↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IGNITION  作者: ムネディ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/69

Chapter 44 世界へ見せる日

MUNE RACINGの参戦体制発表会当日。

 

会場中央では、MR-01にカバーを掛ける前の最終確認が続いていた。

 

公開テストを走った時と同じ車だった。

 

それでも宗村には、少し違って見えた。

 

「……ずいぶん賑やかになったねえ」

 

隣にいた神谷がMR-01へ目を向ける。

 

「中身は変わってませんよ」

 

「そういう意味じゃないんだけど」

 

日の出環境コーポレーション。

 

夕陽ドリンコ。

 

JURAS。

 

シルバードッグソフト。

 

プロール。

 

そのほか、MUNEを支える企業の名前。

 

公開テストの頃と違い、MR-01の車体にはいくつものロゴが並んでいる。

 

確認を終えたスタッフが、MR-01へカバーを掛けた。

 

少し離れたところでは、白石がスポンサー関係の最終確認を続けていた。

 

「ことね、スポンサー名の表記は?」

 

「全部確認しました。掲載順も大丈夫です」

 

「発表後のSNSは?」

 

「写真を選んでから出します。ブログは発表会が終わってからです」

 

「よし」

 

そこへ桐生が歩いてくる。

 

「玲奈、来賓の案内は予定通り。ことね、取材エリアの導線をもう一度だけ確認して」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

桐生は足を止めず、次のスタッフへ声を掛けていく。

 

会場設営。

 

来賓。

 

スポンサー関係者。

 

報道陣。

 

チームスタッフ。

 

それぞれが問題なく動けるように整えるのが、チームマネージャーである桐生の役目だった。

 

宗村がその様子を眺めていると、桐生が振り返る。

 

「宗村さん」

 

「はい」

 

「そろそろ控室へ行ってください」

 

「俺、代表なんだけど」

 

「だからです。本番直前にどこかへ消えられたら困ります」

 

「そんなに信用ない?」

 

「宗村さんが気になったものを見つけると予定を忘れることは、信用しています」

 

神谷が小さく笑った。

 

「ほら、神谷さんまで」

 

「事実だろ」

 

「味方がいないなあ」

 

桐生は呆れたように息を吐いた。

 

「いいから行ってください」

 

「はいはい」

 

宗村は素直に控室へ向かった。

 

やがて来賓やスポンサー関係者、報道陣が会場を埋めていった。

 

予定の時刻を迎え、会場の照明が落ちた。

 

報道陣の前で、MR-01を覆っていたカバーが外される。

 

蒼。

 

シルバー。

 

オレンジ。

 

MUNE RACINGのカラーに、スポンサーのロゴが重なっていた。

 

サイドポンツーンとリアウイングには日の出環境コーポレーション。

 

エンジンカウルには夕陽ドリンコ。

 

サイドミラーにはJURAS。

 

リアウイング翼端板にはシルバードッグソフト。

 

フロントモノコック両脇にはプロール。

 

さらに、小さくても長くチームを支えてきた企業の名前が各所に並ぶ。

 

シャッター音が一斉に響いた。

 

宗村は壇上からMR-01を見る。

 

MR-00を作っていた頃には、こんな姿を具体的に想像できていたわけではない。

 

分からないことを知るために作った車。

 

失敗から学ぶための車。

 

その失敗を持ち帰り、MR-01へつないだ。

 

そして今。

 

多くの人や企業の名前を背負った車が、世界へ向かおうとしている。

 

壇上には7人が並んだ。

 

チーム代表、宗村宗一。

 

チームマネージャー、桐生美咲。

 

テクニカルディレクター、神谷英治。

 

ドライバー、藤原蒼真。

 

中村信治。

 

技術アドバイザー兼開発補佐、ラスタス・パルナー。

 

チーフストラテジスト、朝倉智樹。

 

質疑応答に入る。

 

最初の質問は、公開テストについてだった。

 

「公開テストでは藤原選手が17番手、中村選手が19番手。トップとの差は1.9秒と2.2秒でした。この結果をどう評価していますか?」

 

宗村がマイクを取る。

 

「参考にはしています。ただ、あれだけで勢力図を決めるつもりはありません。燃料搭載量も走行プログラムも違いますから」

 

一度、MR-01を見る。

 

「でも、僕らがまだ遅いことは分かりました」

 

会場に小さな笑いが起きた。

 

「そこを誤魔化しても仕方ないですからね。トップとの差もあるし、中団のHorizonにもまだ届いていない。ただ、追いかける数字が分かった。それは大きいと思っています」

 

別の記者が質問する。

 

「開幕戦での目標は?」

 

「まずレースをすることですね」

 

「完走でしょうか?」

 

「それも大事です。でも、参加するだけならここまで準備してません」

 

宗村は少し笑った。

 

「今の僕らにできることを全部やって、それでどこまで戦えるか確かめます」

 

次に質問を受けたのは桐生だった。

 

「桐生さん。MUNEはLMP2からIGPへ活動規模を大きく拡大しています。チームマネージャーとして、新規参戦における最大の課題は何でしょうか?」

 

桐生は少し考えてから答えた。

 

「速い車を用意するだけでは、レースチームは成立しません」

 

会場が静かになる。

 

「年間18戦を戦うためには、人員配置、遠征、労務、各部門の連携、スポンサーや外部企業との調整まで、すべてが動き続ける必要があります。どれか1つが止まれば、車も走れなくなります」

 

「公開テストでは、すでにIGPの運営規模を経験しました」

 

「はい。LMP2とは違う部分も多くありました。ただ、分からないことが見つかったなら、次までに直せます」

 

宗村が横で小さく頷く。

 

記者が続けた。

 

「トップチームと比べれば、人員も予算も少ない。それでも1年間戦えると?」

 

「戦える形にするのが私の仕事です」

 

桐生は簡潔に答えた。

 

「少ないから無理だとは言いません。ただ、少ない人数に無理をさせれば成立する、とも考えていません」

 

宗村が少し笑う。

 

「そこは美咲さんにかなり怒られます」

 

桐生が横を見る。

 

「宗村さん」

 

「はい」

 

会場に笑いが起きた。

 

質問は神谷へ移った。

 

「MR-01について、技術面での手応えはいかがでしょう?」

 

神谷は飾らず答えた。

 

「完成したとは思ってません」

 

「発表会の場でも?」

 

「発表したから速くなるわけじゃないでしょう」

 

記者たちが笑う。

 

「公開テストで課題も出ました。ただ、変更した時の反応は比較的分かりやすい。シーズン中に育てていける余地はあると思っています」

 

「開幕時点でトップ勢との差は大きい?」

 

「あります」

 

神谷は即答した。

 

「だから縮めます」

 

藤原への質問が続く。

 

「藤原選手はIGP経験者ですが、新規参戦チームで戦うことへの不安は?」

 

「ないと言えば嘘になります」

 

藤原は落ち着いた口調で答えた。

 

「でも、完成されたチームへ移るわけじゃないことは最初から分かっていました。公開テストでも課題は出ています。ただ、車の反応は分かりやすい。育てられる車です」

 

そして信治。

 

「中村選手。いよいよIGPドライバーとして開幕を迎えます。実感はありますか?」

 

信治は少し考えた。

 

「公開テストでトップから2.2秒離された時の方が実感しました」

 

会場が笑う。

 

「テレビで見ていた世界に来たというより、追いかける相手が数字になった感じです」

 

信治は隣の藤原を見る。

 

「藤原さんにも0.3秒負けてますし。まずそこからです」

 

藤原がわずかに笑う。

 

「俺だけ見てたら後ろから来るぞ」

 

「じゃあ前も見ます」

 

「最初からそうしろ」

 

2人のやり取りに、またシャッターが切られた。

 

やがて記者の1人がパルナーへ質問する。

 

「MUNEは新規参戦チームですが、パルナーさんはIGPで長い経験があります。なぜMUNEを選んだのでしょう?」

 

パルナーがマイクを持つ。

 

「蒼真の推薦がきっかけですよ」

 

「以前から一緒に仕事を?」

 

「最初に会ったのは、蒼真がAsterにいた頃です。その時は別チームでした。本当に一緒に仕事をしたのは、翌年の合同開発テストです」

 

パルナーは藤原を見る。

 

「蒼真は速いか遅いかだけじゃなく、なぜ車がそう動いたのかを説明できた。エンジニアとしては仕事がしやすいドライバーでした」

 

藤原が返す。

 

「ラスタスも判断が早かったからね」

 

「では、藤原選手との関係が加入理由ですか?」

 

「きっかけはね。でも、それだけなら来ません」

 

パルナーはMR-01へ目を向けた。

 

「完成したチームで経験を使うのも面白い。でも、経験のないチームが学んでいくところで、自分の経験がどう役に立つのかを見るのも面白いでしょう?」

 

宗村が横から口を挟む。

 

「そこ、僕が口説き落としたことにしてくれない?」

 

「嫌です」

 

また会場に笑いが広がった。

 

朝倉にも質問が飛ぶ。

 

「朝倉さんも複数のIGPチームで経験を積んでいます。新規チームへ移るのは、ストラテジストとして大きなリスクでは?」

 

朝倉は表情を変えない。

 

「リスクがあることと、選ぶ価値がないことは別です」

 

記者たちの手が動く。

 

「現状のMUNEがトップチームと戦えるとは考えていません。公開テストの数字を見れば分かります」

 

宗村が小声で呟く。

 

「みんな正直だなあ」

 

桐生が横から静かに見る。

 

「宗村さん」

 

「黙ります」

 

朝倉は続けた。

 

「ただ、改善できる材料があります。ドライバーから返ってくる情報もある。チームも判断したことを次へ反映できる。なら、仕事をする意味があります」

 

「藤原選手との過去の関係も影響していますか?」

 

「大きいですね」

 

朝倉が藤原を見る。

 

「以前、藤原さんのスポット参戦で戦略を担当しました。藤原さんがタイヤを残し、必要なところでこちらが判断する。それで5位まで持っていった」

 

藤原が答える。

 

「朝倉は余計なことを言わないから楽なんですよ」

 

「それはこちらの台詞です」

 

2人とも表情をほとんど変えていない。

 

だからこそ、会場には小さな笑いが起きた。

 

最後に、記者の1人が宗村へ聞いた。

 

「藤原選手だけでなく、パルナー氏、朝倉氏とIGP経験者が加わっています。新規参戦としては特徴的な人材構成だと思いますが?」

 

宗村は壇上を見渡した。

 

桐生。

 

神谷。

 

藤原。

 

信治。

 

パルナー。

 

朝倉。

 

「僕が全部集めました、って言えれば格好いいんですけどね」

 

少し笑う。

 

「人のつながりです。藤原さんが紹介してくれた人もいる。でも、来るかどうかを決めたのは本人たちです」

 

一度、言葉を切った。

 

「ただ、経験者に全部任せるつもりはありません」

 

神谷が宗村を見る。

 

「経験のある人から借りる。でも、借りた経験を自分たちの経験に変えないと意味がない。それを繰り返さなければ、いつまで経っても新規参戦チームのままですから」

 

記者の1人が尋ねた。

 

「では、MUNE RACINGが目指すものは?」

 

宗村は少しだけ迷った。

 

そして笑った。

 

「いつか世界一」

 

桐生が横を見る。

 

宗村は続ける。

 

「でも、その前に開幕戦ですね」

 

発表会が終わる頃には、外は暗くなっていた。

 

ことねは撮影した写真を確認していた。

 

MR-01。

 

宗村。

 

桐生。

 

神谷。

 

藤原と信治。

 

パルナーと朝倉。

 

スポンサー関係者。

 

スタッフたち。

 

最後に選んだのは集合写真だった。

 

車だけではない。

 

ドライバーだけでもない。

 

1台のMR-01を世界へ送り出す人たち。

 

ことねは短い文章を添える。

 

迷いは、以前より少なくなっていた。

 

投稿ボタンを押す。

 

MUNE RACINGの今シーズンの参戦体制が、正式に世界へ発信された。

 

人のいなくなった会場。

 

MR-01だけが照明の下に残っている。

 

宗村が眺めていると、桐生が隣へ来た。

 

「まだいたんですか?」

 

「美咲さんもね」

 

「最後の確認です」

 

「俺も」

 

「何を確認してるんです?」

 

宗村は少し考えた。

 

「本当にここまで来たんだなって」

 

桐生もMR-01を見る。

 

LMP2。

 

MR-00。

 

MR-01。

 

ファクトリーの拡張。

 

人材集め。

 

スポンサー営業。

 

シェイクダウン。

 

公開テスト。

 

どれか1つでも欠けていれば、今の姿はなかった。

 

「ここまで来ましたね」

 

桐生が言う。

 

宗村は頷いた。

 

「うん」

 

しばらく2人でMR-01を見る。

 

そして宗村が笑った。

 

「でも、ここからが本番だね」

 

次にこの車が置かれる場所では、発表用の照明はない。

 

22台が同じコースを走る。

 

トップチームも、新規参戦チームも関係ない。

 

時計と順位が結果を示す。

 

開幕戦、オーストラリアGP。

 

MUNE RACINGの最初のレースが、もうすぐ始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。