65話 晴と暗
風が強くなってきていた。
雲が流れ、日が隠れる。
「あの雲が来たら、雨になる……」
「ミヤビさん! 鏡を湖に向けてみて……」
ミヤビは眼下にうねるヒュドラの群れを訝しげに見て、鏡を下に向けた。
「……」
「何も、起こらないよ?」
「そりゃ、そう……」
「鏡に何が映っているか確認したいけど、もし見たら……」
「吸い込まれるかもね」
「ミヤビさん! 鏡を持って一周してみて」
ミヤビはゆっくりと歩いて回り、私たちも後からついていく。
正面のちょうど反対側に来たとき、太陽が雲間からのぞいた。
鏡に太陽光線が当たり、ヒュドラがいる湖面で、何かが光った。
「あの、光ったところ……あそこヒュドラがいない……?」
千尋が指差す先に、湖面から何かが突き出していた。
「岩じゃない……塔の先っぽ?」
「ほんとだ、なんだろあれ?」
「タイラー!! なんか、塔みたいなのあるけど、何か知ってる?!」
私は下のタイラーに聞いてみた。
「女神さま! なんと?」
タイラーが顔を上げた。
「だから! あっちに何か! あるの!」
「は? あれでございますか……?」
雲が流れ、晴天が広がる。
「あれは何ーッ!? なんかの塔が立ってるー!」
なんとなくだった。
私は草薙剣を抜いて、その方向に指し示した。
「あ、あれは……」
そのときだった。
日の光を浴びて、草薙剣から暴力的なほどの光が放たれた。
光の束は一直線に伸び、ミヤビが持つ八咫鏡に吸い込まれる。
「えっ?」
胸元の勾玉も光を放ち、草薙剣の光を増幅させた。
鏡の表面で限界まで圧縮された光が、次の瞬間、湖面に向かって爆発するように弾け飛んだ。
「まぶしい!」
白くなった視界で、向かいの塔からも呼応するように強い光が放たれた。
「あ、あれは……アントーク御神の……石碑……!」
白く視界が消えゆく中で、タイラーの叫び声が響いた。
「アントーク?」
「きゃ……」
「な……」
*
光が消えたとき、最初に見えたのは青だった。
雲ひとつない空と波一つない湖面。
「ヒュドラが消えた……」
「……すご」
「なんで?」
「三種の神器が揃ったから……邪を祓う力を持ってるから、と思う……」
千尋が、私が持つ草薙剣と勾玉を指差した。
「八咫鏡も、ある」
「マジか……」
「ミヤビさん、鏡を向けて!」
ミヤビがはっとして、鏡を頭上に掲げた。
太陽の光が反射し、湖面を照らした。
「青竜?!」
鏡の光はみるみる拡大されていき、湖底にまで届いていく。
その湖の底に、鏡で見た巨大な竜の姿が浮かんだ。
「青竜だ!!」
「すごっ!!」
「おーい!! 青竜! 起きてーッ!!」
私は草薙剣を、推しのアイドルのライブでのサイリウムのように振り回した。
剣の残光がきらめく。
「今動いた!!」
「反応した!?」
「マジか!!」
私たちは顔を見合わせた。
「いくよッ!」
「せー、のッ!」
「「「青ー竜ーッ」」」
三人で叫んだ。
その声に反応したように、青竜の目が開いた。
その巨体がぴくりと動く。
四肢がもがくたびに、水面が泡だつ。
「頑張れ! 頑張れ!」
「やば! 雲が出てきた!」
「早く! 出てきてーッ!」
風が強く吹いた。
湿り気を含んだ重たい風。
鉛色の雲が太陽を隠した。
鏡の光が消え、青竜の姿が水面に閉ざされる。
「え? まだ、いるよね?」
「でも、泡が消えてる……」
「マジ……か……」
東の空の雨雲は、濃さと重さを増してきた。
雷が雲の中で光る。
やがて、ぽつっぽつっと雨が降り出した。
「そんなあ……」
「もう少しだったのに……」
「セーリュー……」
私たちが膝をがっくりと床についたとき、雷が湖面に落ちた。
轟音が鳴り響く。
雨足が強くなり、視界が雨に閉ざされる。
そして、湖面からヒュドラの咆哮が響いてきた。
嵐に喜ぶように、湖面で黒い影が波打った。
「終わった……」
「酷すぎ……」
「もう無理……」
私は絶望の目を虚空に向けた。
土砂降りの雨の中、空中に不自然な影が浮かんでいる。
「……ちょ、……千尋」
「なにあれ?」
柚月も気づいた。
「え? どうしたの?」
「誰か、いる……?」
雷が落ちる。
閃光が空を照らした一瞬、その姿がはっきりと見えた。
豪雨に打たれながら、宙に浮く子どもの影。
その目は、真っ暗な穴のように私たちを見下ろしていた。
「誰?」
「あ、あ、あれは! アントーク御神!!」
タイラーの絶叫が下から響いた。
「アントーク?!」
「もしかして、アントークって、安徳……天皇?」
「千尋……? 知ってるの?」
千尋の顔が青ざめた。
「タイラー……平家。アントーク……安徳天皇……」
「な、なに?」
「平家物語で、壇ノ浦に、沈んだ天皇……」
「マジかッ!!」
「なんで、いんの?」
「「三種の神器、ここに揃う……東守護神青竜を封じ込めし今、余の願いを今こそ叶えるべし!」」
空に浮かぶアントークの声が響いてきた。
けぶる雨の中、ヒュドラがいっせいに蠢き、伸び上がる首の影が見えた。
「は?」
「どういうこと?」
「女神さまがた……」
ミヤビが口を開いた。
「彼の者に、強い邪気を感じまする……」
ミヤビは八咫鏡を懐のポケットにしまい、鉄扇を取り出した。
「神は子を為さぬといえども、その魂は不滅……」
豪雨に打たれ、体が冷えていく。
「強い怨念が、宿っておりまする……」
「どうなるの? 私たち……」
「我がビャッコの女神も、その魂で我らに奇跡の力を与えてくれまする……」
ミヤビは鉄扇を開いた。
「女神さまがたの顕現で、その力、今までになく、高まっておりますれば……」
「マジか! そんなの知らない!」
もうどうでもいいから、なんとかして欲しかった。
「そんな設定あるんだ」
柚月が冷静にツッコミを入れた。
「その邪なる魂……女神の力で祓いまする……」
「祓えなかったら……?」
「この世界は、彼の者の怨霊に支配されましょう……」
「千尋!? どうしよう?」
「ミヤビさん。三種の神器って、この世界では、どういう意味を持つの……?」
ミヤビが答えようとしたとき、アントークの絶叫が響いた。
「「今こそ! 余の眷属よ……三種の神器を取り戻せ!」」
神殿が揺れた。
黒い影が眼下に見えた。
ヒュドラが折り重なり、押し寄せる。
仲間を踏み台に高さを、すこしずつ増していく。
「「真の神として、神々の統一、余が、正統なる唯一の神なり!!」」
アントークが叫ぶたびに、ヒュドラは猛った。
ヒュドラは神殿を登ってくる。
ヒュドラの重低音の叫びが塔を震わせた。
「決して、奪われてはなりませぬ……」
「マジ無理……」
「三種の神器は、日本だけど……四神は、中国の思想、なぜ?」
千尋がつぶやいた。
「ん? 千尋?」
「だって、三種の神器の八尺瓊勾玉って、普通は一つでしょ?」
「そうなの?」
千尋が何かに気がついたように叫んだ。
「そうか! 四つある理由! 勾玉に四神を組み合わせたんだ!」
「……どういうこと?」
雷が落ちた。
「邪神をっ! 封じ込めるためにっ!!」
千尋が立ち上がる。
「これっ!」
千尋は胸元から勾玉を取り出した。
それを見た柚月も取り出す。
私の胸元の勾玉が熱を持っていた。
手に取ったとき、それぞれの勾玉が光りだした。
「マジか……」
「玄武さま!」
「ビャッキー!」
玄武と白虎の姿が雨の中、浮かんだ。




