Chapter 44 世界へ見せる日
MUNE RACINGの参戦体制発表会当日。
会場中央では、MR-01にカバーを掛ける前の最終確認が続いていた。
公開テストを走った時と同じ車だった。
それでも宗村には、少し違って見えた。
「……ずいぶん賑やかになったねえ」
隣にいた神谷がMR-01へ目を向ける。
「中身は変わってませんよ」
「そういう意味じゃないんだけど」
日の出環境コーポレーション。
夕陽ドリンコ。
JURAS。
シルバードッグソフト。
プロール。
そのほか、MUNEを支える企業の名前。
公開テストの頃と違い、MR-01の車体にはいくつものロゴが並んでいる。
確認を終えたスタッフが、MR-01へカバーを掛けた。
少し離れたところでは、白石がスポンサー関係の最終確認を続けていた。
「ことね、スポンサー名の表記は?」
「全部確認しました。掲載順も大丈夫です」
「発表後のSNSは?」
「写真を選んでから出します。ブログは発表会が終わってからです」
「よし」
そこへ桐生が歩いてくる。
「玲奈、来賓の案内は予定通り。ことね、取材エリアの導線をもう一度だけ確認して」
「はい」
「分かりました」
桐生は足を止めず、次のスタッフへ声を掛けていく。
会場設営。
来賓。
スポンサー関係者。
報道陣。
チームスタッフ。
それぞれが問題なく動けるように整えるのが、チームマネージャーである桐生の役目だった。
宗村がその様子を眺めていると、桐生が振り返る。
「宗村さん」
「はい」
「そろそろ控室へ行ってください」
「俺、代表なんだけど」
「だからです。本番直前にどこかへ消えられたら困ります」
「そんなに信用ない?」
「宗村さんが気になったものを見つけると予定を忘れることは、信用しています」
神谷が小さく笑った。
「ほら、神谷さんまで」
「事実だろ」
「味方がいないなあ」
桐生は呆れたように息を吐いた。
「いいから行ってください」
「はいはい」
宗村は素直に控室へ向かった。
やがて来賓やスポンサー関係者、報道陣が会場を埋めていった。
予定の時刻を迎え、会場の照明が落ちた。
報道陣の前で、MR-01を覆っていたカバーが外される。
蒼。
シルバー。
オレンジ。
MUNE RACINGのカラーに、スポンサーのロゴが重なっていた。
サイドポンツーンとリアウイングには日の出環境コーポレーション。
エンジンカウルには夕陽ドリンコ。
サイドミラーにはJURAS。
リアウイング翼端板にはシルバードッグソフト。
フロントモノコック両脇にはプロール。
さらに、小さくても長くチームを支えてきた企業の名前が各所に並ぶ。
シャッター音が一斉に響いた。
宗村は壇上からMR-01を見る。
MR-00を作っていた頃には、こんな姿を具体的に想像できていたわけではない。
分からないことを知るために作った車。
失敗から学ぶための車。
その失敗を持ち帰り、MR-01へつないだ。
そして今。
多くの人や企業の名前を背負った車が、世界へ向かおうとしている。
壇上には7人が並んだ。
チーム代表、宗村宗一。
チームマネージャー、桐生美咲。
テクニカルディレクター、神谷英治。
ドライバー、藤原蒼真。
中村信治。
技術アドバイザー兼開発補佐、ラスタス・パルナー。
チーフストラテジスト、朝倉智樹。
質疑応答に入る。
最初の質問は、公開テストについてだった。
「公開テストでは藤原選手が17番手、中村選手が19番手。トップとの差は1.9秒と2.2秒でした。この結果をどう評価していますか?」
宗村がマイクを取る。
「参考にはしています。ただ、あれだけで勢力図を決めるつもりはありません。燃料搭載量も走行プログラムも違いますから」
一度、MR-01を見る。
「でも、僕らがまだ遅いことは分かりました」
会場に小さな笑いが起きた。
「そこを誤魔化しても仕方ないですからね。トップとの差もあるし、中団のHorizonにもまだ届いていない。ただ、追いかける数字が分かった。それは大きいと思っています」
別の記者が質問する。
「開幕戦での目標は?」
「まずレースをすることですね」
「完走でしょうか?」
「それも大事です。でも、参加するだけならここまで準備してません」
宗村は少し笑った。
「今の僕らにできることを全部やって、それでどこまで戦えるか確かめます」
次に質問を受けたのは桐生だった。
「桐生さん。MUNEはLMP2からIGPへ活動規模を大きく拡大しています。チームマネージャーとして、新規参戦における最大の課題は何でしょうか?」
桐生は少し考えてから答えた。
「速い車を用意するだけでは、レースチームは成立しません」
会場が静かになる。
「年間18戦を戦うためには、人員配置、遠征、労務、各部門の連携、スポンサーや外部企業との調整まで、すべてが動き続ける必要があります。どれか1つが止まれば、車も走れなくなります」
「公開テストでは、すでにIGPの運営規模を経験しました」
「はい。LMP2とは違う部分も多くありました。ただ、分からないことが見つかったなら、次までに直せます」
宗村が横で小さく頷く。
記者が続けた。
「トップチームと比べれば、人員も予算も少ない。それでも1年間戦えると?」
「戦える形にするのが私の仕事です」
桐生は簡潔に答えた。
「少ないから無理だとは言いません。ただ、少ない人数に無理をさせれば成立する、とも考えていません」
宗村が少し笑う。
「そこは美咲さんにかなり怒られます」
桐生が横を見る。
「宗村さん」
「はい」
会場に笑いが起きた。
質問は神谷へ移った。
「MR-01について、技術面での手応えはいかがでしょう?」
神谷は飾らず答えた。
「完成したとは思ってません」
「発表会の場でも?」
「発表したから速くなるわけじゃないでしょう」
記者たちが笑う。
「公開テストで課題も出ました。ただ、変更した時の反応は比較的分かりやすい。シーズン中に育てていける余地はあると思っています」
「開幕時点でトップ勢との差は大きい?」
「あります」
神谷は即答した。
「だから縮めます」
藤原への質問が続く。
「藤原選手はIGP経験者ですが、新規参戦チームで戦うことへの不安は?」
「ないと言えば嘘になります」
藤原は落ち着いた口調で答えた。
「でも、完成されたチームへ移るわけじゃないことは最初から分かっていました。公開テストでも課題は出ています。ただ、車の反応は分かりやすい。育てられる車です」
そして信治。
「中村選手。いよいよIGPドライバーとして開幕を迎えます。実感はありますか?」
信治は少し考えた。
「公開テストでトップから2.2秒離された時の方が実感しました」
会場が笑う。
「テレビで見ていた世界に来たというより、追いかける相手が数字になった感じです」
信治は隣の藤原を見る。
「藤原さんにも0.3秒負けてますし。まずそこからです」
藤原がわずかに笑う。
「俺だけ見てたら後ろから来るぞ」
「じゃあ前も見ます」
「最初からそうしろ」
2人のやり取りに、またシャッターが切られた。
やがて記者の1人がパルナーへ質問する。
「MUNEは新規参戦チームですが、パルナーさんはIGPで長い経験があります。なぜMUNEを選んだのでしょう?」
パルナーがマイクを持つ。
「蒼真の推薦がきっかけですよ」
「以前から一緒に仕事を?」
「最初に会ったのは、蒼真がAsterにいた頃です。その時は別チームでした。本当に一緒に仕事をしたのは、翌年の合同開発テストです」
パルナーは藤原を見る。
「蒼真は速いか遅いかだけじゃなく、なぜ車がそう動いたのかを説明できた。エンジニアとしては仕事がしやすいドライバーでした」
藤原が返す。
「ラスタスも判断が早かったからね」
「では、藤原選手との関係が加入理由ですか?」
「きっかけはね。でも、それだけなら来ません」
パルナーはMR-01へ目を向けた。
「完成したチームで経験を使うのも面白い。でも、経験のないチームが学んでいくところで、自分の経験がどう役に立つのかを見るのも面白いでしょう?」
宗村が横から口を挟む。
「そこ、僕が口説き落としたことにしてくれない?」
「嫌です」
また会場に笑いが広がった。
朝倉にも質問が飛ぶ。
「朝倉さんも複数のIGPチームで経験を積んでいます。新規チームへ移るのは、ストラテジストとして大きなリスクでは?」
朝倉は表情を変えない。
「リスクがあることと、選ぶ価値がないことは別です」
記者たちの手が動く。
「現状のMUNEがトップチームと戦えるとは考えていません。公開テストの数字を見れば分かります」
宗村が小声で呟く。
「みんな正直だなあ」
桐生が横から静かに見る。
「宗村さん」
「黙ります」
朝倉は続けた。
「ただ、改善できる材料があります。ドライバーから返ってくる情報もある。チームも判断したことを次へ反映できる。なら、仕事をする意味があります」
「藤原選手との過去の関係も影響していますか?」
「大きいですね」
朝倉が藤原を見る。
「以前、藤原さんのスポット参戦で戦略を担当しました。藤原さんがタイヤを残し、必要なところでこちらが判断する。それで5位まで持っていった」
藤原が答える。
「朝倉は余計なことを言わないから楽なんですよ」
「それはこちらの台詞です」
2人とも表情をほとんど変えていない。
だからこそ、会場には小さな笑いが起きた。
最後に、記者の1人が宗村へ聞いた。
「藤原選手だけでなく、パルナー氏、朝倉氏とIGP経験者が加わっています。新規参戦としては特徴的な人材構成だと思いますが?」
宗村は壇上を見渡した。
桐生。
神谷。
藤原。
信治。
パルナー。
朝倉。
「僕が全部集めました、って言えれば格好いいんですけどね」
少し笑う。
「人のつながりです。藤原さんが紹介してくれた人もいる。でも、来るかどうかを決めたのは本人たちです」
一度、言葉を切った。
「ただ、経験者に全部任せるつもりはありません」
神谷が宗村を見る。
「経験のある人から借りる。でも、借りた経験を自分たちの経験に変えないと意味がない。それを繰り返さなければ、いつまで経っても新規参戦チームのままですから」
記者の1人が尋ねた。
「では、MUNE RACINGが目指すものは?」
宗村は少しだけ迷った。
そして笑った。
「いつか世界一」
桐生が横を見る。
宗村は続ける。
「でも、その前に開幕戦ですね」
発表会が終わる頃には、外は暗くなっていた。
ことねは撮影した写真を確認していた。
MR-01。
宗村。
桐生。
神谷。
藤原と信治。
パルナーと朝倉。
スポンサー関係者。
スタッフたち。
最後に選んだのは集合写真だった。
車だけではない。
ドライバーだけでもない。
1台のMR-01を世界へ送り出す人たち。
ことねは短い文章を添える。
迷いは、以前より少なくなっていた。
投稿ボタンを押す。
MUNE RACINGの今シーズンの参戦体制が、正式に世界へ発信された。
人のいなくなった会場。
MR-01だけが照明の下に残っている。
宗村が眺めていると、桐生が隣へ来た。
「まだいたんですか?」
「美咲さんもね」
「最後の確認です」
「俺も」
「何を確認してるんです?」
宗村は少し考えた。
「本当にここまで来たんだなって」
桐生もMR-01を見る。
LMP2。
MR-00。
MR-01。
ファクトリーの拡張。
人材集め。
スポンサー営業。
シェイクダウン。
公開テスト。
どれか1つでも欠けていれば、今の姿はなかった。
「ここまで来ましたね」
桐生が言う。
宗村は頷いた。
「うん」
しばらく2人でMR-01を見る。
そして宗村が笑った。
「でも、ここからが本番だね」
次にこの車が置かれる場所では、発表用の照明はない。
22台が同じコースを走る。
トップチームも、新規参戦チームも関係ない。
時計と順位が結果を示す。
開幕戦、オーストラリアGP。
MUNE RACINGの最初のレースが、もうすぐ始まる。




