9話 前方後円墳と村の守り神
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スザク帰ってきて!さんがリポスト
スザク帰ってきて!@suzaku_kaette_kite ・8日前
シベリアンハスキーのスザク(オス)3歳が7月初旬より行方不明です。
GPSトラッカーのついた赤い首輪にsuzakuと書いてあります。
大切な家族なんです。
見つけた方はどうか、ご一報を。
場所、群玉県熊橋市前澤町⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎ー⚪︎⚪︎
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***
牛車が止まった。
目の前に前方後円墳の墳墓の扉が見える。
巨大な岩を組み合わせた、暗黒の入り口。
扉の前に血で汚れたカモーノと数人のモノノフが跪いていた。
入り口からは、ひどい獣と鉄錆のような血の臭いが漂ってくる。
「こちらに、わたらせたまえ…… 神廟にて、そふらふ……」
アベーノとヨシーノも牛車から降りて跪いた。
その後ろにミワーノが青白い顔で控えている。
「……どうする? 降りる?」
柚月が震えた声を出した。スザクも不安そうに鼻を鳴らしている。
「降りるしかないよね…… 拒否権なんてないし」
私たちは顔を見合わせた。私の仮面の下は恐怖で強張っていた。
「……もしかしたら、帰るヒントがあるかもしれない」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「ヒント……?」
「ここが神廟なら、こっちに来た人の痕跡があるかも、帰る道も、あるかもしれない」
根拠なんてない。でも、そう思わないと足がすくんで動けなかった。
日向が顔を上げた。
「そっか! どっかで繋がってるんだ!」
「じゃないと、こっち来れないもんね!」
柚月も立ち上がった。単純で助かる。
「じゃ! 行くよ」
私たちは意を決して客車を降りた。
『マカーべ! 先導を』
アベーノが私たちの後ろに声をかけた。
いつの間にか、マカーべが松明を持って入り口に立っていた。
返り血を浴びた鎧姿。
揺れる炎が、その端正な横顔を照らし出している。
——やっぱり、かっこいい。
さっきの鬼神のような戦いぶりを思い出して、胸が少しざわついた。
マカーべは無言で一礼すると、暗闇に入っていく。
私たちはそれに続いた。
神殿の地下トンネルと似たような煉瓦造り。
降り階段がどこまでも続いている。
「御方がた…… さあ、神廟にて、そふらふ……」
アベーノたちの声が、洞窟内で反響して不気味だ。
——もしかして……
私はポケットの中のスマホを取り出して電源を入れた。
頼むと、祈りながら。
柔らかい電子音が小さく響いた。
バッテリー40%……
右上には「圏外」の表示。
やっぱりダメか。
私は小さくため息をついた。
「怖いよ……」
「もう、鬼はいないの……?」
獣臭とカビ臭さが混ざり合い、吐き気がする。
高い天井の階段をそろりそろりと降りていく。
後ろからアベーノとミワーノ、ヨシーノ、モノノフが数人ついてくる。
——挟まれた……
もし日本に帰れる機会があっても逃げられない……
やがて階段が終わり、石作りの通路に出た。
その先に壊れた大きな石の扉が見えた。
サイクロプスの寝床だったのか。
奥から強烈な獣臭が漂ってくる。
排泄物と腐った肉の臭い。
ピロン……
ポポポポ……
その時。
静寂な石室に、場違いな電子音が連続して鳴り響いた。
「えっ!?」
「電波入った?」
「マジ?」
日向と柚月がスマホを覗いた。
アンテナが一本、か細く点滅している。
二人も慌ててスマホの電源を入れた。
RINE、Me Tube Studio、メール、不在着信。
通知バーが滝のように流れていく。
繋がってる! 日本と繋がってるんだ……
鳥肌が立った。
メールを開くと、父親、友人から心配する通知が届いていた。
『今どこ?』『連絡して』
「お父さん……!」
震える指でフリック入力する。焦って指が滑る。
「無事。知らない場所で迷子になってる。必ず帰る」
送信ボタンを押す。
プログレスバーが伸びる。
「送信に失敗しました」
赤いビックリマークが無情に点灯した。
「なんで……?」
再送を押す。失敗。
アンテナ表示が点滅と圏外を繰り返していた。
不安定すぎる。
「ダメ…… 送れない」
日向も泣きそうな声を出した。
「私のスマホ、もうバッテリー5パー……」
「私も17%……」
柚月が首を振った。
「心配してるよね…… 早く帰らないと……」
「そうだ! コメント!」
Me Tube Studioのアプリを開く。
重い。画像が表示されない。
「ギガ…… 足りない……」
アベーノがスマホに不審な目を向けた。
「御方がた…… いかがなさいまして、そふらふ……?」
はっとしてスマホをポケットに隠した。
——取り上げられたら、詰む……
「伝承にて、こちらの扉の奥が、神廟にてそふらふ」
アベーノが急かすように手を前に差し示した。
カモーノも立ち止まり私たちを見ている。
「分かったから。行くから、見ないで!」
日向が頬を膨らませた。
「この神廟は、ストーク御神が、眠られし御陵」
アベーノは神妙に続ける。
「この地を、最初に統べた、ケータイ祖神が、お作りになられて、そふらふ……」
アベーノが厳かに述べた。
「ケータイ?……スマホ?」
柚月がびくっとしたようにつぶやいた。
——ケータイ…… 祖神……?
前方後円墳…… 今城塚古墳……
ケータイって、やっぱり継体天皇のことだ……
『まんが日本の歴史』でも見た……
いや父の書斎で……
謎多き天皇。越前の国から迎えられた王。
扉の奥には巨大な石棺が二つ置かれていた。
その上に汚れた獣の皮が敷かれ、床の隅には骨が山となっていた。
その山で何かがカタカタと音を立てていた。
吐き気を催す臭いで、思考が妨げられる。
「おえっ」
「もう無理……」
「……あれって?」
そのとき、私は左側の石棺の壁に、赤い塗料で文字が書かれているのが見えた。
「せをはやみ……岩にせかるる……滝川の……」
思わず口をついて、はっと手で仮面の下を覆った。
「おぉぉ…… ストーク御神のお詠みたまいし…… まさしく…… まさしく……」
アベーノが目頭を押さえた。
「ストーク御神もお慶びたもう、そふらふ……」
「もう、戻ろうよ……」
その日向の声に、アベーノが満足げに頷いた。
「おぉ、我が神…… 降臨したまいし、御方がたの、ご威光にて、われらが悲願が、叶いまして、そふらふ……」
アベーノの目が、一瞬ギラリと光った気がした。
しかし、すぐに目を伏せ、そろりと道を開けた。
そのとき、振り返った私の目に見覚えのある模様が飛び込んできた。
両方の石棺の壁にそれはあった。
——あれ知ってる……?
なんだっけ、Cみたいな形、陰陽図みたいなヤツ。
お父さんと一緒だったとき、あれはいつだったっけ?
でも、どこで見たか思い出せない……
思い出そうとすると吐き気が込み上げた。
アベーノが何かを号令し、来た道を戻り始める。
帰路、私はポケットからスマホを取り出した。
Me Tube Studioの画面が開いたままだった。
圏外になる直前、最新のコメントが表示されていた。
「この瀬をはやみって、崇徳天皇じゃない? 日本三大怨霊の……gkbr」
私はぞっとして、スマホの電源を切った。
怨霊……
神廟を出ると、入り口に花が供えられているのが見えた。
その前にモノノフ、農民が平伏している。
私たちは、黙りこくって牛車に乗り込んだ。
『マカーべ…… 城主様に、報告をしてまいれ』
アベーノがマカーべに何かを耳打ちする。
マカーべはすぐさま、どこかに走り出した。
日向も柚月も無言だった。
怪我人も多かったようだ。
死者が出たのかどうかまでは分からない。
ゴブリンとサイクロプスの脅威を見せつけられたのだ。
行きのお気楽な様子は影を潜めた。
夕方、村に着くと村人たちも平伏して私たちを待ち受けていた。
『降臨された神様が、鬼を退治して下さった……』
『この村の、守り神さまじゃ……』
『ありがたや…… ありがたや……』
何を言われているかわからないが、顔を上げたその瞳には畏敬の念が込められているように感じられた。
神殿に戻る時、階段の前に果実や野菜、魚などが山のように置かれているのが見えた。
——これって…… お供物?
本格的に神様にされてる……?
これからどうなるんだろう……
送信失敗になったメール。
日本三大怨霊……
崇徳天皇? 継体天皇?
私は今後の行く末に、悪い予感しか浮かばなかった。
もう、引き返せないところまで来てしまった。




