↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IGNITION  作者: ムネディ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/72

Chapter 39 伝えたいもの

公開テストを終えた夜。

 

ことねのノートパソコンには、今日までに撮影した写真がずらりと並んでいた。

 

MR-01がコースを走る写真。

 

藤原がヘルメットを被る瞬間。

 

コクピットへ乗り込む信治。

 

タイミングモニターを見つめる神谷。

 

無線を聞く結城。

 

スタッフへ指示を出す桐生。

 

企業関係者と話す白石。

 

そして、2台のMR-01を囲むメカニックたち。

 

「……多い」

 

思わず声が漏れた。

 

撮ったのは自分だ。

 

分かっていたはずなのに、いざ並べると途方もない。

 

公開テストの記事を作らなければならない。

 

結果だけなら簡単だった。

 

藤原、17番手。

 

トップから1.9秒。

 

信治、19番手。

 

トップから2.2秒。

 

新規参戦のMUNE RACINGが初めて世界と数字で比較された。

 

そこまで書けば、レポートにはなる。

 

でも――。

 

ことねは画面をスクロールした。

 

指が止まる。

 

写っていたのは、走行を終えた信治と結城だった。

 

2人でモニターを覗き込み、何かを話している。

 

次の写真では、信治が笑っていた。

 

その次は結城が画面を指している。

 

タイムだけを伝えるなら、この写真は必要ない。

 

それでも、ことねは削除候補から外した。

 

「まだやってたの?」

 

顔を上げると、白石が立っていた。

 

「白石さん」

 

「終わりそう?」

 

「写真が多すぎて……」

 

白石が画面を覗く。

 

「ほんとだ」

 

「撮りすぎました」

 

「いいんじゃない? 撮らなかったものは後から選べないし」

 

ことねは少し笑った。

 

「白石さん、スポンサーの方は?」

 

「今日は終わり。名刺いっぱいもらった」

 

白石が自分の鞄を軽く叩く。

 

「成果ありました?」

 

「それがすぐ分かったら営業は楽なんだけどね」

 

そう言ってから、白石はことねの隣に座った。

 

「で、悩んでるのは写真だけ?」

 

ことねは少し迷った。

 

「記事です」

 

「うん」

 

「公開テストだから、結果を書こうと思ってたんです。でも写真を見てたら、それだけじゃない気がして」

 

白石は何も言わなかった。

 

ことねが続きを話すのを待っている。

 

「私、最初は車ばかり撮ってたんです」

 

画面を戻す。

 

序盤の写真には、確かにMR-01が多かった。

 

「でも途中から、人ばっかりなんですよ」

 

白石がスクロールする。

 

神谷と榊原。

 

藤原とラスタス。

 

信治と結城。

 

ペクトと忍。

 

メカニックたち。

 

「ほんとだ」

 

「変ですよね」

 

「なんで?」

 

「レースチームの記事なのに」

 

白石が首を傾げた。

 

「レースするの、人でしょ?」

 

ことねの手が止まった。

 

白石はそれ以上何も言わず立ち上がる。

 

「じゃ、お先に」

 

「え、それだけですか?」

 

「ことねちゃんの記事でしょ?」

 

白石は笑った。

 

「自分で決めなよ」

 

そう言って歩いていった。

 

ことねは再び画面を見る。

 

レースするのは、人。

 

その言葉が残った。

 

*

 

翌日。

 

市原へ戻ったことねは、PRスペースで記事を書き続けていた。

 

何度も消した。

 

最初に書いた文章は、タイムと順位から始まっていた。

 

消した。

 

次はMR-01の説明から始めた。

 

それも消した。

 

「うーん……」

 

後ろを通った宗村が足を止める。

 

「難産?」

 

「見ないでください」

 

「見てないよ」

 

「今、画面覗きましたよね?」

 

「ちょっとだけ」

 

ことねが画面を隠す。

 

宗村は笑った。

 

「別に俺に見せなくてもいいけど、公開する前には確認回してね」

 

「分かってます」

 

宗村が去ろうとする。

 

ことねは思わず呼び止めた。

 

「あの、宗村さん」

 

「ん?」

 

「公開テスト、どうでした?」

 

宗村は少し考えた。

 

「楽しかったよ」

 

「楽しかった?」

 

予想していた答えと違った。

 

「もっと速くしなきゃいけないし、お金もないし、玲奈はスポンサー探して走り回ってるし、美咲には怒られるし」

 

少し離れたところから声が飛ぶ。

 

「聞こえてますよ、宗村さん」

 

「ほらね」

 

ことねが吹き出した。

 

宗村は続ける。

 

「でも、ようやく同じコースに立てたからね」

 

それだけ言うと、宗村は今度こそ歩いていった。

 

ことねはしばらく、その背中を見ていた。

 

そしてキーボードへ手を戻す。

 

今度は消さなかった。

 

記事の最初に置いたのは、走っているMR-01ではなかった。

 

ガレージの写真だった。

 

2台のMR-01。

 

その周囲で働く人たち。

 

タイトルを入力する。

 

『最初の数字、その向こう側。』

 

公開テストで藤原蒼真は17番手、中村信治は19番手。

 

トップとの差は、それぞれ1.9秒と2.2秒。

 

ことねは数字を隠さなかった。

 

世界との差はある。

 

新規参戦だから仕方ない、とも書かなかった。

 

代わりに、その数字が出るまでに何があったのかを書いた。

 

1つの変更を試してはデータを見るエンジニア。

 

走行を終えるたび、自分の感覚を伝えるドライバー。

 

次の走行へ間に合わせるため車を整えるメカニック。

 

全体を動かし続けるチームマネージャー。

 

スポンサー候補のもとへ足を運ぶ担当者。

 

HELIOS、TERRANOVA、JURAS。

 

MUNEだけでは、この2台は走れない。

 

そして最後に、1枚の写真を置いた。

 

公開テスト終了後。

 

順位表示を見上げる宗村と神谷。

 

2人の背中。

 

文章を添える。

 

世界との差が、初めて数字になりました。

 

でも私がカメラ越しに見ていたのは、その数字を見て立ち止まる人たちではありませんでした。

 

次に何をすれば縮められるのか。

 

もう、その話を始めていました。

 

ことねは最後まで読み返した。

 

「……うん」

 

完成した記事を、公開前確認のため桐生へ送る。

 

しばらくして戻ってきた原稿には、事実関係や公開範囲に問題がないことを示す短い返事が添えられていた。

 

ことねは公開ボタンへカーソルを合わせる。

 

1度だけ深呼吸した。

 

クリックした。

 

*

 

しばらくして、反応が届き始めた。

 

ことねはスマートフォンを見る。

 

MR-01が格好いい。

 

新チームなのに意外と走れている。

 

藤原をまたIGPで見られるのが嬉しい。

 

信治を応援したい。

 

スタッフの写真がいい。

 

いろいろな言葉が流れてくる。

 

ことねは少しずつ笑顔になった。

 

「読んでもらえてる……」

 

「そりゃ公開したんだから」

 

後ろから白石の声がした。

 

「そういう意味じゃないです」

 

「分かってる」

 

白石はことねの画面を見る。

 

「いいじゃん」

 

「ほんとですか?」

 

「うん。私には書けない」

 

ことねは意外そうに白石を見る。

 

「白石さんなら書けそうですけど」

 

「私はスポンサーにMUNEの価値を伝える人。ことねちゃんは、もっといろんな人にMUNEを見せる人」

 

白石は記事の写真を眺めた。

 

「似てるけど、同じじゃないよ」

 

ことねは画面へ視線を戻した。

 

自分がMUNEで何をするのか。

 

まだ全部分かったわけではない。

 

でも、少しだけ見えた気がした。

 

*

 

その記事は、ファンだけが読んでいたわけではなかった。

 

別の場所。

 

1台のパソコンに、ことねの記事が表示されていた。

 

画面がゆっくりとスクロールしていく。

 

17番手。

 

19番手。

 

1.9秒。

 

2.2秒。

 

そして、その下に並ぶMUNE RACINGの人々。

 

最後の写真でスクロールが止まった。

 

順位表示を見上げる宗村と神谷。

 

しばらくして、声がした。

 

「……白石さんに連絡して」

 

近くにいた人物が振り返る。

 

「MUNE RACINGの件ですか?」

 

「うん」

 

画面には、ことねが書いた最後の文章が残っている。

 

その人物はもう1度そこへ目を落とした。

 

「1度、ちゃんと話を聞きたい」

 

公開テストは終わった。

 

けれど、MUNE RACINGが世界へ向けて走らせたものは――。

 

MR-01だけではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。