人実
「明日から、俺がお前に稽古をつけてやる」
唐突にこの世界での兄、ラエルはそう俺に言い放ち、これでも読んでおけ、とさっきまで読んでいた本を俺に渡し、部屋を出ていった。
初めて、しゃべったかと思えば、急すぎる話だ。
まず、なぜ稽古なのか。
俺はまだこの世界に生まれて一年、つまり一歳だ。
しゃべるのもやっとの思いでできるようになってきており、身体を動かすのは、やっと少し走れるようになってきたばかりだ。
何分、話すのは感覚で何とかなったが、体を動かすとなると、どうもこの身体ではまだバランスが取れない。
赤ん坊の身体ではどうしても、頭の重さに耐えれず、感覚でどうにかなる話ではないのだ。
単純に、筋力が不足している。
そんな俺に、、稽古をつける??
おおよそ、兄がまだ一歳の赤ん坊に話すようなことに思えない。しかも初めての会話でだ。
そして、彼は俺が転生者だということを理解しているとしても、俺とは違い、正真正銘の、精神年齢、身体とも三歳の幼児だ。
たまに、ラエルの鍛錬をのぞくが、漫画で読んだ、戦闘民族がやっていたように身体をぶんぶん振り回し、見えない敵と戦っていた。
天才という言葉では片づけられない、異常なモンスターである。
そしてラエルは明日から、これと同じことを一歳の赤ん坊の弟にさせようとしているのか?
意味が分からない。いや、精神年齢も三歳だから、自分にできることは他人も当然できると思っているのか、どうにしたって、とんでもない話である。勘弁してくれ。
※
俺は、ラエルから渡された神力書を読んでいた。まだ、神力書の内容をを読めるほどではないのだが、ラエルがところどころ、説明を加えてくれていた。
中身は能力について、そして、魔眼、神眼についてだった。
能力については、悪魔、女神、そして人が持っている能力についてどんなものがあるのか、メジャーなものが書かれていた。
火を操ったり、風を起こしたり、身体に電流を流すなど、前世で憧れていた超能力の説明がされていた。
中には、相手の身体を重くしたり、相手の身体と自分の身体を入れ替える、など、特殊なものも書かれていた。
また、魔眼、神眼、というものは、能力とは別に、ついてくるもののようだ。
これは能力の有無に限らず、神力、魔力を使えるものなら誰でも数人、身につくことがあるという。
魔眼は魔力を使えるものに、神眼は神力が使えるものにつくらしい。
だが、能力と違い、魔眼、神眼はこの世に一人もとい一体しか身につかないこの世で一つのものだということだ。
能力は同じものを、悪魔、人、女神が何人か(何体か)持っているることは珍しくない。
火を操るなど、よく聞くようなメジャーなものはつきやすかったり、また、悪魔によっては単純なものなら、能力がなくても使えるとのことだ。
なるほど、この点においても悪魔は、絶対的に女神や人とは戦いにおいて有利になってくるのか。
パラパラと読めるところをつぎはぎに見ていると、魔眼の説明の中に気になるものがあった。
魔眼:見通すもの・・・目の前の存在が考えていることを知ることができる
おじさんが俺の心を読んだのはこれか。
見たところ能力の中に心を読むというものはなかった。
だが、そうなるとおかしい。
この世界で魔力をつかえるのは悪魔だけ。
俺たち人類は、女神様から使えるようにしてもらった神力だけ使えるはずなのだ。
あのおじさんは、一体何者だ……?
※
次の日からラエルによる稽古が始まった。
始まってしまった……。
神力書に説明を書いてくれていたことから、俺のできる範囲でやっていく、配慮あるものだと思っていた、が、実際はひたすらに走りまわされていた。
神力を使用して。
一年たって、俺の身体にも神力が宿ってきていたらしい。
少しは走れたのも、俺が神力を無意識に使っていたからだ、とラエルは言っていた。
だが、今の状態は、神力を制御できず、無意識に使えるときと使えないときがある、身体の状態にムラがある状態だ。
まずはとにかく走って、無自覚に神力を使っている状態を認識し、意識的に使える状態にすると。
俺は文字通り、一日中走りまわされた。
食事もラエルに管理され、今まで全くしゃべってこなかったラエルと一日中過ごすようになった。
食事どころか、睡眠時間も管理すると、隣に寝るようになった。
毎朝日の出の時間に起こされる……。赤ん坊の仕事は寝ることだってのに、業務妨害もいいとこだ。
こんな状態を優しいトールさんが見過ごすかはずがない、と思っていたが、当の本人は、ラエルにも兄としての実感が生まれて、面倒を見たくなったのだろう、と感動していた。
けて……たすけて……。
※
前の世界の部活のほうがどれだけ楽だったのかと思いながら、一週間。
ラエルの鬼のようなスケジュールのせいで、俺は身体を前世の身体と同じくらい動かせるようになった。
神力の力はすさまじく、身体の強化だけでなく、簡単な修復もできるのだ。
おかげで身体は悲鳴をあげることなく、今までいる。
しかも、睡眠時間を削っても、脳の回復や、回復効率を高める効果もある。
そのため、ラエルは睡眠時間を削って、明日から特訓をさせると言ってきた。
身体はぴんぴんしていても、心はズタボロなのだ。
さすがに少し、限界が来ていた。
なぜ、急にこんなハードなことをやらさらなければならないのか。
「なあ、ラエル。どうして急に、俺に稽古をつけるなんていいだしたんだ?」
ある時、聞いてみた。
「お前にもう少ししたら、必要になるからだ」
ラエルは自身も修行をしながら、こう答えた。
俺にもう少ししたら……必要??
さっぱり意味が分からなかった。
「言っている意味がわからない……。俺にもう少ししたら、必要?」
「ああ、そうだ」
「俺はまだ一歳だ。ラエルもまだ三歳。能力が付くかの検査をして、本格的な訓練が始まるまでまだ何年もある。どうしてこんなに早くやるんだ」
「だからさっきも言っただろう。俺達には、もう少ししたら必要になる時が来る」
「話が全く見えてこない……。悪魔がこの村に現れるっていうのか?」
ラエルはなにもわかっていないんだな、とため息をつき周りを気にして俺に話した。
「お前、俺が渡した神力書はちゃんと読んだか?」
「ん?あれなら読んだぞ。能力や魔眼、神眼のことが書いてあったぞ」
「お前、ちゃんと最後まで読んだか?」
「最後までって……しっかり読んだぞ。後ろの方に挟まってあった村の人たちの追悼書も」
ラエルから渡された神力書には、この村の追悼書というものが後ろの方に挟まれており、そこにはこの村でなくなった人達の名前が記されていた。
「それがどうしたんだ。俺に神力書を読ませる訓練じゃないのか」
「あれを見て、気が付いたんだ」
「何に?」
「歴代の村長さんは全員、能力持ちだ」
確かに数ある名の中で、村長さんの、つまりはトールさんが受け継いだ’’スカイロット’’という名はひときわ目立って赤く記されていた。
他の村の人たちも赤くしるされたものがあった。
「あれってそういう意味だったのか。だとしてもそれがどう俺が稽古を早くつけられなきゃならない理由になるんだ?」
「お前、トールさんのことどう思う?」
は?トールさん?なぜいきなり。
「俺のことを本当の息子のように育ててくれる、この世界で本当の親のような……、いや、親だ。俺の父さんだと思っている」
ここまで血の繋がっていない、俺たち三人の面倒を見てくれ、君が生きるのは私の身勝手な願いだと、俺がこの世界で生きる責任を背負うとまで言ってくれた人だ。
俺は当然、尊敬している。
「お前はどうなんだ、ラエル?」
「調べてみたんだが、この村の村長さんはほとんど、病死となっている」
「だから、なんだよ。質問の答えになっていない」
「だが、病死になった人はある人をきっかけに続くようになっていた」
ラエルは黙って聞いておけと言わんばかりに話を続ける。
「''カーザ・スカイロット''というものが死んでから、この村の村長、スカイロット家を継いだ直近の二人は病死が続いている」
「……」
「そしてもう一つ、病死になった人たちは決まって五十歳の誕生日で亡くなっている。
今のトールさんの年齢は……。
「今、トールさんは49歳。そんでもって二か月後に五十歳の誕生日だ」
「それってつまり……、トールさんはもう少しで病死してしまうってこと?いや……そういうより」
もし、今まで通り、病死続きなのだとしたら、トールさんは残り二か月で死んでしまうことになる。
だが、これは病死というより、明らかに……。
「誰か、悪意を持った能力者かなんかが、村長さんを殺しにくるだろうな」
そう。明らかに他殺だ。
カーザさん、そしてトールさんを拾い育てた前代の村長さん。
その二人がどちらも五十歳の誕生日に病死となるのは、誰かに仕組まれたとしか考えられない。
ラエルはそのことに気づき、俺にその悪意を持ったものと戦う力をつけさせようというのか。
だが……
「それでも、俺に稽古をつけた理由はそれか?だが、相手は能力者かもしれないんだぞ」
「いや、十中八九、能力者だ」
「……だとしたら、なおさら、俺らに勝ち目はなくないか?」
「なんでだ?」
「なんでって、相手は能力者!こっちはまだ神力が使えるだけ!相手になりようがない。俺たちが能力がつくには八歳以降じゃないとダメなのは知ってるだろう?」
「???」
ラエルは何を言っているのか理解してないように、不思議そうに首をかしげている。こんな顔もするのか新鮮で面白いな。じゃなくて!
「なに意味がわからないみたな顔をしてるだよ!それくらいラエルも知ってるだろう?」
「いや、悪いが全くわからない」
なんだって?八歳からしか能力が付かないのは、人類では有名じゃないのか?
女神様から聞いたから、俺だけ知っているのか?
俺がそう困惑していると、ラエルはとんでもないことを言い出した。
「だって俺、もう使えるし」
そういってラエルはあたり一面を氷で埋め尽くしてみせたのだった。




