれば失うものの方が大きくなる。今が一番難しい時間ね」

 

39周目、リヒターは7号車の背後から離れなかった。

 

藤原は低速区間で内側を押さえたものの、長く使ったスーパーハードでは出口の加速が鈍い。リヒターは立ち上がりで横へ並ぶと、AEGIS V8の甲高い音を鋭く響かせながら次のブレーキングで前へ出た。

 

藤原は15位から16位へ後退した。

 

〈蒼真、現在16位〉

 

〈了解。タイヤはまだ走れるが、これ以上守ると立ち上がりが悪くなる〉

 

〈分かった。交換後の位置はこちらで再計算している〉

 

朝倉智樹は、コスタとリヒターをすぐに追うことではなく、7号車をピットへ入れたあとにどこへ戻せるかを見ていた。

 

今止めれば、複数の車が競り合う集団へ戻る。あと数周走れば、その集団は前へ移動し、残り周回が短くなることでスーパーソフトも現実的な選択肢へ入ってくる。

 

「44周目まで延ばせれば、残りは14周です」

 

朝倉の言葉を受け、ラスタスは藤原のタイヤ温度とラップタイムを照合した。

 

「スーパーソフトで戦える範囲には入ります。ただ、そこまで今のペースを保てることが条件です」

 

「藤原さんの感触は?」

 

「走れるとは言っていますが、走れることと戦えることは違います。次の2周を見て判断します」

 

宗村宗一は口を挟まず、モニターへ視線を向けた。

 

失った2つの順位は、判断を誤った結果ではない。終盤に使う速さを残すため、今は受け入れなければならない後退だった。

 

*

 

同じ頃、22号車の背後にも、タイヤ交換を終えた車が迫っていた。

 

相手はカルロス・イバニェス。22周目に信治がコース上で抜いた相手だったが、今度はタイヤの状態が逆になっている。

 

〈信治、後ろはイバニェス。向こうのタイヤが新しい〉

 

〈分かってる。抜き返されたくない〉

 

〈その気持ちは分かる。ただ、ここでタイヤを使い切る必要はない。こちらは次の交換を準備している〉

 

〈あと何周?〉

 

〈今の予定では、次の周回までだ〉

 

信治は短く息を吐いた。

 

〈了解。でも、抜かせるために走るつもりはない〉

 

〈それでいい。接触だけは避けよう〉

 

40周目、信治は低速区間で内側を押さえた。

 

しかし、13周目に装着したミディアムは、この周へ入るまでに27周を走っている。出口でアクセルを開けても、22号車は狙ったほど前へ進まず、イバニェスが最終コーナーから距離を詰めてきた。

 

ガァァァァァァッ! 荒く濁ったPHOENIX V8の音が背後から膨らみ、直線で信治の横へ出る。

 

「イバニェスが中村さんに並びました!」

 

「中村も内側を守っている。でも、今のタイヤ差では立ち上がりが苦しいわね」

 

信治はブレーキングで粘り、2台は並んだままコーナーへ入った。次の切り返しまで外側から残ろうとしたものの、先に走行線を押さえたのはイバニェスだった。

 

41周目、イバニェスが前へ出て、信治は18位から19位へ下がった。

 

〈信治、現在19位。次の周回でピットへ入る〉

 

〈了解。タイヤは?〉

 

〈ソフトだ。交換したら、最後まで使い切っていい〉

 

〈分かった〉

 

抜き返された悔しさは、信治の声から消えていなかった。それでも、すぐにイバニェスを追い回してミディアムを壊すことはせず、次に履くタイヤで取り返すため、残った1周を正確につないでいく。

 

順位表示では、藤原が2つ、信治が1つ下がった。

 

だが、藤原は終盤の14周をスーパーソフトで戦える地点へ近づき、信治は新品ソフトへつなぐところまでミディアムを持たせている。

 

後退は、ここで終わる。

 

次の周から、MUNE RACINGの2台は、それぞれが耐えて残した速さを使って前に挑んでいく。

 

【41周目終了時点・レース状況】

 

・藤原蒼真/7号車:16位。前はリヒター。スーパーハード41周使用。ピット0回。低速立ち上がりの加速は鈍っているが、車両異常なし。主要無線担当はラスタス。

 

・中村信治/22号車:19位。前はイバニェス。ミディアム29周使用。ピット1回。タイヤは摩耗しているが、車両異常なし。主要無線担当は結城。

 

・順位変動:38周目/ダニエル・コスタが藤原をコース上で抜く/藤原14位→15位。39周目/ヨナス・リヒターが藤原をコース上で抜く/藤原15位→16位。41周目/カルロス・イバニェスが信治をコース上で抜く/信治18位→19位。

 

・ピット:Chapter 59内でMUNE両車のピットなし。藤原は0回、信治は13周目に行った1回目のピットストップを終えている。その他の車両について、このChapter内で個別に確定したピットはなし。

 

・リタイア:Chapter 59内の新規リタイアなし。ノヴァーク(7周目/接触事故/RET)、チェン(18周目/サスペンショントラブル/RET)、フェレイラ(31周目/エンジントラブル/RET)の3台。

 

・天候/路面:ドライ。黄旗なし。SC、VSCなし。

 

・残存台数:19台。

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