雇用主
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フルト達の見学を終え、見送った後、レインはジャームに詰め寄った。
「どうして、店の中に入れたりしたんですか。もし、”あれ”がバレでもしたら……」
「仕方がないさ。既に怪しまれている感じだった。あそこで断るのは、肯定を意味することになってしまう」
ジャームは焦るレインに冷静に伝える。
日に三度も来店してきた客。
さすがに違和感を覚える。
フルトは何も怪しい素振りはなく、ただ単純に見学を楽しんでいるようだった。
あの新人も少し固い表情だったが、見学の緊張と捉えることができない訳でもなかった。
様子を見ていた。
ただ見学をして終わりならば、考えすぎならば、それでいい。
だが、最後、帰り際にイチゴを一つ欲しいと言われた。
それで確信した。
このフルトという羊人は、もう俺たちをクロと、ほとんど確信しているということを。
なぜ、イチゴを?
確かに、イチゴは滅多に手に入らない。
味を再現したいなら、イチゴは必須だ。
だが、手に入らない訳でもない。
羊会ともあろう者ならば、わざわざこの場所に来てまで手に入れずとも、どうとでも楽に入手できる。
この男は、最初から、”これ”を……、麻薬に分類される”証拠”を手に入れ、本部に持ち帰るために来たのだ。
このイチゴはただのイチゴではない。
見た目は普通だが、咀嚼され、体内に入ることで麻薬の効果を発揮させ、食べたものに、軽い依存症状が現れる。
それはとても軽度なもので、ストレスがたまった日に、無性に辛いものが食べたくなるような、そんな感覚だ。
無くても大丈夫だが、無性に脳内に飛び回って来る。
イチゴよりもはるかに安価な値段で手に入れることができる。
レインと出会ってしばらくした時、これを用いたいと言われた。
確かに売り上げは上がるだろう。
しかし、いつかはバレるだろう。
ジャームは理解していた。
だが、目の前のレインの縋るような目。
断れなかった。
そして、日に何人か、通り過ぎる人が食べるくらいだった店は、いつしかこの王都内で一と言われるまでになった。
その噂は羊会のほうでも耳に入ったのだろう。
「お一つくださいっす!」
ある羊人が定期的に買うようになった。
大丈夫。まだ大丈夫。
だが、時間の問題だろう。
予感のようなものがずっとジャームの頭の中にあった
よしてその予感が今日、的中したというわけだ。
ならば覚悟はできている。
この娘を雇うと決めた日から。
この娘の願いを聞いたあの日から、決めていたこと。
「今日は店をもう上げる。そして、君だけ逃げなさい。レイン」
焦って中々、製造に手が付かずでいたレインにジャームが告げた。
「え?」
「すぐにはバレはしないが、時間の問題だろう。今日中には羊会の連中がとっ捕まえにくるだろう。俺がここに残って時間を稼ぐから、君だけでも逃げてくれ」
「で、でも……」
「大丈夫。君ならどこへ行ってもやっていけるさ」
「そうじゃなくて……」
「ああ、麻薬でまだお金稼がなきゃなんだっけ。これからは別の方法で売らなきゃだな。悪いが手伝えないけどね」
「そうでもなくて!」
自分のことばかり心配してくれるジャームさんにレインは問う。
「ジャームさんは……?逃げないの……?」
「だから言ったろ。俺は時間を稼ぐって」
「それって……」
「死ぬんじゃない?人魔認定されて、処刑対象だろうね」
ジャームはさも当たり前のように答える。
「そう簡単には死なないさ。君が王都を出るくらいの時間は稼ぐ」
「なんで?一緒に逃げようよ。私だって戦えるし……、私の方がずっとずっと強いんだよ?」
「だとしてもだ。二人で組んだところで、たかが知れている。きっとあのレイラさんが来るだろう。さすがに”技巧者”相手だと分が悪い」
レインは理解できずにいた。
「どうして?そこまでするの?」
「それが、あの日言った面倒を見てあげるということだから」
雇う。面倒を見る。
それは主となった自分の当然の義務だ。
それ以前に。
「それに、大人が子供を守るのは当たり前だろう?」
目の前のこの娘は、まだ子供だ。
ならば、自分が、守ってあげるのが当たり前だ。
「だから、ほら、逃げてくれ」
そういって、店じまいの支度を始めた。
少しかっこつけすぎかな。
だが、あの時決めたのだ。
この娘だけでも、俺は守ると。




