3話.婚約者
自分が物語の主人公だと気がついたフランツはレノールを見つめるのをやめなかった。
一方レノールからしたら、いくら顔が整っていても初めて会う少年にジロジロ見られてちょっと嫌でしかない。
だが残念ながらフランツはその態度を“俺のことが好きなんだな”と捉えてしまう。
両家の当主たちは難しい話をしており何を話しているのかさっぱりでフランツはかなり暇そうにしている事が少しずつ表情にに出ていた。
だが、考えている事はレノールのことばかりだった。
この子は元から悪女なのか?それとも後程悪女になるのか?
彼から見たレノールは子猫のような顔立ちをしているが雰囲気からすれば彼女はいい人なのではないか?
自分と違って口調も丁寧で優しく落ち着きがあり大人びていた。
そんな彼女がどうなって悪役令嬢になるのがわからない……でも同時にそう考えるのが楽しかった。
彼女のことが気になる……
「という事で、本日は貴重な時間をいただき感謝しますぞベルリアン公爵様。」
「ええ、今後ともよろしくお願いします。」
顔合わせの時間が終わり、レノールは伯爵邸に戻ることになった。
玄関に向かう途中でフランツはレノールにウザ絡みをしていた。
「ねぇねぇねぇ、次いつ来る?」
「……あーーー…そうですね…」
「婚約者になったんだからいつでも遊びに来ていいんだよ。」
「フランツ!やめないか!」
父親の声はほんの少し邸内で響いた。
「………………」
「グリット伯爵令嬢、申し訳ございません。普段はおとなしい息子なんですが…」
いや、相手は自分たちより身分が高い婚約者だ、彼女は目を再びそらし彼に対してどう言葉を濁すべきか頭を働かせて出た言葉がこれだった。
「これたら来ます。」
フランツはその言葉に期待を抱き嬉しそうにレノールにこう返した。
「絶対だからな?」
レノール苦笑いを浮かべた。
“これは…俺に惚れたんだな可愛いやつめ”普通なら彼女がフランツに対して苦手意識を持っている事を見てわかるはずだが、こいつはそれを好意として受け取る救いようがない小僧だった。
両家の当主が別れの挨拶を交わし、彼女はアドルフ・グリット伯爵と共に馬車に乗りベルリアン公爵邸から去っていった。
しばらくして、2人を見送った後フランツはチラッと父であるベルリアン公爵を見た。
そういえばこの人が俺の父親なんだなと見ていた、名前はなんだっけ、えーっと…たしかうーんと…あー……ヘンリーベルリアン?いや、日本名か?
すると彼の視線に気がついたのかフランツを見返す。
「随分と退屈させてしまったな、少し遅いが朝食を摂ろう。」
フランツはやっとありつける食事に心を躍らせていた、まるで食事が人生の楽しみのうちかのように。
「あ、そう言えば父ちゃん、名前なんて言うの?」
「は?名前?」
「うん、下の名前。」
「……エドワードだ。」
その頃馬車の様子は__
レノールは憂鬱そうに窓の景色を眺めていた。
「いいか?レノール。」
彼女は低く恐ろしい男性の声にビクッとする。
「お前はあのガキの婚約者になった、この家の穀潰しのバカのお前がついに役に立つんだ。」
いやだな、変な子が婚約者になって不安でしかない彼女は今すごく父親の顔を見たくない、でもちゃんと顔を見て聞かないと…レノールは父親と目を合わせる。
「とにかく婚約者のガキに媚を売れ、わかったな?」
「ええ…承知しております、父上。」
笑顔を作り細い声で返事をする。
レノールは片道30分のグリット伯爵邸に到着し、ドレスのスカートを両手で掴み1人で馬車から降りる、父親のグリット伯爵は自分の娘に手を差し出すことはしなかった。
グリット伯爵は不機嫌に娘より先に邸宅に入りベルリアン公爵の愚痴をこぼしていた。
彼女も邸の扉を小さい手でドアノブを掴む、だが一瞬止まる、そして引いて重たい足を邸の中に入れる。
出迎えの使用人達は汚いネズミが入ってきたかのような目でレノールを見つめた。
自分の家の中はまるで海底の中のようで息が詰まる。
肩と肺に力が入り、使用人達の顔を見ずに早歩きで自室へ向かう。
一瞬クスクスと笑い声が聞こえた気がするが、聞こえないふりをした。
ああもう…
父も。
使用人も。
家族も。
何もかもがほんっとうに気持ち悪い、でも大丈夫だレノール、決して感情的になってはいけない、理性を保たなければ笑い物にされてしまう。
レノールにとっては家でも外でも気が休まる場所がない、廊下ですれ違う使用人はレノールを睨んでいるのか、笑っているのか、それとも見ていないかすらわからなかった。レノールの目に映る全てものもが敵だった。
そして自室に到着しドアを開き駆け込むように入ると胸の奥に詰まっていたものがゆっくりと解放されていく。
「はぁーー……」
大きくため息をつく
だが一難去ってはまた一難、30分後に授業がある、レノールはあの家庭教師が苦手だった、幼い頃からずっと。この家は、いや貴族というものは当主が認めなければ家族の一員として関わらない、誰も私を認めてくれない。
生まれてからずっとひとりぼっちで親から道具としか扱われて来た。今回の顔合わせも当日になるまでは誰も教えてくれなかった。
父親の期待に応えることができなければ私は生きる理由を失ってしまう、彼女はそれが恐ろしかった。
15分前に図書室に向かわないとまた腕に鞭を打たれてしまう、ああもうやだやだやだ…急がないと。




