勘
羊会に戻ると、レイラさんは椅子にもたれて俺たちを待っていた。
その手には愛斧”タロちゃん”が握られていた……。
「「お納めください!」」
俺とフルトさんはそれを見るや否や、土下座でレイラさんにシュークリームが入った袋を差し出した。
「……、あら、普通のもつけてくれるなんて、気が利くじゃない」
「あ、それは俺の……」
「あら、ルーファの案ね。フルトが気を利かせるなんておかしいと思ったわ。ありがたく食べさせてもらうわ」
「あ、はい……」
背に腹は代えられない……。
俺は大人しくレイラさんに、俺が食うように買った(もらった)分も差し出した。
しかし、レイラさんのこのシュークリームへの執念は異常だな……。
ないと切りかかってくるなんて、まるで依存症だ。
「そんなに好きなんですね、このシュークリーム」
そう俺が言うと、レイラさんは手にしたシュークリームをまじまじと見ながら言った。
「好き……、そうね、好きっていう訳でもないのだけれでものね。ただ、なんだか……、無性に食べたくなる時があるのよ」
そういい、レイラさんは手にしたシュークリームを頬張る。
「やっぱり、高いものを口にするご褒美感ってのを味わいたくなるんじゃないすか」
フルトさんは未だに地面に頭を擦り付けながら言った。
「そうね、そうなのかもしれないわね……」
そういいながら、レイラさんはシュークリームを食べ続ける。
そして、食べ終えると突然言った。
「……いや、異常だわ」
「ん?なにがすか?レイラさんが異常なのは会った時から……」
「何を言ってるのかしら。本当に切られたいのかしら」
そうまた、レイラさんがまた愛斧”タロちゃん”を手にする
「ひい……!ごめんなさいっす!」
フルトさんは更に頭を地面に埋め込める。
「異常なのは、このシュークリームよ」
「どう異常なんですか?」
俺はレイラさんに聞く。
「食べたのに、全く満足しない……、もっと食べたくなってくるのよ」
「え、レイラさんがただ食いしん坊って訳じゃなくてですか」
「私は中々の小食よ」
レイラさんが胸を張って答える。
「……レイラさんが小食なのはホントっす。いっつもレストランで食べるとなるとお肉一枚食べきれず残してるっす。あと野菜は全く手つかず……、いつも俺に残飯が回ってくるっす」
フルトさんが言うようには、レイラさんは基本、皿のものを食べきれずに残してしまうらしい。
残すのは申し訳ないと、よくフルトさんを連れていき、食べてもらってるとのことだ。
「普段なら、一個食べたらお腹いっぱいになるのに、もっと食べたくなってくるのよ」
「レイラさんの胃袋が大きくなったとかではなく?」
「ええ、それとは違うわ。なんというか、お腹が満たないというより、漠然と渇きを満たしたくなるような、そんな感じだわ。ないとイライラしてくるような」
禁断症状のようなものか。
シュークリーム依存症なんて初めて聞くな。
「こんなこと、今までなかったのに……このシュークリームに何かあるのかしら」
「何かって?」
「例えば、麻薬のようなものを混ぜこんで、このシュークリームなしじゃいられなくさせるような」
そんな話があるものか。
ただ、レイラさんの様子がおかしいのは確かだ。
先ほどから、イライラしたような、どこか落ち着かないような。
いつも魔女のような顔で毒を吐くレイラさんだが、その時とは違った、何か不安げな表情を見せていた。
「ちょっとあなたたち、もう一回行って調べてきてもらえないかしら」
「えー!またっすかー!」
「調べるって?どんな風にですかね」
「それは、店内見学みたいな適当な理由で製造過程を見てきなさい」
幸せのシュークリーム屋さんは、売り場は外で手渡しで、中の厨房は外からはあまり見えないところにあった。
もし、レイラさんが言うことが本当なら、その怪しいものを混ぜ込んでいても、誰にも見られないということだ。
「わかりました。行きましょう、フルトさん」
「まぁ、いつも以上に今のレイラさんは異常なのはホントっすからね。仕方ないっす」
「私はアルスのとこに行って身体に何かないか調べてもらってくるわ」
そういってレイラさんはよろよろと部屋の外へ出ていった。
三度目の王都ビアラムの街中。
昼過ぎということもあり、さっき来た時よりも活気だっているように見える。
「あの、さっきのアルス?さんって誰なんですか」
ざわざわとした明るい喧騒の中、俺はフルトさんに聞いてみた。
「ああ、ルーファはまだ聞いてないっすよね。アルスさんはザムさんの寮に住み込んでいる人で、見たものや魔道具の能力、効果、また、状態異常を知ることができる人っす」
ああ、あの水を飲んだときに、ノエルさんが言っていた人か。
「その人が見れば、普段はわからないような体の変化や、病気などもわかったりするっす」
「あれ、その人ってい今は別のところに出向いているんじゃ?」
「昨日くらいに戻ってきたってザムさんが言っていたっす」
なるほど。その人に見てもらえば白黒はっきりわかるってことか。
「なら、そのアルスさんに診てもらった後でもよかったんじゃないですか?」
ああそれなら、とフルトさんが答える。
「俺も思って聞いてみたっす。そしたら、レイラさん、ほぼ確で黒だから殴りこんできなさい、って」
「なんでそんなことわかるんだよ、ですか」
「レイラさんいわく、”勘”っす」
「は?勘?」
レイラさんが言うからもっとまともなことかと思ったが、まさかの答えだ。
「あの人の勘は中々馬鹿にできないんすよね」
「でも、そんなことで黒って決めつけるの……」
「まだ”ほぼ”っすよ」
「でも、それでもなんだか……」
そんな怪しんだ態度のまま出向くのは、もし白だったときにとんでもなく失礼だ。
だが、フルトさんは自身に満ちた顔で答える。
「レイラさんは、いつも鬼で魔女で鬼畜で悪魔っすけど……」
ものすごい言いようだ。
「それでも、ちゃんとすごい人っす。そこは信頼してるっす」
「……」
俺はレイラさんと会ってからまだ一週間。
だが、フルトさんは俺よりも長い間、レイラさんと共にいるのだ。
そんなフルトさんが、信じられるというのなら。
「わかりました……!」
そう覚悟を決め、”幸せのシュークリーム屋さん”偵察へと俺たちは向かった。
幸せのシュークリーム屋さんは相変わらず、日も暮れ始めたというのにすさまじい人盛りだった。
大勢の行列を横目に、俺たちは店の前に立つ。
すると、ジャームさんが俺たちを見つけたのか、声をかけてきた。
「おや?めずらしいな!一日三度くるお客なんて初めてだ!」
昼頃来た時と変わらず活力ある声だ。
「いやー、またレイラさんに無茶ぶり言われてきたっす。なんでも、自分でも作ってみたいから、作り方を教わってこいと」
フルトさんが何気なく答える。
意外だ。
こういう時、フルトさんならあたふたと慌てふためいた、嘘バレバレな様子になりそうだったのに。
いつもへらへらしている調子だから、こういうのは慣れているのだろうか。
「ガッハハハ!うちの味をまねようってか!そいつはまたとんでもねぇ無茶言いますな!商売道具ですぜ?」
ジャームさんが声デカという。
やはり、企業秘密とやらでダメなのだろうか。
「そこをなんとか、頼みますっす!」
「いいですぜ」
「え」
すんなりとジャームさんが答える。
「い、いいんですか!?頼んだ身としてはなんですが、その製造法とか、隠さなくても」
あまりの軽さに、俺は驚いて聞く。
「隠すも何も、俺たちはただ、ふつーの作り方してるだけだ」
そう言いながら、ジャームさんは胸をはって言った。
「違うのは、俺たちが作ってるってことだ」
「ふつーな感じっすね」
ジャームさんに連れられ、中に入ると、あるのはいたって普通の厨房。
テレビで見た、お菓子屋さんのキッチンのまんまだ。
そこにせっせとカスタードを炊いている少女の姿があった。
「悪いな、レイン!フルトさんらが見学したいってんだ!気にせずやっててくれ」
レイラさんは答えず、こちらににこっと笑顔だけ向け、カスタードを泡立てる。
怪しいものなど何もなく、棚の中にはシュークリームに使う原料が並べられている。
教えてもらったシュークリームの作り方も、いつかの頃、サイトで調べた時に見たものと似たような方法で、特段、おかしなところなどなかった。
不思議なくらいふつーだった。
「すごいっすね!ほんとに特別なことはしてないっす!」
ジャームさんに教わった後、フルトさんは目をキラキラさせながら興奮していた。
「まあな!ふつーな、単純な作り方だ。だが、単純ゆえに複雑ってもんで、力加減、混ぜ具合、焼き加減を長年の間で身に着けた感覚でやる。そうして、俺たちの味は作り出される」
ジャームさんは褒められたことをさぞ嬉しそうに語る。
「まあ、隠し味に、お客さんの笑顔を想って、愛情を入れるくらいかな!」
ガハハとジャームさんは少し照れくさそうに笑う。
怪しいところなど何もない。
お客さんのことを親身に想い、長年の間、努力し続けた結果の味なのであろう。
やはり、レイラさんの勘は今回は外れたのだろう。
フルトさんも来る前とは違い、すっかり顔を緩め、興奮しきっている。
「ジャームさん、それとレインさん。今日は何度もお邪魔してすみませんでした。とってもいい経験をさせてもらいました」
俺は、問題なしと思い、これ以上お邪魔するわけにもいかないとフルトさんに帰宅を誘ったが
「あ、あとそこのイチゴだけ一つ貰っていいっすか?」
フルトさんはそれだけジャームさんにお願いした。
「ああ、構わないですが、これは高級品ですぜ?さすがに無料って訳には……」
さすがにそれは困るとジャームさんが驚いていると、フルトさんはスススとジャームさんの耳元に忍び寄り何やらささやた。
「ごにょ……。猫耳……、割引……、特別……、ごにょごにょ……」
ここからでは聞こえないことを何やら話している。
するとフルトさんは何やらチケットのようなものをジャームさんに手渡した。
ジャームさんは顔をウハウハさせている。
ジャームさんはレインさんに見つかるまいと胸元にそれをしまい、コホンと言った。
「し、仕方ないですなぁ!日ごろの?感謝もありますしなぁ!これは1つサービスしましょう!」
声を裏返らせながら、ジャームさんはフルトさんにイチゴを一つ手渡す。
あ、この人賄賂送ったな。
フルトさんの方が十分、悪人面であった。
イチゴを渡してもらった俺たちは、羊会本部に戻っていた。
帰り際、俺はフルトさんに聞いてみた。
「怪しいところなんてなかったですね。どうして最後にイチゴだけもらったんですか?」
するとフルトさんはさっきまでのへらへら顔をやめ、真顔で答えた。
「怪しかったからっす」
「怪しいってそのイチゴが?」
「そうっす」
見た目は何の変哲もない、前の世界で見たイチゴのまんまだった。
匂いもイチゴの匂いで、なんの違和感もない。
「まぁ、キッチンもふつーでしたからね。念のためって感じですか」
俺が、間の抜けた声で聞くと、意外、というようにフルトさんは言った。
「異常なしって、本気でそう思ったんすか?」
「え?特になにもなかったですよね?フルトさんもだから、あんなに楽しそうに」
「ルーファもまだまだルーキーっすねー。でもちょっと安心したっす」
フルトさんがやれやれという感じに言う。
「何かあったんですか?」
「いや、何もなかったっすよ」
「じゃあ、なんで」
「何もなかったから、異常ありなんすよ」
「はい?」
何もないのが異常??
俺にはさっぱりだった。
「あのキッチンには原料はおろか、キッチンの隅々まで、なんの異常もなかったっす。神力を使われた痕跡も、俺たちが来た時、いるとき、何もなかったっす」
それは俺にもわかった。
魔道具を使うようになって、少しは神力のコントロールもマシになってくると、神力の流れというのも少し見えるようになってきた。
それは、魔道具訓練の目的の一つでもあって、それによって、相手の攻撃を読んだり、人魔の痕跡などを追ったりできるようになる。
「でも、それはおかしいんすよ。シュークリームを焼くあの火。あれはどうやって起こしてたんすか」
フルトさんは、蒸すのに使っていた火が気になっていたようだ。
「それはマッチかなんかでつけたのを使ってたんじゃないですか」
「いや、あれは神力を使ったものだったっす。レイラちゃんが微妙に操作してたっす」
そこまでは見ていなかった。
フルトさんはどこか抜けていると思っていたが、俺よりも抜け目なく観察していた。
「それなのに、神力が読めなかった。これは、何かによって、神力の流れの跡が消されているからだと思うっす」
「それなら、怪しさ満点じゃないですか!どうして教えてくれなかったんですか」
「証拠がなかったっす」
「レインさんのことを指摘すればよかったんじゃないんですか?」
「いや、多分それはブラフっす。そんなバレバレのことを指摘したって、どうせ何かしらまともな理由を挙げられるっす」
「それを解いてもらったら何か出てくるかもしれないじゃないですか」
「だから、それはブラフなんす。それを解いたって多分何も出てこないっす。もしかしたら、それによって証拠が消えるのかも」
フルトさんは、怪しいと態度がバレ、警戒されないようにふるまっていたのか。
「このイチゴはあの中にあった異常がないものの中で、最も異様なものだったっす。レイラさんにホントの味を再現しろと言われたとジャームさんには言ったっす」
「その、イチゴがどう異様だと?」
フルトさんは手に持ったイチゴをじっと見て答えた。
「わかんないっす。勘っす」
「また、勘ですか」
「まぁまぁ、そう落胆しないでほしいっす。自分で言っちゃなんだって感じっすけど、レイラさん譲りの自慢の勘っす」
勘……、なんてものがホントに当たるのだろうか。
まぁ、当たらなくても、損することはないからいいか。
「なんにしたってうちには最強の眼がいるっすから。アルスさんに見てもらえば白黒一発っす」
そうして俺たちは羊会本部に到着した。
シュークリームの作り方なんて知らない。




