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IGNITION  作者: ムネディ


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Chapter 24 一台になる

市原ファクトリーの組立エリア。

MR-01のモノコックを中心に、スタッフたちが動いていた。

これまでは、それぞれ別の場所にあった部品だった。

サスペンション。

ギアボックス。

配管。

配線。

そして、HELIOS V10。

図面の上では1台の車になっている。

だが、図面どおりに部品が出来上がったからといって、それだけでレーシングカーになるわけではない。

「止めて」

柴崎哲也の声で、美月が手を止めた。

「はい」

柴崎は取り付け途中の部品を覗き込む。

「これ、このまま入れたら次どうする?」

美月も奥を見る。

数秒考えて、顔をしかめた。

「あ……」

「気づいた?」

「こっちを先に付けたら、工具が入りません」

「そういうこと」

寸法上は問題ない。

部品同士が干渉しているわけでもない。

だが、この順番で組めば、次の作業ができなくなる。

美月は取り付けたばかりの部品を見た。

「外します」

「うん」

柴崎は怒らなかった。

美月自身が気づいたからだ。

「図面だけ見てると入るんですけどね」

「車は図面の中で走らないからな」

美月は苦笑しながら工具を持ち直した。

「はい」

「次は?」

「先に奥を終わらせます。そのあと、こっちを付けます」

「やってみよう」

美月は作業へ戻った。

少し離れたところで神谷英治が、その様子を見ていた。

隣には榊原直哉がいる。

「やっぱり出ますね」

榊原が言った。

「出るよ」

「設計では問題なかったんですけど」

「だから組んでる」

神谷は淡々と答えた。

榊原が苦笑する。

「それ、設計した側には結構刺さりますよ」

「刺さっとけ。次に同じことやらなきゃいい」

神谷は組み上がりつつあるMR-01へ視線を戻した。

図面から実物へ。

その境目で見つかるものがある。

MR-00を作った時にも、それを嫌というほど経験した。

だからMR-01では、問題が出ること自体を恐れてはいない。

問題に気づかないことの方が怖かった。

*

午後。

HELIOS V10の搭載作業が始まった。

作業エリアの空気が少し変わる。

吊り上げられたエンジンが、ゆっくりとMR-01へ近づいていく。

柴崎が周囲を確認する。

「焦るなよ。少しずつ」

スタッフが位置を合わせる。

美月も横から確認していた。

「もう少し……はい、そこで」

わずかに位置を修正する。

数センチ。

さらに数センチ。

やがてHELIOS V10が、本来収まるべき場所へ入っていった。

中村信治は、少し離れた場所からその光景を見ていた。

前日まで単体で見ていたエンジンだった。

それが今、MR-01の一部になろうとしている。

隣にいた藤原蒼真が言った。

「見てると長いよ」

「何がです?」

「こういう作業」

「じゃあ見ない方がいいですか?」

「いや。見たいなら見ればいい」

信治は笑った。

「見ます」

エンジンが所定の位置へ収まる。

まだ終わりではない。

固定し、各部を確認しなければならない。

配管も配線も残っている。

藤原がMR-01を眺める。

「やっと車っぽくなってきたな」

「藤原さんもそう思います?」

「今までは部品を見に来てる感じだったからね」

信治も頷いた。

自分がこれから乗る車。

そう聞かされても、これまではまだ実感が薄かった。

だが今は違う。

目の前で、1台のレーシングカーが生まれようとしていた。

そこへ宗村宗一がやって来た。

しばらくMR-01を眺める。

「おお」

柴崎が顔を上げた。

「何ですか?」

「いや、車になってきたなと思って」

「まだ途中ですよ」

「分かってるよ。でも昨日より明らかに車でしょ」

「昨日と比べれば」

「じゃあいいじゃん」

宗村は満足そうにMR-01の周囲を歩いた。

神谷がやって来る。

「触るなよ」

「子供じゃないんだから触らないよ」

「宗村さんはたまに触る」

「信用ないなあ」

信治が笑いをこらえる。

宗村はHELIOS V10が収まった後方を見る。

「エンジン載ると違うね」

神谷が隣に立つ。

「載せただけだ」

「分かってるって」

「配管も配線も残ってる。油圧系も電装も確認する。エンジンを掛けられる状態になるまで、まだやることはある」

「だから今日は掛けないんでしょ?」

「掛けない」

宗村は少し残念そうな顔をした。

「1回くらい掛けてみても」

「ダメ」

「はい」

即答され、宗村は引き下がった。

藤原が小さく笑う。

信治が横で聞いた。

「宗村さん、エンジニアだったんですよね?」

「だから余計に止められてるんじゃない?」

「なるほど」

宗村が振り返る。

「聞こえてるからね」

夕方になっても、作業は続いた。

ただし誰かが無理に残り続けることはない。

作業は引き継がれ、確認した内容も次の担当へ渡されていく。

急いで1日早く完成させることより、確実に1つずつ終わらせる。

MUNEがLMP2時代から積み重ねてきたやり方だった。

美月は再び自分の担当箇所を確認していた。

1度。

もう1度。

柴崎が後ろから声を掛ける。

「どう?」

「大丈夫です」

「本当に?」

美月はすぐには答えなかった。

手順を頭の中でもう1度たどる。

目で確認する。

それから頷いた。

「はい。大丈夫です」

柴崎も同じ箇所を見る。

「よし」

美月が少し笑った。

「今日はもう1回って言わないんですね」

「自分でやっただろ」

「見てたんですか?」

「見てなきゃチーフやってない」

柴崎は次の場所へ向かった。

美月は、その背中を少しだけ見てから作業へ戻った。

やがて、その日の作業が一区切りついた。

外装はまだ完全には装着されていない。

確認しなければならない場所も残っている。

エンジンに火も入っていない。

当然、走ることなどできない。

それでもMR-01は、もう部品の集合には見えなかった。

4本のタイヤが車体を支え、その中央にモノコックがあり、後方にはHELIOS V10が収まっている。

スタッフたちが少しずつ手を止めた。

誰かが集まれと言ったわけではない。

それでも自然と、何人かがMR-01を見ていた。

宗村もその中にいた。

しばらく黙ってから言う。

「……できてきたな」

神谷が横に立つ。

「まだだ」

「分かってるよ」

宗村はMR-01から目を離さなかった。

「でも今日は言わせてよ」

神谷も何も言わず、車を見る。

MR-00とは違う。

あの車は、分からないことを知るために作った。

失敗するための車だった。

その失敗を持ち帰り、考え、直し、最初から作ったのがMR-01だ。

まだ完成ではない。

速いかどうかも分からない。

壊れず走れるかさえ、これから確かめる。

それでも。

MUNE RACINGが世界へ持っていく最初の1台は、確かにここまで来た。

神谷が静かに言った。

「明日からが大変だぞ」

宗村が笑う。

「知ってる」

組立エリアの中央に、MR-01が立っていた。

図面でも、計算結果でもない。

1台のレーシングカーとして。

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