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IGNITION  作者: ムネディ


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18/69

Chapter 17 直すもの、残すもの

千葉ウッドレイクサーキット。

完全非公開で行われているMR-00の2日間のテストは、2日目の朝を迎えた。

昨日とは違い、ピットの中に初走行前の張り詰めた空気はない。

代わりにあったのは、仕事の山だった。

MR-00の前には神谷、ラスタス、榊原、柴崎が集まっている。

テーブルの上には昨日の走行データと藤原のコメントが並んでいた。

重量感。

姿勢変化時の空力。

前後の応答。

タイヤの使い方。

着座位置。

視界。

操作系。

宗村が紙を覗き込んだ。

「1日でよく出たねぇ」

「出すために来たんだ」

神谷はそう答えながら、1つの項目に印を付ける。

ラスタスが横から見る。

「今日はどこまでやります?」

「全部はやらない」

神谷は即答した。

「MR-00を完成させに来たわけじゃない。走行確認に必要なものと、原因を切り分けられるものだけやる」

榊原が頷く。

「一度に変えるのは1項目ですね」

「ああ。何か良くなっても、何が効いたのか分からなきゃ意味がない」

宗村が腕を組んだ。

「じゃあ、昨日見つけた問題を全部直すわけじゃないんだ」

「直してどうする」

神谷が宗村を見る。

「こいつでIGPに出るわけじゃないんだぞ」

「そうでした」

「忘れるな」

ラスタスが笑う。

「でも宗村さん、こういう車ほど直したくなるものですよ」

「でしょ?」

「煽るな、ラスタス」

「すみません」

謝っているわりに、ラスタスは笑っていた。

最初に手を入れたのは、藤原が指摘した着座位置だった。

大幅な作り直しではない。

ドライバーが正確に車を評価できるよう、現状で可能な範囲の調整を行う。

藤原がコックピットへ収まり、前を見る。

神谷が横から覗き込んだ。

「どうだ?」

「昨日よりいいです。右膝も気にならない。視界は……これなら走れます」

「操作系は?」

藤原はグローブをしたままスイッチ類へ指を伸ばす。

「ここはまだ少し遠いです。でも、MR-00で作り直すほどじゃないですね。次の車では最初から位置を考えてください」

「分かった」

神谷はメモを取る。

宗村がその様子を見ていた。

昨日までなら、コックピットに人が収まれば、それで成立しているように見えた。

だが実際に走らせる人間にとっては違う。

数センチの位置。

手を伸ばす角度。

前方の見え方。

それらもすべて、レーシングカーの性能だった。

MR-00がコースへ出る。

最初の走行では、昨日確認された前後の応答をもう一度見る。

藤原が数周を走り、ピットへ戻った。

「昨日と同じです。向きを変えた時に、前が動いてから後ろがついてくる感じがあります」

榊原がデータを確認する。

「数字にも出ています」

神谷が聞いた。

「どうする?」

榊原は画面を見たまま少し考える。

「まず1つだけ変えたいです。前後を同時に触ると分からなくなるので」

「それでいこう」

変更が施される。

再び藤原がコースへ出た。

数周。

そして戻ってくる。

ヘルメットを外した藤原に、神谷が聞く。

「どうだ?」

「変わりました。良くなったというより、反応の仕方が変わった感じです」

「狙った方向か?」

「半分くらいですね」

榊原が顔を上げる。

「半分?」

藤原は手を使って車の動きを示した。

「最初の入りは良くなってます。でも、そのあとリアが追いついてくるところはまだ待つ。だから入り口だけ見ると良くなったように感じるけど、コーナー全体だとまだつながってないです」

ラスタスが榊原の画面を見る。

「面白いですね」

榊原も頷く。

「最初の走行で記録した動きと、少し違います」

神谷が二人を見る。

「原因は?」

榊原はすぐには答えなかった。

データを確認し、それから首を横に振る。

「まだ分かりません」

神谷が頷く。

「それでいい」

宗村が少し意外そうな顔をした。

神谷は気づいた。

「分からないのに分かったふりされる方が困る」

「なるほどね」

「だから次を走るんだ」

午前の走行は、地味な作業の繰り返しになった。

1つ変える。

走る。

藤原が感じる。

榊原が数字を見る。

ラスタスが過去の経験と照らし合わせる。

神谷が次を決める。

劇的に速くなることはない。

むしろ変更によって悪くなることもあった。

そのたびに元へ戻した。

宗村には、それが少し不思議に見えた。

速くなった時よりも、悪くなった時の方が技術陣の会話が増える。

昼前。

MR-00がピットへ戻った。

藤原が降りてくる。

「今のはダメですね」

榊原も苦笑した。

「数字もきれいにダメです」

神谷がデータを見る。

「じゃあ戻す」

宗村が聞く。

「それだけ?」

「それだけって?」

「いや、失敗したのに」

ラスタスが振り返った。

「宗村さん。今ので1つ、やらなくていいことが分かりました」

宗村は少し考えてから笑った。

「なるほど。失敗を1つ回収したわけだ」

神谷が呆れた顔をする。

「だから最初からそう言ってるだろ」

「実際に見ると違うんだよ」

「宗村さんが今さら学ぶな」

「俺も成長してるってことで」

藤原が飲み物を受け取りながら小さく笑った。

午後の走行を終える頃には、昨日とは違う種類のメモが増えていた。

問題点の羅列ではない。

変更するとどう動くか。

藤原の感覚とデータがどこまで一致するか。

どこから先はMR-00へ時間と金を使う意味が薄いのか。

神谷はチェックシートを見ながら項目を分けていく。

宗村が横から尋ねた。

「直すやつと、直さないやつ?」

「違う」

神谷は紙を指した。

「MR-00で確認するものと、MR-01の設計段階から潰すものだ」

「なるほど」

「この車を速くするなら、まだいくらでもやれる。でも、それを始めたら終わらない」

宗村はピットに止まったMR-00を見る。

昨日初めて走った車は、今日も完璧にはならなかった。

それでいい。

「じゃあ、こいつは未完成のまま?」

神谷は少し考えた。

「いや」

MR-00を見る。

「役目を果たした車だ」

宗村は、その言葉にしばらく黙った。

2日間の走行が終わった。

藤原がMR-00から降り、ヘルメットを置く。

「お疲れ」

宗村が声を掛けた。

「お疲れさまです」

「どうだった?」

藤原は車を振り返った。

「まだ分からないことはあります。でも、最初より何を見るべきかは分かりました」

神谷が近づいてくる。

「次はもっと細かくやる。設定を変えた時の反応と、榊原たちが持ってる計算やシミュレーションとのズレも見る」

「了解です」

それが、予算上あと1回だけ許されたMR-00の実走テストになる。

そこで得たものを、MR-01へ持っていく。

宗村はピットの中を見渡した。

神谷が柴崎と車の確認を始める。

榊原とラスタスは、もうデータについて話している。

藤原もその輪へ向かった。

誰も「成功した」とは言わない。

速さを証明したわけでもない。

それでも2日前まで、MUNEは自分たちの作ったフォーミュラカーが実際にどう動くのかを知らなかった。

今は違う。

分からないことが、見えるようになった。

間違った方向も、1つずつ分かり始めた。

宗村はMR-00を見た。

「いい車だね」

隣にいた神谷が怪訝そうな顔をする。

「さっきまでダメなところだらけだっただろ」

「うん。でも、こんなにいろいろ教えてくれる」

神谷は少しだけ笑った。

「だから作ったんだよ」

千葉ウッドレイクサーキットでの2日間が終わる。

MR-00は完成形へ近づいたわけではない。

その代わり、MUNE RACINGは確実に前へ進んだ。

次にこの車を走らせる時は、ただ問題を探すためではない。

自分たちが考えたことと、実際の車がどこまで一致するのか。

それを確かめるための、最後の実走になる。

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